表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/96

第57話 風使いと「マッチ」(3)【七不思議編】

「ところで、なんであなたは成仏もせず、そんな格好をしてるんですか?」


 国府村こうむらは、書棚の間に立って本を探すふりをしながら、胸ポケットに向かってたずねてみた。すると彼は、もぞもぞと身じろぎをして、


『う、裏切られたんだ……恋人に』

「恋人――いたんですね」


 冴えない雰囲気の男子ではあるが――まあ、たで食う虫も好き好きだ。


「裏切られたって、どういうふうに?」

『浮気だよ。彼女、僕というものがありながら……将来を誓い合ったのに』

「もしかして……それであなたは、自ら命を?」

『ん? いいや』


 ポケットのなかでこびとが首を振る。


『走って転んで頭を打ったんだ』

「はあ?」

『化学室で掃除をしていたら、運悪く、机の角でね……そして、気づいたらこんな姿だった』


 ■ ■ ■


「恋人……裏切り……?」


 書棚で隔てられた隣の通路。

 ずらりと並べられた本の列に頬を寄せて、国府村たちの会話に耳をそばだてるのは――そう、風見だ。


 彼は、国府村と『こびと』のデートを尾行している。それは単なる興味からではなく、一応、七不思議の解決を試みようという責任感からでもあるし――二人の会話のために、自身のスマートフォンを奪われているという現実的な理由もある。


「あいつら、なに話してんだ?」


 国府村の声はともかく、こびとの声はあまりに小さく、風見にはほとんど聞こえない。断片的な情報から、恋愛の恨みのようであることはわかったが……。


「ちょっと、すみません――」


 聞き耳を立てる風見の背後で、女性の声がした。彼は振り返らずに、しっしっと手のひらを振って、


「あー、聞こえねえから、静かに」

「あのう……」


 声を無視して、棚の向こうへと神経を向ける。


「あの、ですから、あなた……」


 肩に手を載せられて、風見は、


「ああもう、うるせえな。なんだよ」


 不機嫌な顔で振り向く。そこには、地味な服を着た女性が立っていた。年の頃は三十なかば、といったところだろうか。どうやらこの図書館の司書らしい。


「なんだよ――ではなくてですね」


 彼女は頬を引きつらせ、腕を組んで風見をにらむ。


「ここは健全にして神聖な図書館です。先ほどからあなた……チラチラと女の子を覗き見たり、盗み聞きをしたり――」

「ああいや、これには深い事情があってですね」


 風見は慌てて否定する。しかし、司書のおばさ――お姉さんは、


「わかりました。では、そのご事情は、別室で聞くことにしましょうか」

「?」


 彼女が不敵に笑い、パチンと指を鳴らすと、通路の左右に黒スーツの男があらわれた。図書館には場違いな、やたらと体格のいい、サングラスまでかけた屈強な男たちだ。


 彼らは音もなく近づいてくる。


「な、なんすか、こいつら――」

「図書館SP。私が手塩にかけて育てあげた、最強の守護者です。彼らはひと言もしゃべらず、物音ひとつ発さずに獲物を仕留めます」

「獲物って……」


 じゅるり、とお姉さんは舌なめずりをする。


「さあ、この子猫ちゃんを捕らえちゃってください」


 風見の背後に黒スーツが回り込み、左手を後ろで締め上げ、口を塞ぐ。


「ん――? んぐぐ……!」


 その間、わずか0.02秒。風見は反応すらできずに拘束されてしまった。もう一方の男――身長は2メートル以上ありそうだ――は、むっつりした表情のまま、司書のお姉さんを抱き上げ、肩に乗せた。


「ふふふ、これぞ究極合体。名付けて『最上段の本にすら手が届く私』。どう、素敵でしょう、子猫ちゃん?」

『ん~~~!』


 風見はじたばたと足掻くが、プロの図書館SPに拘束されてしまってはどうしようもなかった(なんだプロの図書館SPって)。


「では、例の部屋へ。……ふふふ、そう怯えなくても大丈夫ですよ?」


 お姉さんは、標高約3メートルの位置から風見を見下ろして、にたりと笑った。


「じっくりたっぷりねっとりと……読み聞かせをしてあげますからね、子猫ちゃん」


 風見は恐怖を感じた。


「よくわからないタレントが書いた自己啓発本や、翻訳のひどい物理学評論、私が中学生の頃にしたためた精神が不安定になる素敵な詩集に……言い回しがくどくて主人公が変態で展開の雑な学園コメディ小説……ふふふ、いろいろありますからね。今日は帰しませんよ」


