第61話 風使いと「異世界」【七不思議編】(1)
「うう……ん……?」
風見は誰かの声と、肩を揺さぶられる感覚で目をさました。まぶたを持ち上げると、見知った顔があった。
「…………ん?」
「大丈夫ですか!?」
そう呼びかけてくるのは、つり上がった目とオレンジのポニーテール――美山陽だ。
次第に意識がはっきりとしてくる。ここは横断歩道のど真ん中でもなければ、夜の通学路でもない。たしか、帰り道でトラックに――
「いてて……」
上半身を起こしてみる。頭の後ろや、背中がやたらと痛むが、それくらいだ。流血や骨折の心配はなさそうだ。不安げにこちらをのぞき込む美山。ここはどこかの森の中のようで、木々が立ち並び、葉の間から昼の光が漏れている。
自分はどうやら木の幹に上体を預ける形で倒れていたらしい。だから彼女はこんなに心配して――
「よかった、目を……あの、どうなさったんですか?」
「――――?」
なにかがおかしい。
間違いなく美山なのだが、口調が違うし、服装も変だ。
「なんだ、美山? 村娘? なんのコスプレだ?」
「コスプ――なんですか?」
彼女は首をかしげる。
漫画もたしなむ彼女のことだ。なにかの作品に影響されたのかもしれない。しかし、それならそれで、もうちょっとマシな恰好をすればいいのに。
地味なロングスカートで、手には木のかご。
ずきんを被っていない赤ずきんちゃんを、ひと回りもふた回りも大きくしたような、そんな感じ。そんな感じの、胸元だ。
「ふむ――」
戸惑いのまなざしで見つめてくる彼女。
これは夢か?
そうか、夢か。
ならば仕方ない。
「えいっ」
風見はふにょんと揉んだ。
「は、はい――!?」
美山のふっくらおっぱいを、むにむにと揉んだ。手のひらには柔らかな感触。ううん、グレイト。
すると彼女は戦慄に顔をゆがませて、
「な、なにをしてるんですか!?」
「いいじゃん。どうせ夢だし。……この、はじける弾力がたまらねぇな。ぐへへへへ」
普段できないことを、しっかりと。こんなチャンスを逃す風見くんではないのだ。がんばれ風見くん。これは夢だ。ぜったい夢だ。もういっそ、押し倒してしまえ風見くん。
「――――っな」
彼女は頬をかあっと赤くして、近くにあった鈍器(ソフトボールくらいの石ころ)を拾い上げ、
「こっ、この……変態!」
チカンの頭部を殴りつけた。
「んがっ――!?」
頭の中に火花が飛んで、ああこれ、夢じゃねえや、と今さらながらに気づく風見くんであった。
■ ■ ■
風見は頭をさすりながら森の中を歩く。前を行くのは美山だ。ポニーテールが揺れている。ときおりこちらを振り返っては、
「……………………」
不審に満ちた目でにらんで、また前を向く。十メートル近く距離があるのだが、彼女は胸をかばうようにして警戒している。
いちおう、先ほどは意識が混濁していたために、奇行に走ってしまったのだと説明しておいた。……まあ、あながち嘘ではない。実際、目を覚ましたばかりだったし、混乱もしていたのだ。
美山はまだコスプレだか演技だかの途中らしく、
「…………村までは案内してあげます。そこから先は知りません」
などとつぶやいて、森の出口へ向けて歩き出したので、風見はそれに従った。たどり着く先が警察署でないことを祈るばかりだ。
「あのさあ、だからゴメンって」
美山の背中に向かって話しかける。
「あれは事故だよ、事故」
「…………」
「こう、手が勝手に動いてさ」
「………………」
「いやあ、しかしあんなに柔らかいものとはな。もしかして美山、ノーブラか?」
「――っ! 最っ低!」
ぴたりと足を止め、振り返って叫ぶ美山。
「信じらんない、この変態!」
「信じる信じないはお前の自由だ。お前が、お前の心で決めろ、美山」
「なにをワケのわかんないことを……! なんでいい台詞ふうなのよ!」
肩を怒らせて彼女は叫んだ。
「そうそう、その調子だ。やっぱお前はそうじゃないとな」
「……なにを知ったような……だいたい、私は『ミヤマ』なんて名前じゃありませんから!」
「はあ?」
どこからどう見ても美山だ。あのバストサイズ、ウエストのくびれ、腰の肉づき――どれを取っても、嵐谷高校二年B組の美山陽だ。見まがうはずもない。
「…………なんだか、すごく失礼なことを言われてる気がする」
風見の視線から逃れるように、彼女は後退する。
「はいはい……美山じゃないわけね。んじゃあ、なんて名前だ?」
美山のごっこ遊びに付き合ってやろう。僕の器量はでかいんだ――そんな大人の余裕でもって、風見がたずねると、
「…………ヒナタよ」
「まんまじゃねえか」
はあ、とため息をつく。
「なによ! 他人の名前にケチつけんの!?」
「そうじゃねぇけどさ……お前って、ゲームの主人公とか自分の名前で登録するタイプなのな」
「ゲーム?」
彼女は眉をひそめる。
「っていうか、そっちこそ何者なのよ? あんたも名乗りなさいよ」
「僕? 僕は……」
名前、名前ねえ……と考え込む。
そして、
「ふん。僕はな……風神アイオロスの化身にして、原初の聖風を操る者、疾風の騎士ソースケ=カザミだ!」
彼も自分の名前をつけるタイプだった。
「う、ウインド……?」
美山――いやヒナタは、よくわからない、というふうに顔を引きつらせた。
「さあ、村娘! 僕をみちびけ!」
「あ……はい」
従順に――というより、『こいつにはあまり関わらないほうがいいなぁ』的な空気を発しながら、ヒナタはふたたび歩き出した。
森を抜けると、そこには村が広がっていた。
(第61話 風使いと「異世界」【七不思議編】(1)終わり)




