《番外編》年末だョ! 全員集合!(3)
★7 震えるおもちゃ
休み時間。
廊下の向こうから、生徒会臨時顧問の天川銀牙が歩いてきた。銀髪で背の高い、首元にチョーカーをつけた教育実習生――しかしその実態は、七不思議のひとつであった『挑む犬』である。
向こうが僕に気づく前に、その後ろから彼に近づくものがあった。生徒会書記の天馬空良だ。一年生でサッカー部所属。そして何より、天馬美津姫――僕の天使――の弟である。
「先生、頼まれていたもの、昨日届きましたよ。あとで渡しますね」
と声をかけ、振り向いた天川へと口を尖らせて、
「まったく、あんなの自分で買ってくださいよ」
天川は落ち着いた様子で、
「いや、そうはいかんのだ。この学校から出るわけにはいかんし、ネット通販にしても、まさか我輩の『家』に届けてもらうわけにはいかんからな」
天川の見た目は若いが、しゃべりかたは随分と古くさい。僕は実際、『挑む犬』が何歳なのかは知らない。
……で、『犬バージョン』のあいつは、校舎の外れにある犬小屋に住んでいるので、まあ、言ってることも分かるっちゃあ分かる。運送会社も困るだろうし。
「おいお前ら」
僕は二人に歩み寄って話しかける。
「なにやってんの?」
「ああ、風見先輩。天川先生の買い物をオレが代わりに。まったく人使いが荒くて」
と、空良は肩を落とす。
「感謝はしている。それで、ついでなのだが……」
「分かってますって。一緒に遊んであげますから」
ため息をつきながらも、空良は渋々うなずく。こいつやっぱり苦労人だなあ。
「すまんな。アレは一人で使うものではないからな」
「つーか、なんだ、アレって?」
僕がたずねると空良が、
「おもちゃですよ。噛み心地がいいんですって」
「ああ」
どうやら、犬バージョンのときに遊ぶおもちゃを、空良が代わりにネット通販で購入した、ということらしい。それも何種類も。代金はさすがに犬が出してるみたいだけれど。
「買うのは別にいいんですけど、届いたダンボールを姉さんに開けられちゃって。『どこで隠れて飼ってるの?』って話になっちゃってですねえ……。おもちゃの他に、新しい首輪も購入してたもんだから、一発でバレちゃったんですよ」
「そりゃ災難だったな。天馬に事情を説明するわけにもいかねえしな」
天川銀牙が『挑む犬』であるということは、僕と生徒会役員以外には秘密にされているのだ。
「あ、風見先輩も放課後一緒にどうですか? オレひとりだと、たぶん体力が保たないだろうし」
空良はフリスビーを投げるような仕草をしてみせる。
「おう、仕方ねえな、未来の弟のためだ」
「それは絶対に認めませんからね」
間髪入れず、もはや食い気味に空良が否定してきた。ムキになっちゃって。かわいい弟だなあ。
と、そのとき。
廊下の隅から、女子生徒の話す声が聞こえた。
「ねえ聞いた? 空良くんと天川先生、おもちゃで遊ぶって」「うん、首輪も買ったって。おもちゃって、絶対あれだよね、『大人の』だよね……。『飼う』なんて言ってたし、やっぱりあの二人ってそういう――」
ひそひそ声だ。
「しかも『噛む』って、どういうことだろう?」「え、激しそう」「うわあ、見てみたいような、見たくないような」「あの変態スプリンターもプレイに加わるって言ってなかった?」「三人で!? ますます気になる」
「…………」
変態スプリンターって。
まあ、常人なら聞こえないはずの小声だ。
しかし、日頃から数々のひそひそ声にさらされている僕の耳には、確かに聞こえた。いや、僕だけじゃないはずだ。空良にそれを求めるのは酷だが――犬である天川なら聞き取れたはずだ。
彼は、やや考えるようなそぶりを見せたあと、「ふむ」とひとつ頷いて、女子たちに聞こえるよう、わざと大きな声で言った。
「よし、天馬空良。放課後は覚悟しておけよ」
「はい?」
「お互い足腰が立たなくなるまで楽しもうではないか」
「はあ……まあお手柔らかに」
曖昧な顔でうなずく空良。一方で女子生徒たちは、きゃあきゃあと黄色い声を上げて飛び跳ねている。
「では後ほど」
去って行く天川に、僕はすれ違いざま、
「お前さ、恩を仇で返すのか?」
と非難の言葉を浴びせてみた。天川は眉をひそめて、
「ふむ、良かれと思ったのだが……まずかったか? メスからの人気が上がるのは、良いことではないのか?」
心底疑問に思っているようだった。人気っちゃ人気なんだけど、それはお前とセットでの人気なんだけどな。
ただまあ、そんな噂が流れても空良は嫌われることなく、単体としての人気もこれまでどおり高いようで――今だって、先ほどの女子に囲まれて何やら話してるし――これはもう、放置だ。