 彼女はこれから起こるである素敵な(、、、)できごと(、、、、)を想像したのか、ぞくぞくっと身震いをして、恍惚こうこつの表情を浮かべた。


 風見の悲鳴は、図書館SPの分厚い手のひらに遮られて、むなしく響いた。


 ……だから、図書館SPってなんなんだ。


 ■ ■ ■


 風見の惨状などつゆ知らず。


 国府村たちは図書館デートを堪能したあと、駅近くのカフェへと移動した。出迎えた女性の店員に国府村は、律儀に「二人です」と告げた。


 国府村があまりにも真顔であったため、店員は引きつった愛想笑いで、窓ぎわの二人席へと案内してくれた。


「ご注文は……」


 おそるおそる訊ねる店員に、


「えっと――あ、ちょっと待ってください」


 国府村は視線を胸ポケットへと移し、


「なにがいいですか? ……ああ、それもそうですね。じゃあ、これを二人で……そうしましょうか」


 つと顔を上げると、店員はビクリと肩を揺らした。


「は、はい――お決まりでしょうか」

「ええ。カプチーノをひとつと、アップルパイをひとつ。あ、飲み物はぬるめでお願いします」

「か、かしこまりました。少々お待ちくださいませ――」


 彼女は小刻みにうなずくと、そそくさと厨房へと引っ込んでいった。


 ややあって運ばれてきたアップルパイを細かくして、胸元の彼へと分け与えたあと、国府村はぼやくように言った。


「しかし、本当にこんなことであなたの無念は晴れるんですか? 私、たいしたことしてませんけど」

『いやいや、僕にとっては夢のような時間だよ』

「そうですか?」

『ん、いやしかし、もっとサービスしてくれるというのなら、ここはぜひ、二人っきりになれる場所にでも……』


 だらしない顔になりかけた彼に国府村は、


「あ、そういうのは断固拒否です」


 すっぱりと言った。


『そ、そうか……』


 こびとはしゅんと小さくなる。


「裏切られたっていうその恋人さん、どんな人だったんですか」

『ああ……彼女は学校のマドンナでね。おしとやかで、成績も良くて、優しくて――なにより、僕にぞっこんだった』

「奇特な人もいたものですね」

『……きみ、もうちょっと言葉をオブラートに包んだほうがいいと思うよ?』


 彼はため息をついた。


『ともかく、そんな彼女だったから横恋慕よこれんぼをする輩も多くてね。まったく、迷惑な話だ。彼女も困っていたよ』

「そうですか。でもその結果が……」

『気の迷いさ。でも僕は許すつもりだった。それくらい彼女のことを愛していたからね……』


 彼は胸ポケットの中で、暗い視線を窓に向けた。


『必ず僕のもとへ帰ってくる。そう確信していたのに――あの女…………』


 これといった恋愛経験のない国府村にとって、嫉妬や独占欲といった感情は、理屈では理解できるが、実感はわかない。


 彼女はコーヒーカップをかたむけ、気のない相づちを打った。


 ――厨房のほうで、なにかが割れる音と悲鳴が響いたが、特に気にもとめず、アップルパイを一口ほおばった。


 ■ ■ ■


「くそ――ひどい目に遭ったぜ……」


 風見の顔にはありありと疲労の色が浮かんでいた。


 あのあと、屈強な男に抱きかかえられて薄暗い廊下の先にあった『読み聞かせ室』に運びこまれた。


 部屋の表札には書き直した跡があり、うっすらと『拷問室』という文字が見えたが――まさか図書館にそんな施設があるわけがない。見間違いだろうと風見は結論づけた。


 鉄製のイスに拘束され、膝にバカでかい百科事典を六冊乗せられた状態で、予告通り、お姉さんの地獄の読み聞かせが始まった。これがまあ、面白くない。文章がさっぱり頭に入ってこない。まさに地獄であった。


 そこで風見は、風使いの能力を駆使して、司書のお姉さんや図書館SPにあらがった。図書館から脱出すべく、派手な戦いを繰り広げた。


 それは文字数にして五万字くらいに渡る大脱走劇だったのだが……まあ、今回の本筋とは関係ないのでここでは省く。


 自転車を押しながら、国府村たちはどこへ向かったのだろう――と、途方に暮れていたところ、


「いた! 風見!」


 後ろから声を浴びせかけられた。「すわ追っ手か!?」と、慌てて振り返ったが、そこに立っていたのは司書のお姉さんではなかった。制服姿で、活発そうなショートカットの少女。


 生徒会書記の平実花穂たいら・みかほだ。


「探したってーの」


 彼女は息を切らして、顔には汗を浮かべている。


「なんだ、おどかすなよ平。どうしたんだ、そんなに慌てて?」

りんは?」

「凛?」

「国府村! 国府村凛だよ! どこ行った?」


 彼女の必死な剣幕にひるみながら風見は、


「それが見失っちまってさ――」

「役立たず!」


 急にののしられた。


「だから、なんなんだよ」


 眉をひそめる風見に、平は言った。


「まずいんだって――アイツ、このままじゃ化学室のお化けに取り込まれちゃうかもしれない」


(第57話 風使いと「マッチ」(3)【七不思議編】終わり)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