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第6話 風使いと「夏休み」(3)

 僕とワタル。


 仲良しなんだか腐れ縁なんだかの僕らも、高校は別々の道を選んだ。ワタルは自由な校風がウリの私立校へ、僕はその隣の、普通に普通な普通科の県立校へ進学したのだった。


 僕たちの偏差値レベルはどっこいどっこいだったと思うが、セーラー服フェチのワタルは、セーラー服に囲まれたいというだけの理由でその私立校を選択した。


 僕は僕でブレザー派(もちろん着る方ではなく見る方)だったので、幼なじみとの別れに涙しながらも、県立嵐谷高校を受験したのだった。世の中には、趣味は違えども似た者同士という関係は存在するのだ。


 もともと、ワタルは中学校時代からバイトなり女子と遊んだりと忙しいやつだったし、僕も陸上部を割と真面目にやっていたので、放課後に遊ぶといっても、二週間に一回くらい、どちらかの家でゲームに興じたり、という程度だった。


 だから別々の高校に入ったところで、顔を合わせる機会こそぐっと減りはしたが、関係性にそう大きな変化はなかった。


 そうして、高校一年の一学期が何事もなく過ぎ、その年の夏休み、つまり、今からちょうど一年前の七月のことだった。


 ■ ■ ■


 いつものようにクーラーの効いたワタルの部屋。部屋の主はベッドを背もたれ代わりに、テレビゲームに熱中している。

 ちなみに僕の部屋にはテレビが無いので、昔からワタルの家で遊ぶことが多いのだ。


 僕は僕の指定席、ワタルの学習机で、本棚から適当に持ってきた漫画を読んでいた。

 高校受験を終え、学習机がもはや物置と化しつつあることを除けば、中学校の頃と何も変わらないいつもの風景だが、あえて様子が異なる部分を挙げるとすれば、部屋に集まるメンバーが違っていた。増えていた。

 様子というより面子が違った。


 僕とワタルともう一人、ワタルの彼女である篠宮(しのみや) 杏果(きょうか)が、ワタルの横でスナック菓子を摘みながらテレビ画面を眺めている。

 僕は、角度的にそんな二人を横から見下ろす形になっている。

 ワタルは中学校時代、いやさ、小学校時代から彼女が絶えないという驚異のプレイボーイで、その幾人かの彼女たちと会ったことぐらいはあったが、彼女も交えて三人で一緒に遊ぶというのは、この篠宮が初めてだった。

 聞くところによると、彼女とは高校で同じクラスで、それも出席番号が一つ違い、席が前後であったことから知り合ったらしい。その名字のせいで、ワタルの毒牙に掛けられてしまったらしい。

 肩まで伸びた、まっすぐで綺麗な髪が印象的な女子だ。


 ワタルがこれまで何人と付き合ってきたのかを僕は、そして恐らく本人も分かっていないので、ワタルの好みのタイプなのかどうか、もう忖度できそうにないが、一般的に言って可愛いとされる部類に入るだろう。

 ワタルのあれこれを知った上で付き合っているようなので、特に僕が口出しすることはなく、たまにこうして三人で過ごすこともあるという、そういう関係性に落ち着いている。


 ■ ■ ■


「二人はポカリ派? アクエリ派?」


 と、お茶のペットボトルを開封しながら、いつもの如く、どうでもいいことをどうでもいい風に聞いてくる篠宮。


「オレはポカリかな」


 ゲーム画面から目を離さないまま、ワタルが答える。


「僕は……別に拘りはないけど、敢えて言うならアクエリだな」


 陸上部でマネージャーが準備してくれるスポーツドリンクなんかを思い出しながら、何気なく答える。


「ふぅん。私はスポーツしないし、飲むことはないなぁ」

「んじゃあ何で聞いたんだよ」


 そんなつっこみが出来るくらいには、僕と篠宮との信頼関係も構築されていた。


「ほら、ゲーム、主人公が腕伸ばして敵を殴ってるじゃん、ポカリって」


 テレビ画面を差しながら篠宮は言った。


「ポカリっていうよりバキッ! ドガッ!! って感じだと思うけど。え、そんな角度でそんな質問してきたの」


 ワタルと付き合えるだけあり、篠宮も少々おかしなところがある。


「爽介ってアクエリ派なんだな。お前、綾瀬ちゃん好きじゃなかったっけ?」


 ワタルが僕に聞いてくる。


「ん? 綾瀬はるか? 好きだけど、何で」

「ポカリのCM、出てるぜ」


 なんと、それは知らなかった、部屋にテレビがないもんだから、食事の時間に流れているテレビ番組を除いて、録画したものを後から見る習慣がついている。

 そうすると、自然とCMはスキップして次のチャプターまで飛ばしてしまうので、最近のCM事情には少々疎くなっているのだ。


「まぁ好きは好きだけど、大ファンって程でもないからな」

「もったいない。後でDVD貸してやるからそれ観ろよ。もっとファンになると思うぜ。『おっぱいバレー』って映画」

「何その胸踊るタイトル! そんな映画があったのか!」

「原作小説もあるぜ」

「借りる借りる、観る観る! 揉む揉む!」


 久しぶりにはしゃぐ僕だった。


「ふっふ、お前も布教に努めろよ、信者二号」


 不敵に笑う、信者一号こと沙南 渡。期待に胸膨らます、信者二号(候補)こと僕。

 高校に入り、現実の女子のブレザー姿にうつつを抜かしている間に、日本のショービジネス界にはそんな革新的な作品が登場していたとは。これは迂闊だった。

 タイトルを聞いただけだったが、これから長い付き合いの作品になる予感、いや確信がした。


「おっぱいと言えば、そう言えば篠宮ってどうなの?」


 と、ワタルに向けて聞く。


「杏果のは……」

「そんな『そう言えば』はないし、ワタルくんも答えないの!

