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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第60話 風使いと「マッチ」(6)【七不思議編】

『なっ――――!』


 こびとは、眼前に迫りくるその拳をとっさに防いだ。透明な『力場の壁』が生じて、風見の一撃をはじき返したのだ。


『は、ははっ、驚かせやがって……!』


 虚勢を張ってみせるが、内心はあせっていた。あの、どう見ても間抜けそうな男子生徒が、なぜ空を飛び、なぜ自分を脅かすのか――こびとは混乱していた。


 こびとを中心にした半径五十メートルほどの空間は、すでに掌握下にある。ポルターガイスト……いや、テレキネシスとでも呼ぶべきだろうか。彼のその力は強力で、国府村こうむらの体を宙に固定するくらいは造作もなく、その気になれば鉄柱をまっぷたつに折ることすら可能だろう。


 ――だというのに。


「国府村を……離せっつってんだよ!」


 風見は、強靱な力場を食い破り、何度も接近してくる。最後の防壁だけはかろうじて保っているものの、心なしか、あの『風使い』の能力は時間とともに増しているようにも思える。


 こびとは、わなわなと肩を震わせ、


『なんなんだ、こいつは!?』


 と悪態をつく。

 しかし、『風使い』としか言いようがない。テレキネシスの圧力を押し返し、逆にこの空間の支配権を奪い去ろうとしているのは、あきらかに意思を持った『風』なのだ。


 風見の腕に照準。肘を支点に、逆向きに曲げようとする。見えない手が彼の腕に伸びる。がしっと掴むが――やはり無理矢理に引き剥がされ、鋭い風の刃でずたずたに切り裂かれた。


『くそっ! くそっ!』


 ようやく自分を愛してくれる人を見つけたのに。ようやく自分の力を十全じゅうぜんに使えるようになったのに……!


 こびとは歯がみした。

 しかし、


「風見先輩っ――――」


 とらわれの国府村が叫ぶ。するとなんだか、自分を否定されているような心持ちがして、苦い感情が、さらに胸いっぱいに広がる。


(ああ、こいつももう駄目だ……)


 そんなふうに思った。

 この女も、結局『あいつ』と同じだ。『あのとき』と同じ殺意が彼の中に芽生えた。化学室まで彼女を追いつめて、首をへし折ろうとしたあのときと――。


 だから、今度は……今度こそはそれを実行しようとした。今の自分ならそれができる。簡単だ。


 国府村の細い首に、背後から透明な指が巻きついた。


「うっ――!?」


 ――もういい。

 このまま絞めあげて、この体だけでも頂くとしよう。そしたら次はあいつだ。あの風使いをくびり殺して、そしてあの能力ごと乗っ取ろう。


 こびとは、にたりと笑った。


 風見は必死になってこちらへと空を駆けてくる。こびとの直下ちょっかに浮かぶ、国府村の異状には気づきもせずに。


「風見っ!」


 そのとき、誰かが鋭く叫んだ。見ると、ショートカットの少女が片手でスカートを押さえながら、


りんのパンツは……白と青のボーダーだッ!」


 と、大声で国府村を指さした。


「「なにっ……!?」」


 こびとと風見は、ほぼ同時に国府村のほうに顔を向けた。悲しい男の習性が、二人の男子を動かしたのだ。


『業』と呼んでもいいだろう。


 たとえば電車で向かいの女性が足を組み替えたり、かがんだときに胸元がちらりと見えたならば……オスという生き物は、かならず見てしまうものなのだ。相手が老婆であろうと、ときには対象が男であろうとも――視界の隅に『そういう動作』が映ると、ついつい視線を向けてしまう習性がある。


 そして、ときに絶望に浸り、罪悪感にさいなまれ――しかし、ごくまれに歓喜に打ち震えるのだ。


 ああ、なんと愚かな生き物だろうか……!


 しかし、おそるべきは言霊ことだまの力である。

 テレキネシスや風を使えば、女性の下着などいつでも見放題な二人であっても――特に風見は、知り合いの下着を禁忌としているにも関わらず――あの言葉には、けっして逆らえない甘い誘惑が込められていたのだ。


 そして風見は、国府村が『なにか』に首を絞められ、苦しんでいることに気づいた。


「――――っ!」


 苦痛に顔を歪める国府村を見て、風見は息を呑み、


「ふっざけんなぁああああ――――!」


 叫んだ。

 怒髪どはつてんく勢いで――というより、上昇気流によって本当に彼の頭髪は逆立ち、それに応えるように周囲の風がいっそう激しくなる。


 ぎん! ぎぃん――!

