④瓶と駄鳥と札
ギャァァァァア!!
青空の下、魔物の悲鳴が金華山に響き渡る。
″《ハート[3]》″
「ハートの3、愛の蝋棘....」
しかしその悲鳴を聞き、驚いて逃げる動物はこの山にいない。
鳥の囀りも無く、悲鳴はよく木霊した。
魔物の悲鳴の次に発せられたのは少女の笑い声。
「あははは!弱い、弱いわ!!」
また1つ、アリスは疫災と札を葬った。
そこにはもう、弱りきり、父を求める少女の姿は無かった。
アリスは、航海士の父に無理を言って日本へ着いてくる程の、おてんば少女の姿を取り戻していた。
大地に横たわるは、角の生えた山姥。
手には1m程の刃物を握り、呻き声を上げて体を動かそうともがいている。
刃物を持っていない方の手と、山姥の両足の脛から先はアリスによって千切られていた。
「さぁ、次を探してきてちょうだい。白鳥さん」
「クワックワッ (やらやれ、白鳥使いの荒いお嬢さんだぜ)」
アリスは暗に、白鳥に次の疫災と札を探させる。
白鳥は羽を使って敬礼をすると、主の命令を遂行するべく、飛び立った。
「早くパパに会いたいな。私が魔法使いになったって知ったらきっとビックリするわ」
アリスは、可愛らし気な少女の微笑みを浮かべると、何も無い空間をなぞってトランプのカードを1枚出す。
そのカードを驚嘆とランプの灯火に入れる。
灯火は大きな口を開けるようにしてカードを呑み込んだ。
″《ハート[11]》″
アリスの傍に、煌めく炎が、騎士の姿を模って現れた。
「ハートのJ、恋い焦がれる炎の騎士さま。そこの醜いお婆様を燃やしてしまって」
炎の騎士はアリスの命令に頷くと山姥に向かって手を向け、
その手に炎のエネルギーが球状となって集まり、勢いよく放たれる。
炎球が山姥に着弾すると、一瞬で山姥を焼き尽くすと共に一気に辺りの木々へも火の手が回るが、山姥が消失するとその火の手も止んだ。
″《山姥鬼と札》を解決″
"台紙点を五十獲得"
"贈答点を三十獲得しました"
「慣れると張り合いが無いものね。早くパパに会いたいなー。あの駄鳥は、まだかしら」
「クワッー(誰がダチョウだ。俺は白鳥だ!)」
「あら、遅かったじゃない。ババアは片付けたわよ。で、見つかったの?」
「クワッ(キツイ性格してやがる....ああ、見つけたぜ。ついて来な)」
「なら、さっさと案内して。《層と札》を見つけて、早くパパに会いたいんだから」
アリスは、紋章の中のフィールド【驚嘆の国】の効果によって、動物とも会話が可能となっていた。
そして更に、アリスは初回の疫災と札を解決した際、紋章のクラウンに新たな能力を得ていた。
【驚嘆の知識】、この能力により、アリスは不思議なトランプが贈答箱と共に呑み込んでしまった"説明の巻物"に書かれていた知識以上の情報を得ていた。
しかし、甘かった。
なまじ情報を得ていたがための油断であった。
疫災と札。それに籠る怨念は....
