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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第46話 風使いと「噴水」(5)【七不思議編】

 ばがんっ――と、何かが砕ける音がした。

 風見のすぐ前の空間で、石の短剣が粉々になっていた。女神像が放った五本の短剣はいずれも、見えない『何か』に阻まれ、押しつぶされたかのように崩れて散った。


 風見は、一歩前に出る。女神像と神宮院の直線上へと進み、


「副会長」


 と、背中越しに話し掛けてきた。


「副会長のおかげで僕は今、最高にクールですよ」


 顔は見えないが声の様子から、どうやら彼は不敵に笑っているらしかった。


「副会長もチカ姉ちゃんも……僕が守る!」


 続けざまに発射された短剣の雨を、風見はことごとく迎撃していく――真っ直ぐに飛んで来た一撃を左の手刀で粉砕し、右方向から神宮院を狙って来た短剣は、もう一方の手をいで吹き飛ばした。


 そうした動きを、何度も、何度も。


「はっ! こんなもんか、女神さんよ――!」


 それだけではない。明らかにリーチの外にある短剣すら、風見は圧倒する。宙ではりつけにし、次々と真っ二つにへし折ってみせた。周囲には砂塵さじんが舞い、石の破片が雨のように降り注ぐ。


「な、なんですの、これは――」


 神宮院は目の前の光景が信じられなかった。確かに今の状況は『異常』だとは認識していたが――これが七不思議を解決してきた風見の『力』なのだろうか。


 女神の攻勢が一段と激しさを増す。水瓶の口からは、ぞろりと短剣の切っ先が生えてきた。吐き出される刃の嵐。弾幕のような剣撃。


 無数の短剣が風見に殺到する――!


「う、おおおおぉお!」


 ――しかしそれらは、風見の咆哮に阻まれる。


「そんなもん、そよ風と大して変わんねえよ! 僕を倒したいなら、せめて隕石でも降らせてみやがれ!」


 風見が右手を振り上げると、ゴウ――と嵐が巻き起こる。

 それはまるで、彼の眼前で、風で形成つくられた大剣が振り下ろされるようでもあった。

 そして一瞬の後に、女神が引き起こした刃の乱舞は無に帰した。



 息つく暇すら無い攻防。

 神宮院は石像になった佐々川を庇うように立ちながらも、それ以上は何も出来ないでいた。まばたきをすることすら忘れていた。無表情な女神像も、いくらか動揺したような動きを見せる。


 一方の風見は右手をゆっくりと下ろし、


「つーことで。油断さえしてなけりゃ、ま、こんなもんだな」


 肩をすくめて女神を挑発する。


 その時、神宮院の視界の上端じょうたんには、風見には隠された最後の一本が映っていた。遙か上空から石の凶器が、神宮院を目掛けて凄まじい速度で飛来してくる――


「あ――――」


 気づくのが遅すぎた。

 神宮院が小さく呟いた瞬間、切っ先はもう目の前にあった。そしてそのまま、神宮院の眉間を貫いた――

 いや、貫くはずだった。寸前で『何か』に押しとどめられ、やはり中空に縫い付けられたかのように、短剣は動きを止めた。


「知らなかったか……?」


 背を向けたまま風見が言う。


「風使いに、死角はない」


 ばがんっ――

 という炸裂音とともに、短剣は石と砕かれ砂にかえった。


 ■ ■ ■


 女神像の腕から水瓶が滑り落ち、ごとんという鈍い音がした。

 表情はやはり変わらないが――敗北を認めた、ということなのかもしれない。先ほどまで放たれていた威圧感のようなものはどこかに消え去っていた。


 ――それほどまでに、風見は圧倒的だった。


「さて、と。じゃあチカ姉ちゃんを元に戻してもらおうか」


 風見は女神像に詰め寄る。しかし彼女(、、)は、ただそこに(たたず)むだけで、ピクリとも動かない。まるで石像のようだった。

 ――いや、石像なのだが。


「おーい、何とか言えっつーの」


 風見は女神像に近寄り、こんこん、と拳で額をノックするが、返事がない。ただのしかばね(石像)のようだ……。


「まいったな……」


 女神像を打倒するだけならさほど難しくはない。しかし、佐々川を元に戻すのは、彼女でなければ出来ないのだ。


 このままでは――


「……ん?」


 女神像の顔を見ているうちに、ふと、風見にはある思いが浮かんだ。


「よし」


 風見は『えんきり女神』の手を握った。


 ■ ■ ■


「な、何をしてますの――?」


 風見の左手が女神像の右手を取るのを見て、神宮院は慌てて言った。しかし、


「んーいや、やっぱり、()で上に戻りましょうよ」

「皆――って、その女神像も?」

「そうっす」


 言いながら風見は、神宮院と、石像になった佐々川のほうに歩み寄ってくる。女神を連れて。


 女神像の顔には当然、仏頂面が張り付いたままだが、戸惑う仕草にはどこか滑稽なものがあった。重い足取りで――本当に重そうな動きで、風見に手を引かれるままになっている。


