表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/96

第42話 風使いと「噴水」(1)【七不思議編】

「そ、そーちゃん、……不潔、不潔だよお!」


 嵐谷高校の、教室棟と特別棟に挟まれた中庭――その噴水のほとりで、佐々川(ささがわ)千花ちかは夕焼けに染まる空を仰いで、そう叫んだ。



【15分前】


「なるほど、これが次の七不思議……ってワケっすね」


 ある日の放課後。噴水の中央に据えられた女神像を見上げながら、風見爽介はたずねた。遠くのほうから、運動部の声が響いていた。


「そうよ」


 生徒会の副会長である神宮院じんぐういんは、風見の背後で腕を組んだまま、短く応じた。


 生まれつき色素の薄い彼女の長い髪は、夕日を受けて金色に輝いて見える。くるくるとカールを巻いている髪型は――いわゆる『縦ロール』と呼ばれる種類のものだ。

 彼女には外国の血が混じっているらしく、やや堀の深い顔も、そのメリハリの効いた体型も、同世代の女子生徒の中では、よく目立つ。


「モデルは、イタリアの豪商のお屋敷にある噴水……らしいですわ。この女神像は、『ある質問』を投げかけると動き出す、のだとか」

「それで、質問した人を、泉の中に引きずり込むんだよね。怖いねえ」


 神宮院の言葉を継ぐように――彼女の隣に立っていた佐々川千花が、肩をすくめる。

 怖い、と言いながらも、彼女の声色に緊張した様子はまったくない。


「うーんでも、こうして改めて見ると……ちょっと露出多いよね、この女神さんって」

「……怖いのなら、別にお手伝いは要りませんのよ? 佐々川さん」


 神宮院はため息まじりに佐々川をうかがう。


「だいじょーぶ! そーちゃんと玲奈れなちゃんのためなら、たとえ火の中、水の中……ってね!」

「いや、あの、だから、むしろ貴方が居ないほうが……」


 神宮院は小声でつぶやくが、クラスメイトの耳には届かないようだった。


 佐々川千花――ソフトボール部に所属する彼女は、しかし日焼けしない体質らしく、肌は驚くほどに白い。黒髪を二つに束ね、左右の肩から垂らしている。

 華奢な体型をしており、一見おしとやかで、体育会系には見えないが――実態は、かなりパワフルな女子だ。


 それは彼女の行動にも反映されており、その思い込みと意志の強さを、神宮院はある意味では尊敬している――が、それは一方で、彼女の行動を外から曲げることは難しい、ということも意味しているのだ。


 ちなみに、佐々川は風見の幼なじみで、彼の数少ない理解者でもある。


「ねえねえ、そーちゃん。この女神さんって、そーちゃんの好み?」

「そうだなあ……ちょっとぽっちゃり系だけど、好きだよ。この――布で少しだけ体を隠してるとこなんか、逆にエロティシズムを感じていいね」

「ほうほう。そーちゃんは巨乳好きですか。チカ姉ちゃんは残念だよ」

「違うって。ほら、僕はサイズにこだわりないから」

「貴方たち…………」

 

 二人の会話を聞きながら、神宮院はこめかみを押さえて、ため息をついた。



【1日前】


 昼休みの生徒会室で、会長の那名崎ななさきが紅茶をれていると、ドアが開き、入室してくる者があった――副会長の土岐司ときつかさだ。


「おや、今日は会合の日ではなかったはずだが。どうかしたのかね」


 那名崎がたずねると、


「……ええ、会長にお話がありまして」


 土岐司は硬い表情を浮かべて、軽く会釈した。


「ふむ……。何やら込み入った話なのかな。まあ、掛けたまえ」


 そう言って、那名崎はティーカップをもう一揃え、棚から引っ張り出した。

 紅茶の準備をしながら、椅子に座り背筋を伸ばす土岐司の姿を一瞥いちべつして――那名崎は、彼の表情から、ある種の決意を読み取った。


 七不思議に関わることなのだろう。

 そう直感した。



【3時間前】


「こんなところに呼び出して……何用なにようですか、土岐司副会長」


 教室棟の階段を登り切ったところ――屋上へと続くドアの手前で、土岐司は神宮院を待っていた。


「すみません。神宮院副会長。あまり、人に聞かれて都合のいい話ではありませんので」

「……どうも剣呑けんのんですわね」


 神宮院は、慎重に土岐司の表情を確かめる――いつもの仏頂面だが、目には決意の色が見て取れた。

 土岐司は神宮院より一学年下の二年生だが、役職は同格の副会長だ。やや硬派な雰囲気を醸し出す、凛々しい顔つきの男子だった。


「貴方がわざわざこのような行動を取るということは、会長がらみのお話でしょうか?」

ていに言えば、そうです。那名崎会長と――風見爽介についてです」


 そこまで聞いて神宮院は、土岐司の用件に、おおよその予測がついた。


「そうですか。風見君の名が挙がるということは、例の『七不思議』の件かしら」


 土岐司はうなずく。


「その通りです。……まず、お互いの立場をはっきりさせておきましょう。僕は、万が一にも彼が次期会長になるなんて――あってはならないと思っています。あんな不真面目な生徒が会長職など、悪影響以外の何者でもない」


