第72話 風使いと「学校」【七不思議編】(2)
「さて、『捜索隊』もじきに戻って来るだろう」
風見が床に転がるのを気にもかけず、生徒会顧問――挑む犬――の天川銀牙は淡々と告げる。
「必要な人材も確保できた。これからは攻勢にまわる」
「攻勢?」
土岐司が疑問の声をあげた。
「待ってください、どういう……それにこれは」
あらためて職員室を見まわす。
天川と花木以外に教員の姿はない。がらんとした職員室に、一部の生徒と一人の変態が集まっているだけである。
「まいったな。やはりダメか」
ノートパソコンを操作していた花木教諭が肩をすくめる。
「ネットも繋がらない、電話も無理。スマホも電波は拾わない。外との連絡は不可能だな。校内から出ようにも、敷地の境界まで行くと変な力に押し戻される。手詰まりだ」
「閉じ込められた……?」
土岐司は天川に向き直る。
「これは、七不思議が引き起こした現象なのですか?」
「そうだ」
血のような夕陽がそそぐ窓を背に、天川がうなずく。
「最後の……いや、最初の七不思議と言ってもいいだろう。諸君にとってはな」
意味が分からない、と首をひねるのはどうやら土岐司だけのようだった。
他の面々は、すでに天川からある程度の事情を聞いているらしい。とはいえ、納得しているような表情でもなかったが。
「わたくしたちも、まだ核心についての説明は受けていませんわ」
副会長の神宮院が言う。
「あなたと――何より、風見くんがそろってから、という話でしたから」
「こいつが……」
「ふふん。僕がいないと話が始まらないってことだな。分かってるじゃんか」
「…………」
股間を押さえ、職員室の床でうめく変態を、土岐司は積極的に無視した。
「……第6の七不思議」
土岐司がぽつりとこぼす。
「僕が、風見や美山さんたちを巻き込んだ、そのせいで今の事態に?」
「ある側面では正しい。だが――」
言い終える前に、職員室の扉が勢いよく開かれた。皆が警戒に身をすくめるが、姿を見せたのは――
「そーちゃん、良かった! 平気だった? 痛いところない? 擦りむいてない? チカおねーちゃんが舐めてあげようか!?」
風見の幼なじみである佐々川千花だった。
天川の言っていた『捜索隊』の一人で、風見を探して校内を駆け回っていたらしい。
「どうしたのそーちゃん? 痛そう!」
「チカねーちゃん……。突然、理由もなく暴漢に襲われて股間を蹴りあげられて」
「ちょっと!」
美山が憤る暇もなく、
「ひどい! じゃあおねーちゃんが舐めてあげる――って、そんなところ!? もう、そーちゃんのエッチ!! そういうお願いは二人のときだけだよ! えいえいっ」
どこまでが冗談なのか、佐々川は風見のかたわらにかがみ込んで、なんだか嬉しそうに頬をつつく。
「…………」
土岐司はこのテンションの高い先輩女子が苦手だった。どことなく風見と同じにおいがするのだ。
これに関しては美山も同じ感想のようで、あまり交流のない二人だが、ふいに目が合うとアイコンタクトで『取り合うのはよしておこう』という意思の疎通が成立した。
「それで天川先生」
気を取りなおして土岐司は、
「いえ、『挑む犬』と呼んだほうがよかったでしょうか?」
「この姿のときは『天川』で構わん」
「そうですか。では……分かっていることを教えていただけませんか?」
今度こそ空気がやや緊張を帯びた。
佐々川と風見をのぞいて、ふたたび天川の言葉に皆が耳をかたむける。
「ふむ。では、まず結論から話そう。今のこの事態を引き起こしている張本人は――ここにそろった全員と関わりの深い人物、生徒会会長の那名崎だ」
驚きの声をあげる者はいなかったが、生徒会と七不思議の経緯にくわしくない花木教諭だけがやや怪訝な顔をした。
