⑨ツイオクとラベル
《運命トラベル》にて世界は更に、歪に動く。
彼女は、偽りを生きてきた。
自分の気持ちを隠し親の言いなりに。
時には友人に濡れ衣を被せられる事もあった。
……
彼女は、岐阜駅内の図書館に居た。
ロングヘアーをポニーテールに纏め、ハンチング帽を深く被り、眼鏡を掛けて、椅子に座り本を読んでいると、気付いた時には、辺りから人が消えていた。
係員も居なくなっていた為、気味が悪くなり図書館を出ようとする。
図書館の自動扉が開かず、焦っている所へそれらは現れた。
浮かび、小動物の様に動き回る活字の群れ。
立体化した浮世絵も彼女を見つめ、皆笑っている。
絵本から出てきた鳥が、羽ばたきもせずに宙を舞う。
カシャリ
カシャリ
そんな幻想空間の中へ、現実染みた音が入り雑じる。
しばらく混乱して居た彼女だが、それを見て青ざめ、命の危機を感じ、正気に戻る。
剥き出しになった刀身を構えた鎧武者が、彼女を目掛けゆっくりと歩み寄ってきていた。
彼女は鎧武者に向かって本を粗末に投げる。しかし、鎧武者はそれを非情にも斬って見せる。
彼女は図書館の中を走って逃げた。
″《複写トラベル》″
鎧武者もそれを追う。
いや、追ったはずだった。
「やっぱり、″《トラブルトラベル》″も騙されるのね」
″《声トラベル》″
鎧武者は、後方からの声に振り向いた。
が、そこには人は居なく。
「私はこっちよ。チャオ」
彼女は、鎧武者が最初に歩いて来た位置に立っていた。
「大抵こういう所にあるのよね」
彼女はそう言って本棚に貼られていた″《トラブルトラベル》″を剥がす。
″《お伽トラベル》を解決しました″
この世界での彼女の名前は、今藤 香
レーベルは、【詐欺師】
今藤は複数の″《層トラベル》″発見者だ。
生き残る為、様々な人とを、時に協力し、騙し、利用してきた。
だが裏切る事は無かった。裏切りは元の世界で彼女のもっとも忌避するもの。
今藤のレーベル【詐欺師】は、この世界を生き抜く為、自分の長所である、偽ることを最大限発揮出来るレーベルだった。
今藤は、この世界でも協力者を探す。
岐阜駅内の図書館から、北口へ出たところ、辺りは暗く。
岐阜駅近くの大手塾のビルに灯りが点いていた。
1階の玄関口に人だかりが出来ている。
どうやら、大人数で異世界転移してきたばかりらしい。
と、そこへ。鉈を持ち武装したゴブリンも大量に現れた。
塾の講師や生徒は一斉に襲われ始める。
「そんな、転移してきたばかりなのに高Lvの″《ゴブリントラベル》″だなんて」
今藤は、かつて自分を助けてくれ、共に闘い″《層トラベル》″を発見した新屋格から聞いた話を思い出す。
層が上がった先で出会う転移してきたばかりの人々。
それは、異世界ストーリーに有りがちな、自分達が前回の層で解決した″《トラブルトラベル》″だった人々かもしれなく。
″《トラブルトラベル》″の解決は、現世に寄与するものもあれば、それに囚われていた人々を開放するものもあり、
自分達は、御札がラベルに変わった、現代版の陰陽師なのかもしれないと。
今藤も新屋格に惚れ込んだ1人である。
新屋格の様に1人でも多く助けたいと思った。
しかし、今藤の【詐欺師】には、ゴブリンを直接倒す力は無い。
今藤は、″《トラブルトラベル》″を探し剥がす為、慎重に近付く。
襲われている講師や生徒は次第に塾の中へ逃げ戻ろうとしている。
今藤は塾まで一定の距離に近付いたが、これ以上は遮蔽が無く、近付くに近付けなかった。
″《偽装トラベル》″を使ってゴブリンに化ける事も可能だが、集団に混じって一匹だけ″《トラブルトラベル》″を探していれば不審がられるだろう。
そう思っているうちに、ほぼほぼ事は済んでしまっていた。
そして……
塾の二階より、少年が1人下りてきた。
その少年の顔は、ゴブリンに挑もうと覚悟を決めた顔だった。
そして、その少年は何かに気付いたかの様に視線を脇に逸らす。
少年は突如、全力で走り出し、出入り口付近に沢山飾られている観葉植物に飛び付く。
すると、ゴブリンの群れが灰色の煙となって霧散した。
今藤は身が震えた。
少年は、″《トラブルトラベル》″の位置を見抜いたのだ。
今藤は塾へと向かった。
助けられ無かった人々の死体に罪悪感を感じていた。
塾のロビーに入った出入り口付近で、少年は眠っていた。
今藤が少年をソファーに運ぼうとした時に、塾の上階から複数の、階段を下る足音がした。
″《偽装トラベル》″
今藤はこの、自分だけ無傷の状況を見られれば、いらぬ誤解を招きかねないと思い。
自分の格好を生徒の死体に偽装し、隠れた。
下りてきたのはやはり、塾の生徒のようだった。
死体に反応し、悲鳴をあげる女子がいた。
今藤が半目を開けて確認すると、四人の少年少女が見えた。
そこに眠っている少年よりも更に若そうだった。
少年達は、口を抑え一目散に塾の外へ駆けていく。
眠っている少年には気付く余裕は無いようだ。
死体に扮したまま、今藤は考えていた。
この眠っている少年の正体について。
本当に″《トラブルトラベル》″を見抜く力を持っているのだとしたら、相当な戦力になる。
しかし、黒幕側の駒である可能性も高い。
新屋格からも″《トラブルトラベル》″を見抜く力の存在は聞いていなかった。
今出ていった少年達の反応が、本来有るべき未成年の反応では無いだろうかと。
今藤は、このまま死体に扮し。
眠っている少年の行動をしばらく観察することにした。
格は、もしかしたら順調にハーレムルートを進んでいるのかも知れない。




