第69話 風使いと『異世界』【七不思議編】(7)
(やや短めです)
混沌としていた。
もはや城と呼べる構造ではない。建築物と言っていいのかすら怪しい。すべてがデタラメに歪んでいる。
魔王城の大変動によって風見が放り出されたそこは、一応は通路であるらしいのだが、十数メートル先でぐにゃりと歪み、床が壁に、壁が床にと捩れている。風見が見あげると、天井に『教室』のドアがあった。そのドア自体も斜めに引き延ばされたかのように歪んでいる。
『風』を使った破壊を試みるも、魔力で強化されているのかビクともしない。
「くそっ――」
チャイムは鳴り止んでいる。自分の声以外に音はない。
……先に進むしかなさそうだ。
はぐれた美山のことが心配ではあるが、ここに留まっていても出来ることはなさそうだった。
歪んだ迷宮をひとり進む。
進んでいるうちに、なにか巨大な生き物の体内をさまよっているような気分になってくる。さしずめ、校舎の壁と床で構築された腸の中だ。気持ちが悪い。
そこで――またチャイムが鳴った。
びくりとして風見は身構えたが、先ほどのような異変は起きない。
この短いチャイムは、時刻を告げるチャイムではなく、放送の開始を告げるものだ。
『ゼ、全校生徒、の……みみみな、みなさん――』
どこか無機質な女子生徒の声がスピーカーから響く。そのスピーカーも、天井にばかりあるのではなく、壁の低い位置や、床にも取り付けられているため変なふうに音が反響している。おまけに、声はやはりノイズ混じりで聞き取りづらい。
『 ひ、ひひひひ――、
ひな、ん、くんれんの、おし、
お知らせデ、す――…… 』
――避難訓練のお知らせ、と言いたいらしい。
『 せ いと、ののの、のみなさんは、
今す、ぐ、――っぐ、ぐぐぐぐ
ますぐ、……に、に入って、くくく』
途切れ途切れで要領を得ない。繰り返されるその音声から、やっと風見はその内容を聞き取った。
「避難訓練――教室に入れ、ってか?」
よく分からない指示だったが、ふと振り向くと、まるで待ち構えていたかのように2つのドアが――ちゃんと壁面に――あった。
室名の表示された札を見る。
ひとつは2年B組。風見のクラスだ。
そしてもうひとつは――
「『2-D』、ねぇ……」
土岐司のクラスだ。
2つのドアはとなり合っている。密着していると言っていい。そもそも、B組とD組のドアが隣り合っていること自体に違和感があるのだが――事ここに至ってそれは些事だろう。
『……――は、入れるきょ、入れる教室はひとつです。です、いち、一度開けたど、どどどドアは、ドアは、きちんと締めましょ、ましょう。で、出て出て出ては、い、いけま、せ、せん……せ―― はい、入れる教、室は――ひと、ひひひひ、ひと』
ぷつり、という音がして、一旦放送は途切れた。
頭を掻いて、風見はぼやいた。
「罠臭いよなぁ……」
第一、この不穏な放送に従う必要など、風見にはないのだ。何かの戯れ――それこそ罠へと誘導する悪魔のささやきにしか聞こえない。
だが、このまま目的地も定めずに城内をうろついたところで何か成果を得られるとも思えなかった。罠であろうと飛び込むことで何かしらの進展が望めるかもしれない。土岐司にたどり着くためのヒントや、あるいは美山の救出に役立つような手がかりが――。
2つのドアを前に、腕を組んで考える。
そして考えた結果、風見は――
ドアの前を素通りした。
どちらのドアにも手を掛けず、走り出した。
罠を恐れたわけではない。
入るなら――入れる教室がひとつだけであるなら、ここではないと直観したからだ。
『 はい、はい、はいいいいいれ、入れ――……きょうし、しつ、教、室に、にににに、にに ――…、 はいれヨ、はいいいい、れ、はい――』
壊れてしまったかのような音声がスピーカーから流れる。音はどんどん大きくなり、声も金切り声に変わる。もはやヒステリックな絶叫になりつつあるその音の中を、風見は走った。
もとの校舎とは構造がまったく違う。記憶を頼りに『目的地』を探すことはできない。当てずっぽう、行き当たりばったりだ。その間にも叫び声はボリュームを増し、がんがんと頭に響いてくる。
「――ったく、うるさいんだっての!」
悪態もかき消されるような大音響。輪唱のような絶叫。その不協和音を振り払うように駆ける風見の視界に、ようやく『それ』は飛び込んできた。
足を止める。
室名札を確認する。
――ここだ。
土岐司が待っているとしたらここだ。
確信というほどのものではない。
だが、ここが城で――そして同時に高校であるなら、風見たち生徒にとっての『王の部屋』はここだろうと、そう考えただけだった。
風見は――
『生徒会室』のドアを開けた。
(第69話 風使いと『異世界』【七不思議編】(7)終わり)