僕は不思議がる天川に、
「ま、今度説明するわ」
とだけ告げて、教室へと戻った。
自力でがんばれ弟よ。
兄は遠くから見守っているぞ。
★8 旋律は軽やかに、戦慄はお約束
富南高校の小山。陸上部で、二百メートル走を専門にしている。格好はオシャレだが、中身はくそ童貞。
剣崎工業の西野。おなじく陸上部。幅跳びの選手。無骨で素朴な見た目だが、中身はくそ童貞。
とある日曜日のこと。
そんな二人を引き連れて、外見も中身も紳士そのものである僕は、商店街を歩いていた。
僕らは気の合う仲間同士であり、女子のハートと体をゲットすることに命をかける戦友でもある。ちなみに、それぞれの高校の頭文字をとって『富嵐剣トリニティ』と自称している。
今日は三人で、この商店街にある楽器店を目指していた。
と、そこへ――
「やっほー、風見くん」
背中を小突かれた。篠宮だ。篠宮杏果。さらさらストレートヘアーの美少女。彼女は軽い調子で、
「なにしてるの? この辺って、風見くんのテリトリーだっけ?」
「おっす。いや、今日はちょっと楽器店に用事があってさ」
話していると、両肩を掴まれた。右から小山が、
「おい風見。この素敵な女子は誰だ?」
左からは西野が、
「風見くん。なんだこの女人は。天女か?」
あくまで篠宮とは目を合わせずに、そう言った。
「お前らな……。こいつは篠宮杏香。恋人だよ――って、いでででででで! 痛えよ!」
二人の指が、僕の肩に強く食い込む。つーか西野! 爪! 爪が刺さる!
「風見くん。君には失望した」
「まさか俺たちに黙って抜け駆けとはな……!」
目が怖い。かつて見たことないほどの怒りに震える僕の戦友たち。
「だから、ちゃんと聞けよ。僕の幼なじみの恋人なんだって」
そう、篠宮はワタルの恋人だ。僕のではない。二人はようやく僕を解放した。
「紛らわしいではないか。いや、百パーセント違うだろうとは思っていたが」
「ま、風見にこんな可愛い彼女ができるわけねえよな」
と、なかなか酷いことを言われたりしたけども。
……なんだろうな。こいつらの前で天馬とは会わないほうがいい気がする。最悪の場合、絶交を言い渡されるかもしれない。
「仲良いねえ」
篠宮が笑って、
「それにしても楽器? 風見くんって音楽やってたっけ」
「いいや。これから始めるのさ」
「なんのために?」
「もちろんモテるために!」
僕はグッと拳を握る。
「はやりの曲を演奏して、動画をネットにアップすれば、町内と言わず、日本全国――いやさ、世界中の女子のハートを鷲づかみにできるからな!」
がしっ! 僕の左右で小山と西野も拳を強く握ってみせた。
「は、はは……。うん、やっぱり風見くんのお友達だね」
苦笑いをして篠宮は、
「でも、みんな何もしなくてもモテそうなのにね」
と、サラッと言った。あまりのことに、二人は目を見開いて口をパクパクさせる。駄目だ、やっぱりこいつらくそ童貞だ。
「篠宮こそ何してんの? ワタルと一緒か?」
「ううん。今日は、いとことお買い物。彼氏へのプレゼントを一緒に選んであげてるの。たぶんそろそろ……あ、来た」
すぐ側の店から、小柄な少女が出てきた。
「あれ? 夏目?」
「あ、風見先輩」
見知った後輩だった。夏目杏南。演劇部で培ったテクニックを駆使して、あの唐変木――ラノベ好きな副会長・土岐司――に近づこうとしている、健気な少女だ。
両手にいっぱいの袋をぶら下げている。どうやら『勉強用』の本や、『変身用』の衣装らしい。まったく、あんなくそ童貞のどこがいいんだろうな。
「風見、なんでお前の周りは女子ばっかなんだよ」
「やはり共学、ただれている……」
ふて腐れる二人。もはやめんどくせえ。
が、夏目が紙袋を取り落として、息を飲んだ。がばっと西野の手を取って、
「ゴラン! ゴランにしか見えない!」
叫んだ。西野は急なことに驚いて、頬を染める余裕すらなく、ただひたすら瞬きをしてオドオドしている。
「ゴランってなんだよ、夏目」
「知らないんですか!? あの名作『至極のコートラブール』に出てくるゴブリンで、見た目はブサイクなんですけど、むっちゃいいキャラなんですよ! うわあ、衣装を着せて土岐司先輩に見せてあげたい!」
「いや知らねえし」
夏目はひとしきりはしゃいだあと、西野から手を離した。割とひどいことをさらっと言っていた気もするが、当の西野は……
「…………手。これはもはや婚約か?」
と、自分の右手を見つめて呟いていた。幸せそうなので放っておこう。彼女の頭の中は別の男でいっぱいだという事実は伏せておいて。
そうして僕らは、ようやく楽器店へと向かった。篠宮たちも用事は済んでいるらしく、暇つぶしに付いてきた。あまり大きくない店内。みんな本格的な楽器店は初めてなので、勝手が分からず、うろうろする。