 という、金属を切断するような重くて鋭い音が響く。

 

 国府村の体が、支えを失ってふわりと落下する。風見はその落下点へと先回りし、彼女の体を抱きすくめた。


 こびとを見上げて震える声で、


「覚悟しやがれ、この…………変態野郎!」


 言い放ち、手のひらをかざす。


『ま、待て……話し合おう! そ、そいつはあきらめる! お前にあげるよ! だから――』


 風見は、こびとの言葉を最後まで聞かなかった。眼をつり上げ、全身をわななかせ、


「うるせぇよ! もともと国府村は――いや、世の中の女子はみんな、僕のものなんだあぁあああ!」

『う、うひぃいいい――!』


 無数の刃が、こびとの体を千々(ちぢ)切り裂いた。風見の胸に抱かれた国府村は、両目をぱちくりさせてその光景に見入っていた。


 ■ ■ ■


「――なるほど。それはご苦労だったね」


 学校に戻った風見は、当事者である国府村を引き連れて、生徒会室をおとずれていた。事のあらましを説明すると、長机の那名崎ななさきは微笑んだ。


「申し訳ない。もっと早くに気づいていれば、君たちを危険にさらすこともなかったんだが」

「いやいや、会長のせいじゃないっすよ」


 風見は首を振る。


「つーか、教えてくれなかったら、今ごろ国府村は乗っ取られてたかもしれないんでしょ? あのストーカーの幽霊に」

「そうだな。逆恨みもいいところだが……まったく、思い込みというのは恐ろしいものだね」


 そんなやり取りを交わしつつ、風見は隣の国府村を盗み見る。彼女はなんだかうつむいて、さっきから黙り込んでいた。


「……んじゃ会長、国府村も疲れてるみたいだし、今日はこれくらいでいいっすか?」

「ああ、もちろんだよ。ありがとう風見君、国府村書記も」


 那名崎のねぎらいの言葉にも、国府村は小さくうなずくだけだった。


 ■ ■ ■


「大丈夫か? 一人で帰れるか?」


 生徒会をあとにして、風見は国府村にたずねた。彼女は隣でとぼとぼと歩いている。


「……んー、難しそうだな。よしわかった」


 風見は、ぽんと手を打った。


「今日は僕が送っていこう。家はどこだ? ……ああ、いきなり家ってのはハードルが高いだろうから……ちょっと休憩していこうか。二時間くらい。大丈夫大丈夫、なにもしないから。本当に休憩するだけだから」


 と、絶対に何かするときの口説き文句を、白々しい微笑みとともに投げかけた。きっと「一人で行ってください」とか冷たくあしらわれるんだろうなあ、などと思っていたが、しかし国府村は、


「先輩……」


 と小声で言って、ブレザーの袖口を掴んできた。


「――んん?」


 そして彼女はそのまま、戸惑う風見を引っ張っていく。


「おい国府村、どこ行くんだよ……」


 問いかけにも反応しない。

 たどり着いた先は一階の化学室だった。当然、誰もいない。陽はほとんど落ちていて、薄紫色をした夜の気配がただよっている。


 そんな教室で、男女が二人きり。


(も、もしやこれは――マジか!)


 風見の胸が期待で膨らんだ。気持ち的には、Fカップくらいの大きさだった。国府村は向かい合い、うつむいたまま、もじもじとしていたが、やがて上目づかいで熱っぽい視線を向けてきた。


「私、気づいちゃったんです……。あの、先輩……」

「ま、待て、まだ心の準備が……!」


 風見は小刻みに首を振った。

 ――僕には天馬が! いやしかし、男たるもの女子に恥をかかせていいものか? 駄目だろう!? ここは年上らしく、優しくエスコートして、そして彼女をじっくりたっぷりと悦ばせて……!


