①ボクラとラベル
神室 迅 14歳
何故、僕は生き残ったのか。
………
人間の心理なのだろうか。
一人の時なら信じられる。
しかし大勢の中では、突如現れたダンボール箱を誰も開けようとしなかった。
くだらない見栄の為に大勢が死んだ。
普段神仏に祈りを捧げているのに、ハロウィンやクリスマスも大好きなのに、モノホンの異世界で直ぐに死んでしまうなんて。
なんで…
………
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
学校が終わり、歩いて家に帰る。
そこからまた、支度をし、今度は自転車に乗って岐阜駅近くの塾に向かった。
僕が塾に通う理由は、恥ずかしい話、成績が悪いから塾に通っている。
外で遊ぶのも好きだが、特段スポーツが好きかと聞かれると、そうでもない。
オンラインゲームも好きだが、始めはハマるけど直ぐに飽きる。
成績も悪く飽き性で、自分でも平凡以下だと思ってる。
………
ちょっと話が変わる。
予知夢を見た。
何故か覚えてる。
今までで一番印象に残っていたのがそれだった。
………
僕が通う塾の教室は、建物3階にある一番端っこの教室だ。
皆、静かに塾講師の授業を受けていた。
授業が進むにつれ、僕は恐怖に近い既視感に苛まれる。
その時僕は、酷い寒気を感じた。
時計の針が19時を指す。
だが、本来鳴るはずの終業ベルが鳴ることは無かった。
代わりに、皆の足元にダンボール箱が現れる。
動揺する生徒に向け、講師が指示を出す。
「皆、箱に触るなっ!危ないから塾の前へ出るぞ!」
この指示が僕らの生死の明暗を分けることになった。
既視感を感じていた僕は、どさくさに紛れ、3階の教室に隠れ残った。
この既視感。夢が現実となっているのならば間もなく……
………
「ィきゃー!!!」
「うぎゃああー!」
始まった。
やはり、予知夢だったんだ。
他の教室に居た人達は神隠しにあったように消え、
それを、先に避難したんだと錯覚し、皆は更に足を速めて外へ出たはず。
体が震える。
助けられた筈なのに、狂人呼ばわりされるのが嫌で、皆を見捨ててしまったことに。
外で起こっているであろう、魔物達の蹂躙に喘ぐ悲鳴に。
僕が震えたまま縮こまっていると、目の前に一枚の紙が舞い落ちてきた
。
紙には、こう書かれていた。
"ようこそ岐阜へ"
"箱の中にラベルと台紙、説明書が入っています"
僕は怖かった。
けど、直感が告げる。ダンボール箱を開けるべきだと。
僕は直感に従った。
今からでも遅く無いのならば。
いずれ自分も、魔物の餌食になる位なら、
生き残っている人達だけでも救える力が得られるのならば、
その力が欲しい。
そう願いながら、ダンボール箱を開けた。
中身は、舞い落ちてきた紙の通りだった。
急いで説明書を手に取る。
僕は、どうやらファンタジーな事が起こっている、という事だけは、理解した。
説明書にざっと目を通し、″《ガチャトラベル》″を手に取り捲る。
思った通り、ゲームの様な現象が起こった。
ラベルは、粒上の淡い光となって、
今度はその光が球体となってバチバチと光った。
そして、光が収まり武器が現れた。
少し装飾が施され、刃が反っている短剣だった。
次にダンボールから、ちょっとサイバーチックな台紙を取り出す。
すると、台紙は手に持っていた短剣に吸い込まれ、何やらメニュー画面的なものが浮かんで来た。
これは、よくある異能を身に付けたということだろうか。
いや、それよりもやるべき事がある。
台紙がセットされた武器は、異空間に収納出来るらしい。
僕一人じゃ魔物なんてどうしようもない。全ての箱を開けて、皆の所へ武器を運ぼうと急ぐ。
僕は焦っていた。
時間を掛ければ掛けるほど犠牲者は増えてしまう。武器が手に入ったんだ。それもファンタジーな方法で。
きっと、何とかなる!
