第66話 風使いと『異世界』【七不思議編】(4)
「なぁ、なに浮かない顔してんだよ」
「うっさい! 話しかけないで」
カスパルの手配した馬車に揺られ、一行は聖王のいる都へと向かっていた。
『一行』とは、つまり騎士カスパル、変態魔法使いカザミ、そして、
(なんで私がこんな目に……)
運ばれていく家畜の気分で、村娘のヒナタはため息をつく。
――あの決闘の後、カスパルはカザミの実力に打ちのめされ、こう言った。
「貴様を、いや、貴殿をぜひ聖王様に引き合わせたい」
今は国家の危機である、と彼は言った。
「えー、僕の力が必要だって? 本当は穏やかに暮らしたいんだけどなぁ……やれやれ仕方ない。能力を持つ者の宿命ってやつかな。世界のために、この最強の風使いである僕が力を貸してやるよ」
ヒナタはとてもムカついたが、それ以上にカスパルは屈辱の表情を浮かべていたものだった。ぶん殴ってやりたいくらいの物言いだと思った。そして実際グーでぶん殴った。
とはいえ、カスパルが言うには、本当に背に腹は代えられない状況にあるらしい。騎士である彼がヒナタの住む村の近くを訪れていたのは、『悪魔』退治の一環だったというのだ。
(悪魔か――)
ここ数ヶ月、国中に――世界中に『悪魔』は現れ、人びとの暮らしを脅かしている。
元凶は、聖王都の西南にあるアラシダニ山脈に突如として現れた魔城――その城から、『悪魔』は発生していた。
ヒナタの村はまだ実害に遭っていなかったが、悪魔たちは『何か』を探し求めるようにあちこちをさまよっているのだという。
「魔王退治――ってことか。うんうん、僕にふさわしい使命だな」
馬車に揺られながら、カザミは余裕の笑みを見せる。
「……なんで乗り気なのよ」
「分かってないなぁ、だからお前はダメなんだよ」
「こいつ――」
「どうやら僕は異世界転移を果たした……みたいだからな。もともとチートである僕なら、魔王退治なんてあっという間だろ」
「…………?」
「そのうえ、お姫様やらケモ耳少女やらエルフやら、多種多様な女子に好かれてハーレムを築く! 僕はそのためになら――ハーレムのためになら全力を尽くすさ!」
「ここで死ね、死ねっ! 世界平和のために!」
鼻息荒くヒナタは、まだ包帯でぐるぐる巻きのカザミを蹴り落とそうする。
「……異世界」
その騒ぎの横で、カスパルがつぶやいた。
「ある日、アラシダニ山脈の一帯で地鳴りが起きた。それはどうやら、『魔城が地面から生えた』ときの揺れだったらしいのだ」
「生えた……んですか?」
蹴りをやめてヒナタが問うと、カスパルは重々しくうなずいた。
「正体不明のモンスター、今では悪魔と呼ぶその怪物どもは、その城から這い出てくる」
「聖王様は、討伐隊を送ったって……」
「そうだ。群れなす悪魔どもを蹴散らし、魔城へと突入したのだが――」
「ボコボコにやられて、泣いて逃げ帰ったとか?」
「ちょっと、カザミ!」
慌てて諫めるが、カスパルは横目で睨んだだけで、
「それも事実だ。悪魔はともかく、城の主は――『魔王』は、恐ろしい能力をいくつも持っていた」
「持っていた、ねぇ……まるで見てきたみたいだな。あんたもその討伐隊にいたってこと?」
カザミの歯に衣着せぬ物言いに冷や冷やしながら、ヒナタは二人の顔を見比べる。
「――ふん。なじられようとも文句は言えん。実際に、魔王には手も足も出なかったからな。だが……」
いっそう深刻な顔になってカスパルは言う。
「奴は言っていた。自分は『異世界』からやって来たのだとな」
「トラックに轢かれて、とか、そんなベタなパターンだったりして。あはは……」
とカザミは苦笑いを浮かべてみせる。
「――――」
「な、なんだよ、そんなに睨まなくても」
カスパルが険しい表情で、そしてどこか躊躇するような色を浮かべて、カザミを見すえる。
「そう言っていた。あの魔王は、トラックなるものに命を奪われ、『念願のチート能力』とやらを手に入れて目覚めたのだと、そう言っていたのだ」
「はは……なんだそりゃ。案外、身近な人間だったりして」
カザミの笑顔が引きつる。
「そんなわけ、ないだろーけどね」
「魔王は、自身の名をこう名乗っていた」
カザミに対する期待だろうか、それとも疑念だろうか――慎重な口調でカスパルは続けた。
「魔王リバイスバール……前世の名を、トキツカサと」
がたっと音を立て、カザミが馬車の座席から滑り落ちる。
「な……」
「どうしたのよ、急に」
「ま、まじかよ……」
変な汗を流して、カザミは言った。
「そいつ、知ってるかも」
■ ■ ■
1日中馬車に揺られ、聖王都にたどり着いた。
「いってぇ……」
硬い座席で痛めた腰をさすりながら、カザミは大きく伸びる。
レンガや石造りの建造物。
向こうには、高くそびえる白い城郭――。
「つーか、マジで西洋ファンタジーなのな」
「なに意味分かんないこと言ってるのよ」
美山陽によく似た――というか、そうとしか見えない少女が、いつものノリで風見を小突く。
どうにも彼女は『別物』のようだが、こうしていると本人だとしか思えない。
(土岐司のやつ……)
同級生の仏頂面を思い出す。
生徒会副会長にして、風見爽介を目の敵にしている男子生徒、土岐司翔馬。
この異世界に現れた魔王が彼なのかどうか定かではないが――
『リバイスバール』という名は、彼のお気に入りのライトノベルに出てくる主人公の名前だったのではないか、と、おぼろげな記憶をたどる。
(うーん……)
これは夢なのだろうか?