後に、後世に例えられる信長の句。
"鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス"
美濃から岐阜へと呼び名が変わり、革新が発展に繋がり、文明のレベルが上がろうと。
世界その物の、憎しみの、命の流れの中に置いて人間が齎す怨念は、少女一人にどうこう出来るレベルでは無い。
それを分からせる為であろうか。
その札は、発生した。
山が揺れる。
疫災と札、″《土石流と札》″
「な、なに?!」
「クワッ?(なんだ?!)」
アリスは揺れに足を取られる。
木々は倒れ、山頂側より、岩や石つぶてが降ってくる。
硬い岩盤で出来ている金華山における土石流は、多分に岩を含んでいた。
367mしかない山であるからして、土石流というよりも、山崩れが正しいのかもしれない。
異物を排除するかのように、数秒でアリスはこの災いに見舞われてしまうだろう。
白鳥も主を置いては飛ぶことが出来ない。
アハハハ、ヒヒヒハハハ
フダヲヒキナ、アリス
ハハハハハ
アリスは脳裏に突然聞こえてきた声に従い、空間をなぞってトランプカードを引く。
そしてそのカードを素早く、驚嘆とランプの灯火に突っ込む。
″《ダイヤ[5]》″
「ダイヤの5は....あっ、堅牢なる瓶船!」
土石流がアリス達を呑み込む寸前、アリスと白鳥は足元から口を開け現れた大きな瓶の中に入った。
その瓶に入ったまま、様々な障害物にぶつかりつつ土石流に流される。
「ちょっと、誰か止めて!ああ、またぶつかっちゃうわ!!」
「クワックワワ(うぉ....目が回っちまうぜ)」
アリス達は山の麓を越え、城下町まで流された。
土石流の勢いが無くなると、アリス達の入った瓶はコロコロと土砂の中から転がり出て近くにあった一軒家に当たりようやく止まった。
アリスは、目が回りながらも瓶から這い出し、瓶の中で倒れている白鳥を引きずり出す。
「早く出てきなさいよ。この駄鳥」
「クワァッグ....(ダチョウじゃねぇ....白鳥だ。おえっ)」
そこへ、二人の人影が現れる。
「か、カゲロウ。山から女の子が転がり落ちて来たぞ」
「ほうじゃな輝助。儂も初めて見たわ。異邦人のようじゃな」
「妖怪じゃないのか?」
「いんや、直ぐに襲ってこんところ、妖怪では無さそうじゃ。あのげっそりしとる白い鳥は白鷺かの?」
「クワー!クワッ(シロサギでもクロサギでも無えよ!おぇ)」
アリスに引きずり出された白鳥は白鷺と間違われた事に対して否定するも、まだ目が回っているようだ。
「なあ、カゲロウ。あの鳥、なんか怒っとるぞ」
「そうじゃのぉ。しかし、クワックワッ言っとってよう分からん」
輝助とカゲロウは、土石流に流されてやって来たアリスに対してどうしたら良いのか困惑していた。
「ちょっとあなた達!あなた達もこの世界に迷い込んだの?」
「そうじゃが、驚いた。異国の子が言葉通じるのか?」
「何言ってるの?!通じてるじゃない!」
アリスに喋りかけられ、カゲロウは驚いていたが、これも【驚嘆の国】の効果である。
しかし、アリスもまた、自身とカゲロウ、引いては白鳥に至るまで共通語を喋っている認識でいた。
「まぁ良いわ。私はついさっきこの世界に来たばかりなのだけれども、結構強いのよ。だけどこの辺りの地理に疎いの。あなた達を守ってあげるから、協力してくれないかしら」
「はぁーはっはっ。豪胆な娘じゃの。儂らも強いぞ。なあ輝助!」
「うん、大分強くなったと思う」
「そんな謙遜することは無い。輝助は強うなった。という訳でじゃな、儂らは守ってもらわんくて良い。しかしじゃ。協力するのは歓迎じゃ」
アリスはギブアンドテイクで交渉を持ち掛けたのだが、自分が一方的に助けられる形となって少しムッとした。
「あらそうなの。頼もしい限りね。改めてお願いするわ。私の名はアリスよ。こっちは駄鳥よ」
「クワークワーッ(コラ、他人にまでダチョウを広めるんじゃねえ!)」
アリスは改めて協力を要請すると一礼した。
横では白鳥が飛び跳ね怒っている。
「これは、意外と礼儀正しいの。儂はカゲロウじゃ」
「俺は輝助」
「ところで、そのダチョウとは話が通じとるのか?」
カゲロウはアリスと白鳥のやり取りに疑問を感じ、質問した。
「ええ、通じてるわよ。あなた達はこの駄鳥の言葉が分からないの?」
「クワックワ!クワ!(ありきたりで良いから、セバスと呼んでくれ!セ!バ!ス!)」
「分かったわよ。なんだか私しかこの駄鳥と話せないみたいね。ちょっとこの駄鳥が五月蝿いから改めて紹介するわ。セバスと呼んであげて」
「はははっ。賑やかになるのう」
この後3人と1羽は、生き残る為の情報交換を行った。
この世界に長く滞在している者と、【驚嘆の知識】の情報を持つ者。
カゲロウと輝助が持つ力と、アリスの持つ異質の力。
それらの情報を纏め、一行は《層と札》を求めて旅路に戻る。
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