第6話 風使いと「夏休み」(2)
沙南 渡。
それが僕の幼稚園からの幼なじみの名前だ。
ワタルと爽介、と聞けば、地元の中学生で震え上がらない者が居ないほどのコンビだった(女子限定)。
ただ、ワタルと僕とでは、若干、怖がられ方のベクトルは違ったが。
さて、男友達なんてものの会話の九割は、馬鹿馬鹿しい、どうでもいいような話だと思う。中学生男子ともなるとその最たるもので、僕たちも多分に漏れずそんな感じだった。例えば。
中学生二年生だった頃の僕たち。プールサイドでのことだ。
■ ■ ■
体育の授業において、三コースと四コースの間にあるコースロープは、彼方と此方を分かつ、絶対不可侵の結界。彼方、つまり、スクール水着のマーメイドたちと戯れることができるのは、銃殺される覚悟を持った勇者だけだ。
または、リーゼントのヤンキーの持つ次元刀でもない限り、この結界を切り裂いて彼方へと渡ることはできないのだ。この場合、魔界はこちらで、A級妖怪は僕たちだ。
他には、右腕で空間自体を削り取って、向こうにあるスクール水着を着た物体をこちらに引き寄せるか、だ。これはこれで使い手はヤンキーだが。
日本のヤンキーというのは、次元や空間を超越するスキルが付加されるジョブなのだろうか。それならばジョブチェンジを考えてもいいかもしれない。
僕の現在のジョブは童貞紳士。頑張れば魔法使いにクラスアップできるという都市伝説があるほどの潜在能力を秘めたジョブだ。
もっとも、一生秘められたままかもしれないが。
「なぁ爽介。ジップロックってあるじゃん、袋のやつ」
童貞紳士こと僕に、もう魔法使いにはなれない、裏切り者のワタルが、唐突に話しかけてくる。それでも僕はワタルを見捨てない(ワタルが僕を見捨てないでくれているのかもしれないが)、厚い友情で結ばれたコンビなんだ。
「ジップロック? ああ、余った食材を入れとくやつな。親がよく使ってるよ」
「普通のポリ袋って水を通すんだけど、あれなら通さないと思うんだよ」
「だから? 何が言いたいんだよ」
よく意図が分からず聞き返す僕。
ちゃっかりと四コースに陣取っている僕に、やはりしっかりと四コースに並んで順番待ちをしているワタルが、首だけ振り向きながら話を続ける(細かい話だが、振り向くにしても左側、女子のいる三コースの方向に首を回して振り向いている)。
ちなみに、プールの授業中、女子サイドをチラチラと横目に見ながらも、僕たちも当然水着姿なので、思春期真っ只中の男子として、恥じらいがないわけでもない。
翼を焼かれてでも太陽の近くに居たいと思う気持ちは、イカロスの時代から男子のDNAには深く刻まれているのだ。
「コースロープってあくまで水面だろ。んで、水中が盲点であり、境界線ギリギリの四コースにおいては何故か息継ぎをせず顔を付けっぱなしな男子生徒が増えることは、もはや全国民が知るところだ」
未だワタルの真意が見えない。が、構わず続ける幼なじみ。
「しかし長時間の潜水がネックだということも周知のことだろう。25メートルは保つとしても、じっくり鑑賞するためには潜水中にも余裕が欲しい。呼吸に気を取られている場合じゃない。……と、ここまで話せば、お前なら十分だろ、爽介」
「ジップロックに空気を詰めて?! ……ワタル、お前、魔法使いを飛び越して賢者になってたってのか!」
煌めくプールの水面よりも目を輝かせる僕。
なおこの次の週、ジップロックをプールに持ち込んだ賢者と魔法使い見習いは、この魔法の仕組みを発見した体育教師から、ボッコボコにされて生死をさまよった。
というかそもそも、片手なり両手なりを塞がれたまま泳ぎきるスキルが僕らには無いことにも、後から気づいたのだが。
男の子は、こういう失敗を糧にして大人の男になるのだ。伊達にあの世は見てねえぜ。
■ ■ ■
また、体育と言うならこんなこともあった。柔道の時間。
僕たちの通っていた中学では、男子は冬になると武道場で柔道の授業が、女子とは隔離されて行われていた。当然、裸足なので、千切れんばかりの痛さ、というのを体感しながら、それでも男率の高い空間に暑苦しさも感じながらの授業だった。
■ ■ ■
「今の教育界をどう思うよ」
別の生徒の模擬試合を見ながら、武道場の壁際に座り、隣にいたワタルに話しかけた。
「あん? 冬にこんなことさせるなよ、って話なのか」
怪訝そうなワタルに僕は言う。
「いやそんな軟弱なことを考える僕じゃねぇよ。別に半裸でやれって言われても喜んでやるぜ」
「喜ぶな、変態かよ。そしてそれはもう柔道じゃない何かだろ」
ワタルはいまいち僕が言わんとすることが分からないようだ。
「だからさ、男女平等だと言う割には、柔道の授業は一緒にやらないんだなぁってさ。本格的に護身術として身につけるには、男女混合でやるべきなんだよ。半裸の強姦魔の役なら、僕は涙を飲んで引き受ける覚悟があるってのにな」
僕は懇切丁寧に説明してやる。
「まぁ全面的に否定はしねぇけど……。ただ体育終わったあと、襲った女子と普通に話さなきゃいけないわけだろ。オレそこまでのスイッチング技術は持ってないぜ。お前くらいだよ、平気なの」
「愚かと言わざるを得ないぜ沙南氏。合法的に、少年法すら度外視して女子に抱きつけるんだぜ」
「お前が法の庇護下にあることが、教育界どころか日本全体の脅威だし恐怖だよ」
珍しく、この幼なじみと意見が食い違った。こいつ、プレイボーイでオープンエロな癖に、変なところで常識人ぶるから嫌いだ。
(第6話 風使いと「夏休み」(2) 終わり)