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「高校2年2学期」の風使い

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第74話 風使いと「学校」【七不思議編】(4)

 そのときだった。

 天川の指摘に、一同の視線が風見爽介に集められたそのとき――


 チャイムが鳴った。

 ノイズ混じりのデタラメな音量。頭の芯に響いてくるような不快な音。

 続いて、放送。


『せ、生トの、みみ、ミミミみな、

     さ、  んは、―― ――シィ、

き、う……――し、シシシ、し―― 

 

          テ、クダ――し、ンデクダサ……』


「おい、これって」


 思わず風見は、土岐司ときつかさのほうを見やる。


「違う、僕じゃない!」

「じゃあ何だってんだよ……!」


 第6の七不思議、土岐司の魔王城で聞いたあの放送だ。

 ぐらり、と床が揺れた。


 次の瞬間、職員室のドアが開いた。

 風見は思わず息を飲む。

 彼だ。


「やあ諸君」


 渦中の人物、いや、人物と呼ぶべきかすら分からないあやふやな存在。


 風見が『殺す』予定の、七不思議――。

 怪異でも幽霊でもない、ただの幻――。


 生徒会長、那名崎悠一朗ななさき・ゆういちろう


 誰も動けずにいるなか、彼は静かな足取りでこちらへと歩み寄ってくる。ゆっくりと、悠然と。

 彼はまず、一番近くにいた生徒の肩に手を置いた。


「えっ」


 蕨野わらびのだ。

 そのおっとりした風見のクラスメイトの姿が、一瞬にしてかき消える。

 空間に溶けてしまったかのように、蕨野雪絵は職員室から姿を消された。


「――――っ!」


 友人の異変に、弾けるように突進したのは美山みやまだった。風見の隣から一瞬で飛びかかり、那名崎に掴みかかろうと手を伸ばす。


「やめろ、美山!」


 風見が叫ぶのと同時、那名崎は身をかわし、美山の手首を取った。


「ちょっ、離して! 雪絵を、雪絵をどこに――」


 彼女の叫び声はなかばで途切れた。

 蕨野同様、美山の姿も消えた。


「てめぇっ!」


 風見が動こうとするのを制すように、那名崎が手のひらをかざす。

 その硬質な視線は、ずっと風見を捉えたままだ。

 警戒している、というより、観察しているようなまなざし。


「焦らなくていい。彼女たちはまだ校内にいる。……まだ、ではないな。ずっと、だろうか」

「――ふむ、そちらからとは思っていなかったぞ」


 横合いから、落ち着いた声音で天川が割って入る。


「天川先生の予測を超えられましたか」

「『先生』などと、今さらだな。もはや隠し立てする必要もあるまいに」

「しかし、『挑む犬』と呼ぶことこそ今さらでしょう。先生は、先生ですよ」

「きみが生徒会長であるように――か?」


 言われて、那名崎は薄く笑う。

 天川はわずかに哀れむような視線を向けて、


「まだ『生徒会長』を続けるつもりか?」

「ええ、任期は残っていますから」


 先ほどの天川の説明どおりであるならば、那名崎は幻で、彼自身もそうだと自覚している。

 では彼は、『生徒会長』であり続けるために、風見に解決される前に、先手を打ってきたということだろうか。


『ぜ――、ゼッ  』


 スピーカーが異音を放つ。



『絶対()下校時間と、 ナ、りまし、た。

   セ――……いとのミナサんは、 せい、との――』



 きん、というハウリング音がして、それから放送音声が急に整った声に変わった。

 ただし、低い、身震いさせるような、男の声で。



『生徒のみなさんは、絶対に帰らないでください』


 