「風見くんはどの楽器にするの?」
篠宮がたずねてきた。
「そーだな、やっぱ主役の僕はギターだろ。抜群の指さばきでメロメロに――って、ん?」
「どうしたの? あ、電子ピアノだ。へえ、試し弾きも出来るんだね。あれ、風見くん?」
僕の両手が勝手に伸びた。
鍵盤に指を置くと、とてつもない安心感と――同時に、どうしようもない高揚感が沸いて出た。そのあとは、ごく自然に指が動いた。流れるように淀みなく。完璧に狂いなく。頭に浮かぶ旋律を、次々と形にする。
跳ねるように、ときに沈むように。
「え? 風見くん、上手すぎ……」
みんな――店員さんまでも――が僕の周りに集まってきた。ため息を漏らし、演奏に酔いしれている。十五分ほどしたところで、ようやく少し興奮が落ち着いてきた。鍵盤から離すと、指先にはまだじんじんとした熱が残っていた。
「……ん? どうしたんだ、お前ら?」
誰もが涙を流している。なんだ、気持ち悪いな。
「つーか、やっぱ僕にピアノは無理っぽい……」
言いかけた僕に、小山と西野が抱きついてきた。涙と鼻水で濡れた顔をぐいっと寄せてきて、
「風見ぃ! お前最高だよ、感動した! クラシックなんて弾けたんだな! もう俺、抱かれてもいい!」
「至高の音楽に触れた! もう一度口づけをしようではないか!」
「はあ!? いやだ! 絶対にいやだ! どうしたお前ら!?」
篠宮たちに助けを求めると、二人は涙をぬぐいながら、うんうんと小刻みにうなずいている。温かい視線で僕らを見守る。
「チェンジ! お前ら二人チェンジしろ! 僕は女子がいい!」
とまあ、よく分からないが大変だった。
ちなみに、僕はその後、男子の前でピアノを弾くことは二度となかった。
★9 人外大戦(序章)
夜。夕飯前の風呂場でのこと。
僕は陸上の練習でこびりついた汗を、ざばーっとお湯で流してシャンプーに取りかかる。これが本当に気持ちいい。生きててよかったと毎日思う。体中の疲れが、泡と一緒に落ちていくようでたまらない。
目を閉じて頭を洗っていると、湯船のほうから、
ちゃぽん――
という水音がした。
僕はその音と気配だけで察した。
彼女が洗面器にお湯をくんで渡してくれるので、それを思いっきり頭からかぶる。そこでようやく目を開く。湯船を見ると、素敵なものが浮かんでいた。ふたつのおっぱいだ。絶景だ。
「マナミさん。今日もお風呂入りに来たんですね」
「ええ。お先に失礼しているわ」
以前、迷い込んだ山中で出会った儚げな女性――マナミさんは、薄く笑ってこちらを見る。お湯に浸かっているというのに肌は青白く、長い髪の毛をまとめることもせず、無造作に湯船に浸けて広げている。
湯船の水位は、誰も入っていないときと変わらない気がするが――まあ、気のせいだろう。そんなこと、物理的にあるはずもない。
僕は体を洗い始める。
「ふふっ、やっぱりいい筋肉してるわねえ」
うっとりした声でマナミさんは言う。風呂場だからか、彼女の声は変なふうに響いて、まるで直接、頭のなかに語りかけられているような気分になる。
「そういえばマナミさんって、普段はなにしてるんですか?」
たずねてみると、彼女は、
「ブラブラしてるわ。これまでずっと同じ場所にいたから。朝はたまに、あなたのことも見かけるのよ?」
「そうなんすか?」
ええ、とマナミさんはうなずく。
「そういえばこの間、おかしな女の子に因縁をつけられたわ。彼女も爽介くんの知り合いみたいだったけど」
「僕の?」
「こう言ってたわ――
『あなたも名のある忍とお見受けします。その気配の消しかたはお見事です。まるでそこに存在しないかのような遁術。ぜひ、私の道場にもおいでいただきたい』
――ですって。名刺まで渡されたわ」
「はあ。まあ、そうっすね。一応知り合いっちゃあ知り合いっすね……」
僕はがっくりと肩を落とす。間違いなくあいつだ。北条美織。富南高校の二年生で陸上部員。そして……マジもんの忍者という、ぶっちぎりの変人だ。
「んで、まさか行ってないっすよね?」
「行ったわ。せっかくのご招待ですもの。でもねえ……」
マナミさんは嫌なことでも思い出したかのように暗い顔をして、
「門の前まで行ったんだけど。とても強力な結界が張られてあって、入れなかったの。どうやら私が来ることを知って急遽こしらえたものだったらしいけど……思い出しても腹立たしいわ、あの着物の女……」
「着物? ああ、絹子さんっすね。北条のところの使用人っすよ」
あのパーフェクト超人なら、悪霊の侵入を防ぐ結界くらい難なくこなしそうだもんな……。ん? 悪霊? なんだそれ?