ひたすら″《ガチャトラベル》″を捲った。
だから気づかなかったんだ。ログの中の二行に……
″10連ガチャを確認。10連ガチャボーナスを獲得しました″
………
″20連ガチャを確認。20連ガチャボーナスを獲得しました″
……
…
光となったラベルから現れる武器に台紙をセットし、異空間に収納していく。
僕は、全ての″《ガチャトラベル》″を捲り、現れた武器を異空間へ収納し終え、駆け足で階段を下り、1階へと向かった。
1階には、傷付き呻き声を上げるクラスメイト、殺されたのであろう講師とクラスメイト。そして、クラスメイトだったのであろう肉片があった。
外から再び、ビルの中へ逃げ込んだのだろう。
ギャッギャ!
ギャッギャギャ!!
魔物は叫んでいる。
血の臭いが鼻をつんざく。
間に合わなかった……
あれは、ゴブリンだろうか。10数体はいる。
辛うじて生きていたクラスメイトも目の前で殺された。
その時に僕が感じていたのは、恐怖では無かった。
恐怖はとうに消えていた。
″《ガチャトラベル》″によって武器を得ていた僕が持った感情は、憎悪だった。
何故、こんな奴等にと。
同じように殺られる位なら、絶対に爪痕を残す。
一矢報いてやるという執念が沸き上がっていた。
異空間に収納した武器は、念じれば手元に現れる。
僕は、装飾の施された短剣を、異空間から手元に出した。
武器なんて大それた物、中2の僕がろくに扱える筈もなく、素人でも一撃なら入れられそうな短剣を選んだ。
ギャギャッ!
ゴブリンが僕に気付く。
短剣を構え、ただでは死んでやるもんかと思ったその時。
塾の出入口付近に飾られた観葉植物の葉に灯る、淡く炎の様に揺らめく、紫の光が目についた。
ハッとした。
まさかと思い、ゴブリンを無視して無我夢中に走った。
全力で!
ゴブリン共も鉈を構え、僕を目掛けて襲い来る。
僕は勢いよく跳ぶ!
そしてそれを引きちぎった!
僕は、勢いのまま床に転がった。
そこへ、ここぞとばかりにゴブリン共が群がって来た。
心臓が破裂しそうなくらい、脈打っている。
僕は仰向けのまま、ゴブリン共を見つめながら葉に貼られていたラベルを剥がす。
「これでどうだっ!」
ラベルを剥がした瞬間、鉈を構えたゴブリン共は消えた。
動きが止まったかと思いきや、次々に灰色の煙となって霧散した。
「やった……」
僕は生き残った。
さっきまで生きていたクラスメイト達は死んだ。
助けられなかった。
俯くと、短剣が光っている。
僕は、壁を背にして床に座り込んだまま、短剣を目の前に持ち上げる。
すると、メニュー画面が現れた。
只、ログが無情に流れていた。
″10連ガチャを確認。10連ガチャボーナスを獲得しました″
″10連ガチャボーナス:DP500pt獲得しました″
″10連ガチャボーナス:《ギフトラベル》を一枚獲得しました″
″20連ガチャを確認。20連ガチャボーナスを獲得しました″
″20連ガチャボーナス:エクストララベル《虎牛の眼》を獲得″
″20連ガチャボーナス:《ギフトラベル》を一枚獲得しました″
″《武器トラベル》20種コンプリート″
″《ゴブリントラベル》を解決しました″
"DPを15pt獲得しました"
"GPを10pt獲得しました"
"初回クリアボーナス。DPを100pt獲得しました"
"初回クリアボーナス。GPを5pt獲得しました"
″条件を満たしました″
″レーベル【彩色の武器使い】が解放されました″
僕は呆れながらそのログを見ていた。
ラノベでよく読む異世界だ。
別に、仲の良いやつのいる塾では無かった。
だからだろうか、助けられなかったのは悔しいけど、悲しくは無い。
僕は、平凡以下だった。
いや、最低だった。
塾の外に目をやっても、誰も居ない。
つまり、そういうことなんだろう。
「【彩色の武器使い】か。これがもし、チート能力なのであれば、お望み通り生き残ってやろうじゃないか」
「誰だか知らないけど、こういうパターンは、監視している奴が居るんだろ」
「精々足掻いてやるから、楽しみにしておけ」
元の世界への帰還を望み薄に、この状況に理由を付けたかった僕は、勝てない敵がいると仮定し、その誰かに向けて言い放った。
そして、どっと疲れの出た僕は、そのまま目をつむり、眠ってしまった。
6階建ビルの塾。その4階以上でも、
″《トラブルトラベル》″に立ち向かっている生徒が居るとも知らずに。