 続けざまにチャイム。

 ノイズ。

 床の――揺れ。


「会長っ――」


 風見が叫ぶ。床が割れる。

 壁も、天井も、職員室が丸ごと輪切り(・・・)にされたかのように切断される。


 ぐるん、と視界が回転。誰かの悲鳴。天地がわからなくなる。


 風見はかろうじて風を操り、体勢を維持しようと努めたが、彼をにらみつけるので精一杯だった。

 職員室に集っていたメンバーの姿はない。この暴力のような空間切断(・・・・)に吹き飛ばされて姿は見えない。


 那名崎は変わらず、温度のない視線を風見に注いでいた。

 職員室だったものが、対峙する二人の左右を、上下を、乱れて飛びまわる。


「あんたは、何がしたいんだよ!」

「すべてさ」


 那名崎は言う。


「私がすべきことの、すべてだ」

「だからそれが」

「私の役目は『生徒会長』。きみたちが与えた役目だ。私はこれを演じきらねばならない。しかし、私は――幻だ」

「――――」

「だから、私がこの役目を遂行するためには、やや特殊な技能が必要となる」

「技能、だって? これが?」

「この能力は土岐司副会長と、国府村(こうむら)書記が私に与えてくれた。世界を再構築する力。そして――ポルターガイスト、テレキネシス、かな」

「な……?」

「他にも――これはどうかな」


 那名崎の背後から、影がするすると伸びる。

 それは人の手をかたどった、幾本もの触手に変わる。


「『女子更衣室の悪魔』……!」


 風見はぐっと眉根を寄せて、


「あんたが、七不思議を全部?……いや」

「そう、違うよ。私がすべての七不思議を操っていた、などということはない。私はただの、不思議のひとつに過ぎないよ。淡くて薄い、もっとも微弱な(・・・)不思議だ。吹けば飛ぶような、そんな存在だ――幻だ」

「…………」

「だが、だからこそ。他人の希望を写した幻想に過ぎないからこそ――私はこうして、他の七不思議を再現することができた」

「七不思議を、再現?」

「取り込んだ、と言ったほうが感覚的には近いかな。私はこの学校の生徒が生みだした幻だ。そして七不思議もまた、この学校が、生徒が生みだしたものだ」

「…………」


 七不思議は生徒が生みだす――。

 それは、そうなのかもしれないと風見は思う。『化学室のポルターガイスト』や『女子更衣室の悪魔』は、生徒だった彼らそのもの、と言ってもよかった。


 土岐司の願望を反映した『異世界転移』も、生徒に由来する。

 だが、『挑む犬』や『えんきり女神』などは、学校に棲み着いた怪異のようなものではないだろうか。


「それでも七不思議とはね、風見君――生徒がつくるものなのだよ」

「…………」

「そもそも、なぜ『七』だと思う?」

「……知らねーよ。七つあるからだろ」


 ぶっきらぼうに言ってやると、那名崎は軽く笑った。


「そうだね、それはそうだ。……だが、全国津々浦々、どの学校にも『七つ』あるその理由――という意味だよ」


 職員室にあった教師用のOAチェアが、滑るようにして那名崎の背後に移動してきた。彼はそこに腰かけて、足を組む。


「いいかい、風見君。『七つ』だから『七つ』なのだ。必ずそうでなくてはならない。『七つ』だからこそ七不思議、なのだ」

「当たり前だろ、なにを今さら――」

「それを定義するのは生徒だ。『七つ』をカウントするのは、いつだってその時代の生徒たちだ」


 きみたちだ、と那名崎は言う。

 それから、ややおどけるように肩をすくめて、


「はじめにことばがあった――とは、誰のげんだったかな。ともかくきみたちの頭の中には、まず『七不思議』という言葉があった、概念があった。だから、学校で起こる不思議は、七つでなければいけない」

「そんな都合のいいこと」

「いいのさ、実際には六つでも」

「?」

「七つ目はやはり――生徒諸君がつくる。そうだな、たとえば六つの噂が流れたとしよう。そして七つ目は見つからない。ではどうなるか……『七つ目の七不思議を知ったら死んでしまう』というような噂が流れるかもしれない」

「……まあ、ね」

「逆に八つの噂が立ったとしよう。とすれば、一つ、偽物があると考える。どうかな?」

「…………」

「きみたちの思考は、そのような経過をたどる。どんな時代でも、どんな場所でも。……もっとも、その時代、その場所に、三つ、四つの噂しかなければ、そもそも『七不思議』という概念は頭をよぎらないだろうね。きみたちは『七不思議』という概念をもって、実際に七つの不思議を生みだしてしまうのさ」


