ファンタジー世界のある二人
学園対抗トーナメント。
一年に一度、決まった時期に、決まった人数を選び、学園ごとチームになって競い合う。
学園の風物詩ともいえる行事。
今は、その決勝戦。
今年は三校の生徒たちが一週間かけて競い、戦い、勝敗を付け、二人までに絞られた。
私は、決勝まで勝ち進んだ己に最大限の賛美を与えながら、目の前に立つ男の子を見る。
見覚えのある顔つきだった。
昔より背は高く、がたいも大きく成長している。
変わっていないところと言えば、人を見下しているように見えるその眼。それと、口の悪さだろうか。
口を開けば罵詈雑言が飛び出し、周囲の人を不快にさせるその性格が数年経っても健在だと言う事に、再会した時にはひっそりと溜息を吐いた。もっとも、彼は私のことなど微塵も覚えてはいないようだったけど。
今、彼は私には目もくれずに観客席を眺めている。決勝ともなれば当たり前の事だけど、観客席は満員御礼となっていた。
誰もかれもがこれから始まる最後の、おそらくは最高の試合を楽しみに、その時を今か今かと待っている。
私はこれから、その最高の試合のために彼らの期待に沿えるように頑張らなくてはいけない。
そう思うと、緊張で手が震える。視野が狭くなる。判断力は鈍り、冷静ではいられなくなる。
上がり症なのだ。昔から、肝心なところでミスを犯す。成長して多少は改善されたが、ここまでの大舞台は経験がない。
こうなってしまうのも仕方がない。
こういう時は人の字を手のひらに書いて飲めばいいと教わった。実践する。
「…………」
効果は薄い。というかこの行為は本当に意味があるのだろうか。
緊張をほぐす効果なんてないんじゃないだろうか。私は何でこんな場所にいるのだろうか。
そう思えてきた。
「ミレイ! 頑張ってー!!」
友人の声が聞こえた。
頑張って、とか言わないでほしい。余計に緊張してしまうから。
振り向きもせず、怠惰に声が聞こえてきた方向に手を振り返す。本当にその方向に彼女がいるのかは自信がない。もしかしたら幻聴かも知れなかった。
極度の緊張で脳が見せた幻覚。それが有り得てしまうのが自分の恐ろしいところだ。
そんな恐ろしさはいらない。
視界の隅で審判の人たちが慌ただしく動き始めた。いよいよ、決勝戦開始の時間が近づいてきた。
泣いても笑っても、どれだけの醜態を晒そうとも時間からは逃げられない。
刻一刻とその時は近づいている。
私は、大きく息を吸い込みゆっくりと吐いた。深呼吸だ。
少し楽になったような気がする。
よしっと気合を入れて、顔を上げ強気になることにした。下ばかり向いていては考えまで下向きになってしまう。まずは上を向いて明るく強きに行こう。
半分開き直りに近い考えで、彼を見た。
彼は、既に観客席を見渡すことは止め、今度は私の事を興味深そうに眺めている。
なんだか面白そうに延々と。
「……なにか?」
「いや、お前名前なんて言ったけ?」
「ミレイ・ノウレッジ」
「あーそう。ノウレッジさ。さっきから挙動不審が行き過ぎてて、見ていて面白いんだよね」
「あ?」
何故かその言葉にかちんと来た。
対戦相手の名前を憶えていないこともそうだが、彼の言葉には私をイラッとさせる含みがあった。上から目線で「お前面白いな(笑)」と言われているようだった。というか言われている。
10代半ばの若者がそのやっすい挑発に引っかからない思慮深さなんてもっていようはずもなく、私の思考は怒りに染まった。
「誰が挙動不審か。失礼な」
「お友達心配してるぜ。見てやんなよ」
指さす方向に友人や先輩、教師たちの群れがいた。
ほぼ全員が駄目だこりゃと頭を抱えている。
そこまで酷いものだったのだろうか。先ほどまでの私は。
「決勝だとか生徒の代表だとか意気込みすぎてるから一週回って馬鹿になってんだよ。このばーか」
「あぁ? なんだと?」
「馬鹿にばかって現実突きつけたら怒ちゃった。仕方ないね。馬鹿だもんね」
「殺す」
腰の刀を引き抜いた。彼も双剣を構える。
開始の合図はまだなされていないのに、いきなり剣を抜いて睨みあいを始めた選手たちに、観客は興奮し、審判は慌てた。
『なにやってるんですか!? まだ試合は始まってませんよ!!』
「邪魔しないでください。私はあの男を殺さなきゃいけないんです」
『それ模擬刀ですよね!?』
一旦お互いの武器が本物ではないかのチェックが入った。
結果、無事に殴ることしかできない鈍器であることが確認され、合図があるまでは刀を抜かないように口頭注意を受けた後、審判は仕事に戻って行った。
彼と私の間ではにらみ合いと悪口の応酬が続いている。
「どうした? かかってこないのか? 弱虫ミレイちゃん?」
「今度私の名前を言ってみろ。お前の教科書類が水びたしになるぞ」
「そういう狡いこと考え付く辺りはさすが小心者だな。真似できねえや。誇っていいぞ。俺に出来ないことができるって」
「誇るのはお前を地に伏せた後で見下しながらだ。ついでに殺す」
「地に伏すのはお前だろ、のうたりん」
それ以上は何言っても無駄だとしゃべらない。言葉ではなく行動で示してやろうとひたすらに睨む。
彼も私が言い返してこなくなったので、むかつく笑みを浮かべながら開始の時を待っていた。
――――そして、時は訪れる。
『お待たせいたしました! 準備が整いましたので、間もなく決勝戦を始めます! 選手はリング中央へ!』
とっくにリング中央に居る。
予定よりも十数分試合開始が遅れたが、私たちの口撃やら武器の抜き合いやらのおかげで場は暖まっている。
私自身気合十分。意気込み十分。何よりあのむかつく顔を殴りたくて仕方がない。
『武器を構えてください!』
刀を構え、双剣を構える。
既に彼の顔にあのむかつく笑顔はない。今は真剣そのものだ。
じりじりと間合いを少しずつ詰める。彼も同じく審判にばれないように間合いを計っている。
さあ、はじめよう。
『はじめ!!』
思春期の子供の喧嘩を。