第78話 風使いと「学校」【七不思議編】(8)
「え、あれ? ……天馬?」
保健室で風見のことを膝枕するのは、まぎれもなく天馬美津姫だ。
風見と同じ嵐谷高校の二年生であり、生徒会書記・天馬空良の姉である――などと、引き合いなど出すまでもない。
彼女のことを風見が見間違うはずもない。
こればかりは幻ではない。
それだけは確信が持てた。
しかし――なぜ?
「なんで、ここに?」
那名崎は、この閉鎖空間に取り込まれたのは『七不思議と関係の深い人物』と話していた。事実、生徒会役員をはじめ、今回の騒動に関わった人間ばかりが『七不思議』たちと対峙している。
では、天馬美津姫も何らかの『七不思議』に巻き込まれていたのだろうか? 風見の知らないところで、トラブルに遭っていたのか……?
しかし、たとえばここ、保健室にまつわる七不思議のウワサは聞いたことがない。
「変な夢だよねぇ」
ほほ笑みながら、美津姫はつぶやく。
ベッドに腰かけ、膝の上に風見の後頭部を乗せたまま。ちなみに、十一月のいま、彼女はスカートの下に黒ストッキングを履いている。シーツの白とのコントラスト。
「家に帰ってたはずなのに……気づいたら、また制服で。しかも保健室でしょ? ドアは開かないし、窓の外はまっ赤で、しかもこっちも開かないし。急にホラーなんだもん」
「夢、か。まあ、そんなもんかもね」
彼女はこれを現実だと思ってはいないようだった。
それも仕方のないことだろう。
「しかも、だよ。そうしてたら、急に爽介くんがベッドに落ちてくるんだもん。気を失ってるし。だから……」
「だから?」
「目を覚まさないから、私もベッドに座って、こう……横に移動しながら、爽介くんの頭を持ち上げて、そこに脚を入れて――」
「膝枕?」
「そう。やってみたかったから」
にっこりと笑う。
よいしょ、よいしょと、ベッドの上で苦労する美津姫の姿を思い浮かべると、なんとも愛らしいものがあった。
「……うん。僕も膝枕、やられてみたかった」
「ふふ、お互い夢が叶っちゃったね。夢の中だけど」
実際のところ、これは確かに夢のようなものだ。
元凶は全校生徒の集団幻想――それは、集団で見る夢と言い換えて差し支えないだろう。
その『夢』たる那名崎が生んだ空間が、この嵐谷高校だ。
「……天馬。七不思議のウワサって、知ってる?」
「? うん。中庭のやつとか、音楽室の話とか。んー、でも詳しくは知らないかなぁ」
やはり、彼女は今回の騒動に深く関わっているのではないようだった。
「でもね。ウワサなんかより、もっと『不思議なこと』なら知ってるよ。……どっちかっていうと、『不思議な人』だけど」
「え?」
「だから、不思議な人」
美津姫は、風見の鼻先をつんつんと突く。
「……僕?」
「そ。だって、なに考えてるか分からないし、変態だし、えっちだし」
「ちょっと」
「なのに、いざとなったら押し倒してもくれないし」
「んん?」
「でも、時々すごく優しくて、頼りになる人。もう、ワケが分かんない――不思議な人だよ。それが私にとって一番の『不思議』かな」
「…………」
唯一にして最強の風使い――などと嘯く風見爽介は、確かに七不思議以上に異常な存在なのかもしれない。なにせ、生身だ。妖怪や怪異、怪奇現象のたぐいではない。
その意味では、あの那名崎も風見のことを認めていた。『風使い』だと認識して、警戒もしていたし、期待もしていた。
天川も言っていた。
七不思議を解決できてしまう存在――風見の存在こそがトリガーだったのだと。
その風見に――
『カウントされない七不思議』に、深く関わっているのが彼女なら。
風見と美津姫が本格的に出会ったのがこの保健室だ。
不思議のはじまり。
そして風見にとっても、彼女の存在は不思議なものだった。
それこそ優しくて、妙に視線を惹きつけて。それでいて、とんでもないエネルギッシュだったりするし、ときどき、おっかない。
(…………)
いつか、すべてを解き明かしてみたいと渇望する――そんな『不思議』だ。
この世界には不思議で満ちている。
こんな身近にも不思議はある。
触れられる距離なのに分からない。
触れているのに理解できない。
でもそれが愛おしい。
今も――
美津姫は、風見に触れている。
彼女に優しく頭を撫でられると、とても落ち着く。
「不思議だな……さっきまで、すごく頭が痛かったんだけど。天馬に撫でられたら吹っ飛んでったみたいだ」
「そう? よかった」
「そういえば前にもここで、頭を撫でてもらったっけ。あの時も――」
そう、ずいぶん痛みが楽になったものだった。
まったく不思議なことに。
「天馬って、人を癒やす天才なのかな」
「回復魔法の使い手ですから」
天馬は冗談っぽく笑ってみせる。けれど、どことなく自慢げな顔だ。なんだか、いつもより表情が多彩な気もする。
――夢の中だと思い込んでいるせいだろうか。
「…………。よし」
「よし?」
「これは夢。夢だぞ、天馬」
「? うん」
きょとんとする彼女を見あげて、風見は、
「胸、揉んでもいい?」
聞いた。
すると彼女は、むっとむくれて、胸を抱くようにかばい、
「だめ」
「……ケチ」
「夢の中じゃ、だめ」
「?」
それから、イタズラっぽく笑った。
「そういうのは、現実でね。夢の中でなんて……もったいないじゃない」
今日一番のダメージが……風見の頭をくらくらさせた。
(第78話 風使いと「学校」【七不思議編】(8)終わり)