「表のない黒幕と呼ばれる嵐谷高校の生徒会。それこそがすべての発端だ。……しかし、発端と言うなら半年前にさかのぼるか。花木殿、本校の生徒会選挙は、年に二回だな?」
「お? なんだ急に。ああ、五月と十一月。前期と後期の生徒会だな」
嵐谷高校の生徒会制度はやや変わっている。五月の選挙で、生徒会長と副会長のうち一名に選ばれるのは、三年生である。
普通であれば、進学や就職をひかえた大事な時期に、三年生を生徒会の業務などにはかかずらわせないだろう。
だが、『高校最後の一年なんだから楽しんだもの勝ちだろう!』という意見から、嵐谷高校では三年生にもしっかりと委員会活動をやらせている。五月の選挙で選ばれた役員は次の選挙で退任し、十一月の選挙で二年生を中心とした体制がつくられる。
まったく生徒に優しくない制度のようだが、そもそもこれは教師側からの押しつけではなく、制度が発足した当時、生徒からの強い要望でいまのような形になったらしい。
「いやあ、やっぱり高校生活は貴重だからなぁ。制度改革のときは燃えたぞ。はっはっは」
日本史教諭、花木隆雅がどこか自慢げに語る。
「もしかして……」
空良が眉をひそめた。
「花木先生が、今のような形に?」
「おう。俺たちが生徒だった頃にな。みんなで議論して、今の生徒会選挙を作りあげたんだ! やっぱり高校生活は楽しくなきゃいかんからな!」
『過去の花木』を知る空良は、なんともいえない感慨をもった。だが、どうやら裏側を知るらしい天川は、なにやら勝手に納得して、大きくうなずく。
「――なるほど、それが今回の『真の発端』か」
「おい天川」
風見が声をあげる。
「もったいぶってないで、さっさと説明してくんない? 僕たちは随分と危険な目に遭ってきたんだ。事と次第によっては、僕は――お前らを許さない」
それは本心からの言葉だったのかもしれないし、実際、表情も真剣そのものだったのだが、股間を押さえ、芋虫のように転がった状態ではまったく格好良くなかった。
「そう急くな。まだ確認しておくべきことがある――神宮院副会長」
突然に水を向けられて、神宮院が慌てる。
「な、なんですの?」
「君は三年生、那名崎と同学年だな――」
「それがどうしましたの」
「では、彼は何組の生徒だ?」
「は? そんなこと……」
神宮院はすぐには答えられなかった。
「彼の出身中学は?」
天川がまくしたてる。
「通学方法は。成績は。昼休みには、生徒会室以外で何をしている?」
「ま、待ってくださいな……」
動揺した顔で神宮院は額を押さえる。
――分からない、ようだ。
同学年であり、同じ生徒会役員の彼女なのに、そして那名崎を強く支持する生徒会副会長であるはずなのに。
神宮院は助けを求めるようにクラスメイトの佐々川へ視線を送るが、そのツインテールの少女も、「うーん」と考え込んでしまった。
「那名崎会長、そんなに影薄かったのかよ」
風見がぼそりと言う。
影が薄い――
どこかで聞いた話だ。
「おかしな話だ」
天川が淡々と続ける。
「生徒会役員選挙は全校生徒参加のもとに行われる。たとえ立候補者がひとりであっても、信任投票の形をとり、体育館のステージ上で選挙演説もある。……間違いないな?」
念押しするような視線を受けて、花木教諭も困惑しながらうなずく。
「ではなぜ、誰も那名崎の『日常』を知らないのだ。生徒会会長としての立場以外での彼を」
「……なにが言いたいんだよ」
佐々川の肩を借り、ようやく身を起こした風見が問う。
「だから何だってんだ。那名崎会長が、幽霊とか妖怪だとか言うのかよ」
「いいや、違う」
あっさりと否定される。
「彼に実体はない。幽体などという高位の存在でもない」
天川は、めいめいの顔を見渡してから、言う。
「生徒会長那名崎は、諸君ら嵐谷高校の生徒が生み出した――ただの幻なのだ」
(第72話 風使いと「学校」【七不思議編】(2)終わり)