次第に、目覚める前の記憶が思い出されてくる。
気を失う前の映像が鮮明になっていく。
たしか、下校途中トラックにはねられて――。
昏睡状態で、同級生たちの夢を見ているのだろうか?
(うぇえ、怖……)
そうだとすると、ぞっとする話だ。
だが夢にしてはあまりにリアル。
「あー、疲れた」
カザミと同じように背伸びするヒナタも、夢とは思えないほど生々しい実体を伴っている。
「…………」
特に――
胸とか、胸とか、
あとは胸とか。
反り返った姿勢になると、余計に強調されるのである。
「ど、どこ見てんのよ!」
「胸」
「あのね! 正直に答えれば許されるとでも思ってんの!?」
「思ってる」
もはや肘鉄の一発や二発は必要経費だと考えている。
セクハラなしには生きて行けない男、それが風見爽介その人なのであるから。
カスパルに案内され、城へと入る。
聖王の騎士は無論堂々と、続く村娘のヒナタはたいそう恐縮しながら、そして風見はリラックスしたまま。
「えーっと。で、その偉い人……聖王様だっけ? この先に居るワケね」
「どうしてそんな落ち着いていられるのよ……あのね、普通に生きてて、聖王様にお目通りがかなうなんてあり得ないんだからね。ああっ、本当にこんな服で良かったのかしら!」
ひときわ大きな扉の前にたどり着いた。
くれぐれも無礼な態度は慎むように、とカスパルからさんざん釘を刺され、謁見の間へと通される。
赤い絨毯のその先に、玉座がある。
左右には厳めしい装備の兵士たち。
「げ」
聖王に近づくに連れ、風見の顔はみるみる崩れていった。
……これまた、予想外な人物が玉座に鎮座していたからだ。
「ふむ、これがカスパルの見いだした戦士か」
何やら雰囲気のある口調ではあるが、その人物を風見は知っている。見慣れている、とさえ言っていい。友人と呼ぶには抵抗があるが、さりとて、そう呼んでも本人は嫌がらないだろう。むしろ喜ぶかもしれない。
「そしてその方が――」
「ひ、ヒナタと申します!」
美山にとっても既知のはずの相手なのだが――
「このたびは、拝謁の栄誉にあずかり……」
などと、かしこまった物言いだ。
やはり『別物』なのだろうか、この二人は。
(なんつーか、なぁ……)
せっかくの異世界ファンタジーなのに、まるで高校生活と同じような顔ぶれである。
「楽にせよ――と、そちらは気兼ねなどまったくないようだがな」
風見を見て、からからと愉快そうに笑う聖王。
その中年の男は、嵐谷高校の教壇で目にする顔――
日本史の、花木教諭そのままだった。
■ ■ ■
『この花木』も、結論から言えば別人のようだった。
本来の風見について知っているふうはなかったし、カスパルをはじめ、誰もが彼を『聖王』だと認識している。
ただ、初対面にしてはなぜか馬が合った。
会話のテンポというか、空気感というか。
あちらの花木教諭と同じように、会話のテンポがよく合う。
それだけに、気の置けない間柄のように話すので、どうやら周りの重臣や騎士たちは冷や冷やしているようだったが。
「んで、僕に魔王退治をして欲しいと?」
「かみ砕けばそういうことになるな」
「けっこうな無茶ぶりじゃないっすか?」
「そう思うか?……ふふん、お前自身は余裕綽々といった感じに見えるがな」
――あ、バレちゃいました?
などとおどけて見せると、隣のヒナタがもの凄い形相で睨んでくる。
「やってくれるか、勇者カザミよ」
「しょーがないっすよね」
日直を引き受けるくらいの気軽さで風見は、聖王からの申し出を受け入れた。
――元よりそのつもりだったのだ。
どうやら自分の身に不可思議なことが起きている、ということに疑いはなかった。
そう、挑む犬に始まり、このわずかな間に降りかかってきた、あるいは首を突っ込んできた様々な『不思議』――これもその続きではないか、という予感がしてきている。
妖怪めいた犬に行き合い、過去をさ迷い、体を乗っ取られたり、異空間に引きずり込まれもしたし、悪意ある霊体とも対決した。
ならば――生徒会副会長の土岐司が関わっているのだとしたら、これもその続きかもしれない。
いずれにしても行く先は決まっている。
風見はカスパルを伴って、魔王城を目指すことを決めた。