 とまあ、結論から言えば、無駄な葛藤を繰り広げていた。


 正面の国府村は、すうっと左手を突き出すと、人差し指と中指を揃えてぴんと伸ばした。


「?」


 風見は、向けられた二本の指の意味がわからず、首をかしげた。


「……ええっと」


 国府村がぼそぼそ喋る。


「たぶん、『化学室限定』なんですけど……そんな気がするんですが……」

「――?」


 ますます意味がわからない。


「こうすると――、できそうな気がするんです」


 彼女は、その手を振りかぶり、勢いよく真横に薙ぎ払った。指先が大きな半円を描く。

 すると――


「うわっちゃあ!」


 風見の眼前を、炎が通り過ぎていった。いや、国府村の指の軌跡をなぞるように、炎の輪が宙に浮かんだ。何もないはずの空間で、メラメラと燃えさかる赤い炎――。


「な、なんだこれ!?」

「……えっと、テレキネシスじゃなくって、パイロキネシス……みたいですね」

「パイロキネシス?」


 国府村はこくりとうなずいた。


「発火能力というやつです。……どうやら不本意ながら、『彼』の能力の一部を取り込んでしまったようです。さっきから、どうにも体が熱っぽくて。どこかで発散してしまわないと、うずうずして……、むずむずして……もう……」


 炎の向こうで国府村が頬を赤くする。もじもじと身をよじらせていたのはそのためだったのか――などと思うと、なんだか、それはそれで色っぽい気がする風見だった。


「んで、今の気分は?」


 たずねると、


「快……感…………!」

「――でしょうね」


 もう、彼女の顔はゆるゆるに緩みまくっていた。普段クールな印象があるだけに、けっこうな落差である。


「あーっと……そんで、乗っ取られそうとか、そういうことは?」

「それは大丈夫なようです」


 炎はひとりでに鎮火した。国府村はふう、と息をつくと、いつもの調子に戻った。


「頭の中はクリアですし、『彼』の意識までは侵入して来なかったみたいです。……でも、風見先輩たちが駆けつけてくれなかったら……」


 彼女はぐっと身を固くして、


「ありがとうございました」


 深々と頭を下げた。


「あー、いいって」


 風見はひらひらと手を振る。


「そりゃ普通、助けるって。さっきも言ったけど、ほとんど那名崎会長のおかげなんだしさ」

「はい……。でも、あれって、どういう意味だったんですか?」

「あれ?」

「『僕のものだ!』ってやつです」

「ああ――」


 風見は肩をすくめて、


「言葉どおりだよ。僕は世の中の女性を愛している。そりゃあもう、一人残らずな」

「……私のことも、ですか?」


 改めて問われて風見は「うっ」と言葉を詰まらせたが、


「ま、まあ、そういうことになる――!」


 なぜかぐいっと胸をそらせた。


「そう……ですか」


 国府村はうつむいてから、ちらっと風見を見上げて、


「それは……ちょっと、嬉しいです」


 ぼそりと言った。


「ん? なんて?」

「――風見先輩は、変な人だなって言いました」

 

 国府村は、ぱっと笑顔になって、風見の腕を取ると、すたすたと歩き出した。


「おい、今度はどこに――」

「帰るんですよ。もう下校の頃合ころあいでしょう」


 国府村はやたらと元気になっていた。発火能力を使ったせいなのかもしれないな、と風見は考えながら、なされるがままに歩いた。


 下駄箱へと向かう途中、国府村は、風見に聞こえないくらいの声でつぶやいた。


「……変なタイミング。恋愛って、こんなもんですか」


 これは風見のあずかり知らぬことだが――彼女は今夜、スマートフォンに残った風見の電話番号を、頬を赤らめながら電話帳に登録することになるのだった。

 


(第60話 風使いと「マッチ」(6)【七不思議編】終わり)

(「マッチ」編 了)



  ……



 今日は忙しかった。


 国府村が突然七不思議を持ってくるし、図書館ではひどい目にあったし、こびとの奴は面倒だったし――おまけに、解決したはずの七不思議は国府村が引き継ぐしで、てんやわんやだ。


「あーあ、腹減った」


 僕は愛車の疾風丸にまたがり家路についた。早く帰って夕飯にありつこう。そんで風呂に入って、天馬といちゃいちゃとメッセージのやり取りをして……


 と。

 横断歩道をのろのろと渡っていたとき、車のライトが僕の全身を照らした。はっと気づくと、すぐ横に、トラックの巨大なバンパーが迫っていた。


(風を――――!)


 反応する間もなくはね飛ばされた。がつん、という衝撃のあとは視界も定かではなく、音も聞こえなかった。暗闇の中へと、僕は落ちていった。


 ■ ■ ■


 ――――目を覚ますと、森の中だった。



(第61話 風使いと「???」に続く)

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