 ……二人って、そういう話する時、ほんと全くデリカシーないよね。いや普段からかな。私でも怒るよ。……まさかポカリから私の胸にまで繋がるなんて、想像だにしなかったけど」


 大げさに嘆息するようなポーズを取っているが、篠宮はもうこんな僕たちに慣れっこだった。

 セクハラに慣れてはいけません。早めに然るべき役職なり窓口に相談しましょう。


「あれ、こんな野獣二匹に挟まれてる私って貞操の危機なのかしら……」


 篠宮の言うとおり、テレビに向かって右から、ゲームをするワタル、お菓子を食べる篠宮、学習机に座る僕、更に彼らの背後にはベッドという配置なので、篠宮からすると実は、ドアにも窓にも逃げられない、孤立無援な絶対的窮地に立たされているのだ。


「詰んでるな杏果」

「命あることに感謝しろよ、篠宮」


 こういう時にだけ、幼なじみの二人は絶妙のコンビネーションを見せるのだ。


「あーあ、やだやだ。何でこんな人と付き合ってるんだろ、私」


 今度は若干、本気の後悔も含まれていそうなため息を吐く篠宮。彼女のステディは、かなりの変人な上に、変態な幼なじみも漏れなく付いてくるのだ。嫌な特典だった。


「こいつの本性知ってるだろ? 今までもどんだけの女性を毒牙に掛けてるんだか」


 せっかくなので、意地悪心でワタルの女性遍歴に話を振ってみた。シングルの妬み嫉みを思い知れ。


「知ってるわよ。私だって、これまでどれだけ苦労したか」


 一学期に起きた『底なし沼の潮干狩り』や、『ゴールデン・デスマーチ・ウィーク』、『血の雨降る六月』などの数々の凄惨な事件は、今も記憶に新しい。

 それでも付き合い続けている篠宮は正直、偉いというより常軌を逸していると言っていいレベルかもしれない。


「こいつ、小五の頃から二股かけてたしな」

「ああ、聞いた聞いた。それに、その頃は、隠れて担任の先生とも付き合ってたんでしょ?」

「はぁ!? それは僕、知らないぞ! ワタルのって、僕の担任でもあるんだぜ」


 驚愕の事実! 思わず椅子からずり落ちそうになった。

 それは本当に嫌な話だぞ!? ってか、駄目じゃん先生の倫理観!


「あれ、これって秘密だったの?」


 篠宮がワタルを窺う。


「ん、ああ、当時は秘密にしてたけど。でももう時効だろ。構わねぇよ」


 お前は構わなくても僕は構うっつってんだ。こんな衝撃の事実のカミングアウトなんだから、まずゲームする手を止めやがれ! せめてこっちを向け!


「付き合ってたって言っても、手も繋いでない清い交際だぜ」

「ほ、本当かよ……」


 それじゃあ何をもって付き合っていたというのか。ただ子供としてあしらわれてただけなんじゃ。

 付き合うという体験を脳内でしか持たない僕には、理解できない事案だった。事件だった。


「手なんか繋がなくてもさ、お互いがお互いを必要としてたっていうか、心の支えって感じだったな、あの頃は。オレも若かったから、ちょっと依存し過ぎてたかもな。

 でも先生もさ、保護者からのクレームとか、ご両親からのプレッシャーとか、職員室内の人間関係とか色々あってさ」

「それ児童に相談するレベルじゃねえだろ! いやそもそも先生が相談しちゃ駄目だし、どんな児童相談所だよ、逆だろ! ……いや逆でもないけども」


 混乱を極めて、もはや自分でも何を言っているか分からない僕だった。僕の幼なじみの懐はどんだけ深いんだ。

 懐じゃないな、闇が深過ぎる。僕が中学の頃に名乗ってた『漆黒の楽園の騎士(ダーク・エリュシオン)』とは、実はお前のことだったのか!?

 他にも相当な年上と付き合ってたことは知ってるけど、これは意味合いが違い過ぎる。


「まぁまぁ、もう昔のことでしょ」


 僕をなだめる篠宮。だからお前の精神性も怖いんだって。第一、昔のことだからこそマズいんだよ、昔過ぎるからヤバいんだって、この場合は!

 さっきから僕の背中に流れる嫌な汗が、全く止まらない。


「……お前さ、念のため、本っっっ当に念のため、大事なことを聞いておくけどさ」

「ん? 何だ〜」


 相変わらずなワタルの横顔に僕は続ける。


「お前、僕の家族には手を出してないよな?」


 ワタルが僕の家に遊びに来ることもあるので、姉とも面識があるのだ(母は働きに出ていて、ほとんど接点がないのが救いっちゃあ救いだ)。


「……ん、ん〜大丈夫だよ(ギリギリ)」


 ギリギリって何だ!括弧書きにしても聞こえたぞ!ってか読めたぞ!

 物理的にか、精神的にか!?どっちにしても嫌だけどな?!


「……信じてるぞ、幼なじみ」


 精一杯のドスをきかせてワタルに言う。


「おう、任せとけ〜」


 あくまで軽い僕の幼なじみ。『クロカン』なんて一括りで呼ばれてはいたが、こいつと僕は、その精神の根本的なところで差異が、格差があり過ぎる。


 何を『任せとけ』なのかは怖くて聞けないが、『オレたちの信頼関係は壊すようなことはしてないから安心しろ』という意味なのだろうと、強く強く、自分に言い聞かせた。



(第6話 風使いと「夏休み」(3) 終わり)


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