第65話 風使いと「異世界」【七不思議編】(3)
村の広場で、荘厳なプレートメイルを着込んだ騎士が、これまた立派な両手剣を構える。
対峙する風見は素手でリラックスした様子で――いくら世間知らずとはいえ、これはマズい。ヒナタはそわそわする。怒り心頭の騎士・カスパルを前に、気を抜きすぎである。これではあの巨大な剣で一刀両断にされておしまいだろう。
「ああ、もう、手が焼ける!」
思わず近くの民家へと駆け込み、刃の短いナイフを借りてきた。騎士に断りを入れてから、風見に手渡す。カスパルも、無防備な相手を斬るのはさすがに気が引けるらしい。
「おい、これってマジの刃物じゃん。あぶねーって」
「なに言ってんのよ、騎士様に挑むなんて……危ないのはアンタよ!」
挑んでなんかいない、と風見は言うが、よりにもよって魔王や悪魔の関係者だと吹いたのだ。これはマズい。まったくそうは見えないし――カスパルも風見の言葉を本気で信じていないだろうが――聖王に仕える騎士としては、聞き捨てならないということだろう。その場で斬り捨てられないだけ僥倖といえる。
ヒナタの必死の剣幕に、風見もようやくナイフを受け取った。
「……勝手に死んだら、許さないからね」
「おまえ、もしかして惚れちゃった? いやあ困るなぁ。僕、おまえのことは友達にしか思えないしなぁ」
「違うわよ、後味が悪いって言ってるの!」
へらへらした顔がやけにムカつく。初めて会ったばかりの相手なのに、無性に殴りたくなる男だった。
「少年――」
焦れたようにカスパルが言う。
「前言を撤回する気はあるか。許しを請い、二度と戯れを口にしないと誓うならば、見逃してやらんでもない」
「つってもなぁ、事実は事実だし。ま、ちょっと楽しそうだし。コスプレ騎士との決闘か。うん、帰ったら夏目あたりに自慢してやろう。あ、夏目ってのは後輩の演劇部で」
戯れ言をやめない風見に、カスパルの怒りが沸点に達する。立ち会いを頼まれた村長もおろおろして、
「な、なるべくお手柔らかに……村で流血沙汰は」
カスパルはそれを聞き届けたのかどうか。口を真一文字に結び、身の丈の半分以上もある剣を構えなおした。村長の合図で、決闘が始まる。
騎士カスパルは、重厚な鎧を着ているとは思えない俊敏な動きで風見に迫り、大剣を横薙ぎにした。その剣筋に容赦はない。両断してもやむなし、という勢いだった。
金属音が響く。
ヒナタは顔を覆った。
――いや、金属音?
顔をあげて見ると、風見に一撃をいなされたらしいカスパルが、たたらを踏み、戸惑っているところだった。渡しておいてなんだが、あの貧相なナイフで騎士の剣撃に耐えられるとは到底思えない。一体、なにが――。
カスパルも信じられないといった様子だったが、首を振り、ふたたび突進して大剣を振りおろした。騎士の腕力に、剣そのものの重量を加えた凶暴な一撃だ。たとえ風見少年にどんな高度な技術が備わっていようと、まともに受けて無事で済むはずがない。躱すしかない――と、誰もが思った。
しかし風見は受け止めた。
いともたやすく防いで見せた。
ろくに手入れもされていない、赤錆すら浮いている頼りないナイフで、造作もなく大剣を受け止めている。遠巻きに見る村人たちは皆一様に驚いていたが――誰よりも戦慄を覚えているのは、当事者であるカスパルだろう。
「馬鹿な……!?」
「あーあ、これが姫騎士さまだったらなぁ、『くっ殺せ』くらいは言わせてみせるんだけど。男じゃテンション上がらないんだよ本当に。夢なら夢で、もうちょっと気の利いた夢にして欲しいよ」
歯ぎしりが聞こえてきそうなカスパルの形相とは対照的に、風見は涼しげな様子でつばぜり合いを続けている――いや、これはそんな良いものではない。全力の打ち込みを片手に握ったナイフで、ひょいと受け止めているだけなのだ。あり得ない。
ヒナタの足下に不自然な風が吹いた。これは二人の衝突がもたらしたものだろうか? いくら片方が達人とはいえ、人間がぶつかったくらいでスカートの裾がそよぐほどの風が、吹くのだろうか?
