第62話 風使いと「異世界」【七不思議編】(2)
ヒナタに案内され村に到着した風見は、別の村娘に出会った。洗濯物の詰まったかごを抱えたその少女は、
「あれ……ヒナちゃん、その人は?」
風見を見ると首をかしげた。おっとりした仕草の優しげな少女だ。しかし平和な雰囲気とはうらはらに、バストサイズは随分と攻撃的だった。
「なんだ、蕨野もコスプレか?」
顔なんて見なくても風見は、彼女が級友の蕨野雪絵であることに気づいた。体のラインだけでも、彼女と同定するには十分だった。……だってほら、友達だもの。
戸惑いつつも彼女は、
「えっと……はじめまして、ですよね?」
柔らかな笑みを向けてくる。
どうやら蕨野すらこのファンタジーごっこに興じているらしい。仕方なく風見は、
「ああ、うん。じゃあそれでいいよ。――はじめまして、僕は〈千の風を従僕とする終極の魔導騎士〉ソースケ=カザミだ」
「……なんか、さっきと違くない?」
隣でヒナタがいぶかしがるのを無視して、風見は蕨野とあいさつを交わす。彼女はユキエと名乗り、風見たちに同行した。
◇
一同は、村のやや外れにある、村長の家をたずねた。特段、ほかの家々と変わりのない、古びたレンガと色あせた屋根の質素な家だ。
ヒナタを先頭にして家の中に入ると、先客があった。
「あ、すみません……出直します」
慌ててヒナタが言うのを、テーブルの向こうに座る村長が呼び止めた。
「ああ、いや、ちょうど良かった」
白髪頭の、痩せ細った村長は人の良さそうな笑顔で、
「村のみんなにも紹介しようと思ってね。――こちら、聖王騎士団のカスパル様だ。しばらくの間、この村に滞在して周辺の動向を探ってくださるそうだ」
手前の男がこちらを見た。
にこりともしない。若い、意志の強そうなまなざしの男だ。威嚇しようという雰囲気はないが、それでも、銀色の甲冑に身を包み堂々と振る舞うその姿に、ヒナタたちはやや圧倒された。
……しかし。
「へえ、最近のコスプレは凝ってんなぁ」
風見は無遠慮に近寄って、ぶ厚い鎧のプレートをぺたぺたと触る。
「ちょ、ちょっとアンタ!」
「つーか、あんたもヒナタたちの知り合いっすか?」
風見の軽薄な態度にも、騎士団の男は表情ひとつ変えない。風見はコツコツと鎧をノックしながら、
「この鎧、本物の金属っぽいよな。……ま、でも僕にかかればこんなのバターと同じだけどね」
「なんだと……」
男の真一文字の眉が、ぴくりと揺れた。
「だって僕は、〈祖にして終の魔風騎士〉ソースケ=カザミくんだからな」
えっへんと胸を張る。
……その背後でヒナタは、恥ずかしいやら恐ろしいやら、ともかく複雑な思いで顔を引きつらせている。村長とユキエも気が気でない様子だが、風見たちに割って入れずにいた。
「……村長。この少年も村の人間か?」
「い、いえ、彼は初めて見る顔で」
その騎士――カスパルは、力強い視線で風見を見つめた。
「騎士だと名乗ったな。しかし、その格好はなんだ?」
風見は制服のブレザー姿だ。洋装といえば洋装なので、この世界観においても異常というほどではないが、この辺鄙な村ではやや浮いてしまう格好だ。
だからといって、旅の者にも見えないだろう。そしてカスパルのような騎士にも見えない。せいぜい、まさにそのまま学生――といったところだろうか。
「えーっと」
風見はしばし考えてから、
「ほら、僕って最先端の騎士だから? 正直、剣も槍もいらないっつーかさ。この素敵なボディと、純真なハートさえあれば無敵なのさ。自由自在な風の刃が、僕の最強の武器だ」
なぜか背後でヒナタのため息が聞こえた。
しかしカスパルは、冗談めいた風見の言葉を重く受け止めたように、
「……貴様も悪魔の手先か?」
脇に立てかけておいた剣を手に、鋭い視線を向けてきた。
「悪魔? あー、うん。友達にいるぜ、悪魔。普段は天使なんだけどさ、ふとしたきっかけで堕天使になるっつーか。……うん、怖いんだよな、天馬って」
「悪魔と親交があると?」
「そ。信仰ならぬ親交がね。あ、あと姉さんは魔王だな。母さんは大魔王。……なんだろうな、僕のまわりの女性陣、ちょっと凄まじいよなぁ」
と、独り言めいて風見がぼやいているうちに、カスパルの顔色がみるみると変わった。全身に緊張をみなぎらせ、
「外へ出ろ――悪魔の手先め!」
有無を言わさぬ迫力でそう言った。
(第62話 風使いと「異世界」【七不思議編】(2)終わり)