 那名崎は背もたれに体重を預け、風見に向かって試すような視線を送ってくる。


「本当のところ、この嵐谷高校にはもっと多くの怪異が棲み着いているのかもしれない。時代によっては、それらが『七つ』にカウントされているかもしれない。けれど、『七不思議』の言葉が持つ引力に吸い寄せられて、諸君は『七つ』を数える。きみたちは知ってしまった、この時代の七つ目を――」


 七つ目の七不思議。

 生徒が生んだ集団幻想。

 生徒の思いを写し出した、のっぺらぼうの生徒会長。

 彼は言う。


「だから、期待に応えてみせようと思ってね」

「期待、だって?」

「私自身が七不思議だと言うのなら――いいだろう、すべての七不思議を取り込んで、この学校も取り込んで、私はきみたちを導く『生徒会長』になってやろう。どうせ私はのっぺらぼうだ。顔などない。確固たる自我などない。他人に期待されるまま、その役割を演じきるしか能がない、愚かで弱い『不思議』に過ぎない」


 だが――と那名崎は言う。


「確たる自分がないのだから、その不確かな自分を変容させることも容易だ。私と同じ、生徒が生んだ『七不思議』と一体化することも――ね。きみたちは出られない。この学び舎で、未来永劫つづく幻とともに過ごすのだ。七つの不思議が支配する、この嵐谷高校で――」


 学校の敷地から出ることは叶わない。

 外部との連絡も取れない。


 ()から見た嵐谷高校がどうなっているのかは分からないが、相応の時間が過ぎているにも関わらずなんのアクションもないということは、この空間は完全に切り離されでもしているのだろう。


 彼の支配するこの空間に囚われて、ずっと――。


 いや、もはやこの空間自体が彼自身なのかもしれない。

 他のすべての七不思議を――生徒が生みだした幻想を取り込んで、学校ごと『不思議』に変えてしまった。


「そんなの、ただのヤケクソじゃんか」


 風見は、ふんと鼻を鳴らす。


「かんしゃくを起こしただけだろ? 自分が幻だって気づいて、仲間はずれだって気づいたから、腕力で無理やり従わせてやろうって……ガキじゃん」

「――そうだな、私はまだ、生後半年にも満たない赤児なのだからな」

「――ったく、開き直りかよ」


 ため息をつく。

 ようやく冷静になりつつある頭で、ぐるりと周囲を見て、


「……みんなは?」

「だから言っただろう、まだ校内だ。下校はしない。できない」

「――じゃあ、無事なんだな?」

「私は生徒会長だ。私は生徒に危害を加えはしない」

「私『は』……か」


 風見が目をすがめて睨むと、那名崎は口元に笑みを浮かべた。


「早く行くといい、風紀委員の風見爽介君。いいや、風使い(・・・)の風見君。私は君が指摘したとおりの未熟者でね。七不思議を取り込んだはいいものの、まだ完全に制御しきれているわけではないんだ」

「――――」


 先ほど図書室を出たとき、風見と土岐司は、『挑む犬』と遭遇した。

 凶暴な怪異――天川とは、別物の怪異。


 実際、本物の天川は、先ほどまで職員室で話していた彼だろう。

 では、あの廊下で遭遇した怪異は――


「七不思議とは、君たちが生みだした幻想だ。その姿はひとつではない。『凶暴な犬が校舎内を徘徊している』。それもまた真実の姿。君たちが出会い、解決して、懐柔した七不思議とは別物だ。彼らは、まだ私でも制御できない。どうする? 助けにいくかね――風使い?」

「――――っ」


 これ以上の問答は無用だ。

 風見は左手をなぎ払い、容赦のない風の刃を那名崎に放った。


 だが――いや予想通り、と言うべきか――那名崎にその刃は通らなかった。先ほど美山たちにやってみせたように、彼自身もまた空間にかき消えた。


 声だけが響く。


「――解決してみせろ、風使い。私を止めてみろ。不思議を脱し、日常を取りもどしてみせろ。……これが、生徒会からの最後の指令だ」


 ぐるん、とまた空間が歪む。

 声は言う。



「解決せよ、最後の七不思議――『のっぺらぼうの生徒会長』だ」


 

 風見の体は、見えない暴力によって殴り飛ばされた。



(第74話 風使いと「学校」【七不思議編】(4)終わり)


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