「絹子っていうのね。覚えたわ。ゆるさない」
「え、マナミさん、なんて――」
ちゃぽん――
水音がした。
「…………。あれ、僕、なにしてたんだっけ?」
急に、洗った体が冷えてきた。僕は湯船に浸かる。ふう、やっぱり風呂は最高だ。これで美人のお姉さんと混浴でも出来れば言うことないんだけど。
「そんな都合のいい話、あるわけねえよな」
ふと水面を見ると、長い髪の毛が浮かんでいた。手に取ってみる。
「誰のだ? 姉さん――よりも長いし」
つーか、そもそも一番風呂だし。じゃあ一体誰の? なんでここに?
「…………。ま、いっか」
早くも湯あたりしたのか、頭がボーっとしてきた。
僕はいつも通りに風呂を出た。
★10 真打ち登場
はっはっは!
とうとう僕の出番だな。
風見? 違う違う。僕はあんな低俗な人間ではない。あいつは四天王の中でも最弱! ……所詮は虫けらに過ぎん。魔力も僕の十分の一もないのだからな!
僕は土岐司翔馬。
今さら紹介するまでもないとは思うが、嵐谷高校の二年生にして生徒会副会長。次期生徒会長の座を約束された男でもある。
ここまで、盛大な前振りを生ゴミ――もとい、風見がお送りしてきたが、ようやくここからが本番だ。諸君らの楽しみにしていた、この僕の冒険譚をたっぷり語って聞かせようではないか。
まずは僕の生い立ちから、そしてこれまでの功績を年表とともに振り返り、そののちに……
って、え? もうページがない? なにそのアナログな紙面構成。これネット小説じゃないの? もしかして僕ってオチ要員? そんなバカな――
「おい土岐司」
後頭部を叩かれた。敵襲か?
「そろそろ授業始まるぞ。急げよ」
振り返ると世界史担当の花木先生が、教科書を片手に呆れ顔を浮かべていた。
「……ま、妄想は思春期の特権だ。存分にやれ。ただな、あまり口に出してると友達減っちまうぞ? はは、経験者は語るってやつだ。気をつけろよ」
そう言って去っていった。
チャイムが鳴る。仕方ない、現実に戻ろう。
そうだ。
この世に七不思議はあれども、四天王だの魔法だの――異能力だのがあるはずもないのだ。僕らは平凡で退屈な学園ライフを送り、何事もなく無難に卒業していく。それで十分だ。だがもしも……そんな平和な日常に、何か『異物』が入りこんだのなら。一体、どのようなことになるのだろうか……。
いや、妄想は妄想のまま留めておこう。そんなものは小説の中だけでいい。
七不思議もいつか解き明かされ、ただの現実になる。何年かあとに同窓会で顔を合わせた僕らは、それらを思い出話として――いくつかの脚色とともに語り合うのだ。
そうして、僕らはいつしか大人になり、過去を忘れ、未来に悲嘆する。
凡人の日常とは、かくも平坦なのである。
(終わり)
《あとがき》
……という不穏な語りをラストに、今年の『風使い』は終了です。本年は大変お世話になりました。
今年も、というか、二学期も終わっちゃいましたね。作中の二学期はまだまだですけど。来年こそは七不思議にも決着を付けたいと思います。
思いつきで始めた年末ショートショート集。気軽に手を付けたはいいものの、「これっていつもより大変なんじゃね?」と1本目を投稿したあとに気づき、ひぃひぃ言いながら――けれどとても楽しく3本を書き終えました。
あえて登場させてないキャラもいますが、ほぼオールスター。
1本目はいつものメンバーの絡み。2本目は珍しい取り合わせ。3本目は主に怪異を。読んでくださる皆さんよりもきっと、書いている本人のほうが年末のスペシャル感を堪能して楽しんでいました。
さて、これからもこんな調子で割とバカっぽくお話は続いていきますので、来年もどうぞよろしくお願いします。
※ 来週は都合により更新をお休みします。次回は1月13日!