そんなワケがない。
つまり、これは――
「ま、魔法――?」
思わず声が漏れた。
あの間抜けな雰囲気の少年が、魔法を? それも聖騎士団の剣撃を軽々と防ぐほど高度な魔法を使ったというのだろうか。
あの――品がなくて、締まりもなくて、女性のことを胸のサイズや腰つきで判別していそうな、見ているだけでムカつく少年が、上級の魔術師? まさか、風の騎士がどうとか言っていたのは真実だったのだろうか。
(いやいや、そんなそんな……)
だがしかし、考えてみれば彼の着ている服からして不自然だ。布は上等だし、縫製の技術も高そうに見える。少なくとも平民が手に入れられるような品ではない。盗品という可能性もあるが、それにしてはサイズもぴったりで、着慣れている様子もある。まさか、格式などまったく感じられないあの少年が、貴族だとでも……?
「おのれっ――!」
騎士カスパルもヒナタと似たような思考をたどったのだろうか――動揺を隠しもせず、悪態をついて飛びすさる。あるいは、得体の知れない魔術師を前に恐怖を感じているのかもしれない。なんにせよ、実力差は明白なようだった。
だが、それでもカスパルに諦めるつもりはないらしい。むしろ勇ましく構えなおし、戦意をみなぎらせる。
「えーっと、まだ続けんの?」
「当然だ、コケにされたまま引き下がることはできん!」
「別にそういうつもりじゃないんだけどな。それに――」
風見はたいして困ったふうでもなく、ポリポリと頬をかいた。
「僕も負けてやるわけにはいかないんだ。この試合に勝ったら、僕は――ヒナタの『スライムおっぱい(2匹)』を心ゆくまで揉んでいいことになってるんでね」
言ってない!
そんなことは言っていない!!
なにを涼しい顔で妄言を!
「森の中じゃあ中途半端に終わっちゃったし、今度こそあんなことやこんなことを」
「ヒナちゃん……私を置いて、先に大人になっちゃったんだね」
ユキエが寂しそうな目をする。
「違うったら、服の上から揉まれただけだし――ってだからそうじゃなくて!」
村人たちの複雑な視線を浴びて、ヒナタは胸をかばう。あのセクハラ男はやはり悪魔の手先なのかもしれない。色欲とかそっちの方面の。
「カザミ! アンタも変なこと言わないでよ!」
「カザミ――という名か」
ヒナタの叫びを、騎士カスパルが拾う。真剣なまなざしで相手を見据え、
「いくぞ、カザミ!」
地を蹴った。今度は風見も突進する。二人の体が交差し、いっそう高い音が響き渡る。
膝をついたのは風見のほうだった。
「くっ」
遠目には分からないが、どこかを斬られたのだろうか。
(そんな……!)
ヒナタの身がこわばる。
しかし――
「靴紐とけてんじゃん。危ない危ない」
ヒナタは足下に転がっていた石(握り拳ふたつ分の大きさ)を拾いあげ、全力で投げつけた。側頭部に強烈な一撃を受けた風見が、にぶい悲鳴をあげて転げ回る。死ねばいいのに、とヒナタは思った。
一方で、カスパルも膝を落とした。彼の肩は小刻みに震えている。
「まさか――、こんな――」
彼の横顔が、青くなったり、赤くなったりしている。
「ふっ、つまらぬ物を斬ってしまったぜ」
風見(血まみれで、土まみれ)が、びくびく痙攣しながら勿体ぶった言いかたをする。パッと見、どちらが敗者で勝者か分からないが――それはヒナタのせいだが――カスパルの表情は苦悶に満ちていた。
「おのれ、まさか、私のパンツを斬るとは……!」
パンツ、と彼は言った。間違いなく言った。ヒナタにはそう聞こえた。
そう、パンツ。
男性用のそれは大きく二つに分けられる。ひとつは赤い布地でひものついた『レッドフンドシ』と呼ばれるもので、もうひとつは伸縮性のある糸で編まれた『ホワイトブリーフ』だ。
彼が愛用するのがどちらかは知らないし、興味もないが――ともかく、鎧とズボンの下に着用しているパンツを、風見の魔法が切り裂いたようなのだ。鎧などにはいっさい傷をつけずに。
「なんという精妙な風魔法を――私の命など、いつでも取れるということか!」
カスパルは拳を地面に打ちつける。よほど悔しいのだろう。
「私の負けだ。完敗だ。煮るなり焼くなり、好きにするがいい」
「マジで? じゃあ――」
血だまりの中で横たわりながら、風見は笑った。
「この村の女子、全員そこに並べ! そう、生け贄だ、ぐふふふふ……。ん、なんだヒナタ、そんなに顔を赤くして。恥ずかしいのか? 大丈夫、誰でも初めてはそんなもんだよ。……ああそうか。他の女子より、まずは自分を先にして欲しいってことだな。私が一番よ、ってことだな。はいはい分かった分かった。風見くんは優しいからお前の気持ちをぐふぅっ――!?」
ヒナタの放った岩(酒樽サイズ)に押し潰され、風の魔法使いは「ぐしゃっ」と汚い音を立てた。
(第65話 風使いと「異世界」【七不思議編】(3)終わり)