 風見の意図が読めないまま、神宮院が唖然としていると、風見はもう片方の手で、佐々川の硬い左手を握る。


「んじゃ、副会長はそっちの手を握っててください。離さないでくださいよ」

「手? どうするのです?」

「だから、上に戻るんですよ。四人で」

「四人って、その女神像は……」


 風見の背後に立つ女神像に目を向ける。彼の背中に隠れ、おずおずと小さくなっていた。


「……この女神像?」

「あ、副会長も気づきましたか?」

「……ええ、何というか……」


 幼い――。


 神宮院は、彼女の仕草から、そのような印象を抱いた。


「そうなんす。こいつの実年齢は分からないっすけど――僕らより上なんでしょうけど――でも、精神年齢は幼いみたいなんですよ。急に癇癪(かんしゃく)を起こしたり、怒られてふてくされたり、しゅんとしたり……」


 言われてみれば、そのように見えなくもなかった。しかし――。


「それに、僕に対しても、なんつーか、ペットを扱うみたいな感じだったんですよね」

「ペット?」

「抱きしめ方とか、撫で方とか――飼ってる犬が可愛くて仕方ない、みたいな。ほら公園とかで、小さな子供がペットの犬に抱きつくような、あんな感じですよ」


 可愛い、という言葉に若干の拒絶感を覚えた神宮院だったが――まあ、それは本題ではない。


「たぶん話し相手も居なかったんだろうし、それはそれで仕方ないと思うんですよねえ」

「……もしそれ(、、)に自我や、意思があったとして……いいえ、あるのでしょうね」


 言いながら女神像の目を見て、神宮院は首を振り、


「そうね……ひとりきりで、人は成長できませんわ。誰かと関わらなければ。私たちはそれを、実際に家族や友人――時には本や創作物を通して学びますが……その女神像に、そんな機会はなかったでしょうからね」


 神宮院は、ふう、と息を吐いて、女神に言った。


「ねえ、貴方は、寂しいのですか?」


 そこで初めて、女神像の表情に変化があったように思えた。

 ――いや、顔の造りは変わっていないのだが――しかし、幼子(おさなご)が大人に縋るような、そんな色を浮かべたように神宮院には感じられたのだ。


「おい、女神」


 風見が口を開いた。


「いいか、お前がチカ姉ちゃんにしたことは、酷いことだ」


 強い口調だったが、子供に言い聞かせるような、厳しい優しさ(、、、)が含まれているようでもあった。


「なんつっても、チカ姉ちゃんはお前の友達なんだからな」

「……?」


 神宮院は、風見の言わんとすることがイマイチ掴めなかったが、


「まず、僕はお前の友達だ。……知ってっか? 殴り合いの喧嘩をした者同士はな、夕日を見ながら友情を深めるものなんだぜ?」

「……シチュエーションは、大きな川の堤防でしょうね」


 言って、思わず笑みがこぼれてしまった。

 女神像はきょとんとしている。

 

「んで、チカ姉ちゃんは僕の大事な友達だ。――つまりは、お前の友達の友達だ。だから、お前のしたことは酷いことなんだ」


 ようやく神宮院にも理解できた。左手で、石になった友人の手を握りしめて、


「そうね……酷いことをしたら謝らなければいけません。怪我をさせたなら、さすってあげなければいけません」

「そーいうこと。だからさ、えんきり女神――呼びづれえな。んーと、『えり』でいっか」

「『え』んき『り』で『えり』――そんな無茶な」


 あまりにも一刀両断過ぎる。

 だが風見は構わず続ける。


「えり、上に帰ったらチカ姉ちゃんを戻して、謝るんだぞ。そんでお前が望むなら、改めて『友達になってください』って頼むんだ。――いいな?」


 女神像――もとい、えりは、ためらいがちにだが、一度うなずいた。


「よし、そんじゃ今度こそ、行きますかね!」


 風見が上方を振り仰ぐ。

 すると四人の足元に、ごうごうとした音とともに強い風が集まり始めた。


「な、何ですの、これって――きゃあ! す、スカートが……!」


 残り二人の女子は石なので、スカートが捲れそうになるのは神宮院ひとりだった。右手で必死にスカートの裾を抑える。



「おおっっしゃあああ――!!」


 風見の怒号。


「いくぜ! 『天使の梯子(エンジェルストーム)』!!」


 四人の足元に巨大な竜巻が生じる。


「え、きゃ、きゃあああああーーー!」


 その激しいうねりは、神宮院の悲鳴ごと、四人の体を上空へと押し運んでいった。



(第46話 風使いと「噴水」(5)【七不思議編】 終わり)


次回、「噴水」編ラスト!

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