 嫌悪感を隠そうともせず、土岐司は吐き捨てる。


「まあ、わたくしも同意見ですわ。確かに、彼が関わるようになって、七不思議の解明は加速度的に早まった。けれど、それとこれとは話が別……だと思ってます」

「副会長の慧眼けいがんは、七不思議に関してだけは、十二分に発揮されたということですね」

「…………そうね」


 神宮院が風見を、七不思議の特任として推薦したことを指して、土岐司は言っているのだろう――やや皮肉めいた言い振りではあったが、神宮院はとがめることなく受け流した。


「それで? 次期会長の件は、風見君と那名崎会長との間で交わされた約定やくじょうでしょう。わたくしたちが、とやかく言える立場ではない――というのが、統一の見解ではありませんでしたか?」

「確かに。横槍を入れるのは筋違すじちがいでしょう。……だからこそ僕はまず、筋を通して来ました」

「筋を?」

「昨日、会長に直談判じかだんぱんしてきました。彼の素行を僕たち生徒会役員が調査し、明らかな欠陥が認められれば、彼への選挙支援は行わないように――と」

「それは――」

 

 神宮院は、やや困惑した顔をした。


「そんなこと、会長が了承するとでも? どのような理由があろうと、結局は約束を反故ほごにすることに変わりない。それを会長が……」


 あの那名崎が簡単に約束を破るとは、とても思えなかった。

 しかし土岐司は、


「会長は、了承してくださいました」


 と言うのだ。


「まさか――なぜ? 貴方は、どんな交渉を持ちかけたと言うのです?」

「僕の、首です」

「首?」

「少々おおげさに言えば――ですけどね。もし、彼が七不思議を解く間に、こちらの調査が思うような成果を上げられなければ……僕は、次の選挙で会長には立候補しない、と誓ったのです」

「…………」


 土岐司が次の会長の座を狙っている――というのは、役員なら誰もが知っている事実である。折にふれて、彼自身が公言しているからだ。

 嵐谷高校の生徒会は、全校生徒の選挙で選ばれる。立候補の条件はなく、学年に関わらず、全ての役職への立候補が可能だ。


 先の選挙では、土岐司も、本来は会長に立候補したいと思っていたらしいが――かねてから尊敬していた那名崎と競うことを、土岐司は良しとしなかったらしい。

 那名崎に対しては、勝てるとも、また、勝ちたいとも思っていなかったのだろう。


 もはや、崇拝すうはいといっていい感情が土岐司の中にあった――


 それは、神宮院たち、他の役員も多かれ少なかれ抱いている感情なので、土岐司の行動はよく理解できた。


 だが、生徒会長の座にこうという土岐司の野望は、決して消え去ったわけではなく――最後のチャンスを目前にして、彼の胸中で未だ燃え盛っていることもまた――神宮院は知っている。


「貴方の決意を……那名崎会長は重く受け取った、ということなのですね」


 土岐司は、自らの野望を天秤にかけてまで、風見が次期会長に収まることを阻止しようとしている。

 その思いを、那名崎はんだのだろう。

 しかし、風見が七不思議を解明すれば、どの道、土岐司の野望はついえるのではないか――と神宮院が問うてみると、土岐司は、


「もし、風見が途中で、七不思議の解明に失敗したとしても――僕たちが風見の重大な瑕疵かしを見つけられなければ、僕は立候補しない心積もりだ……と、会長には伝えました」


 と言って、一段と厳しい顔をした。


「それに、悪影響を与えるような人間は選挙で支援しない、というのは道理でしょう」

「……先程から、『たち』とおっしゃっていますけど、それは、わたくしたちも調査に加われ、ということでしょうか?」

「ご推察すいさつ通りです。だから、僕は貴方を説得するために呼び出したのです」


 語気ごきを強めて、土岐司は言った。


天馬てんま書記は、『挑む犬』の一件以来、どうにも風見に懐いているようですし……、たいら書記も先日の会議で分かった通り、風見に強く影響を受け始めているようです。……残るは、貴方と、国府村こうむら書記。まあ、彼女は那名崎会長に心酔していますし、風見の行動をこころよく思っていないふしがあるので――きっと、容易に説得が可能でしょう」

「それでまず、わたくしを味方につけよう……ということですのね」


 土岐司はゆっくりとうなずく。

 それを見て神宮院は、指で毛先をくるくるといじりながら、しばし黙考もっこうした。


 土岐司と神宮院――

 二人の副会長は、似通にかよった信念のもとに職務を果たしており、ほとんど意見が衝突することはない。


 ごくまれに意見がたがうことがあるが――よほど逸脱していない限りは、土岐司のほうが折れる。それは、相手が上級生だからと気を遣っている面もあるのだろう。


 しかし今回は、もし神宮院が風見の側に付けば、土岐司の策略は実行が困難になる。引いて譲る気はない……だからこそ、こうして説得に現れたのだろう。


 風見爽介。

 神宮院は、彼の人間的な爆発力に期待して推薦したものの、まさか次期会長を狙うと言い出すなど――想像もしていなかった。

 このような事態を招いたのは自身の落ち度も大きいと、神宮院は思っている。このままではマズいと考えている。だからこそ、土岐司の提案は、彼女にとっても魅力的なものだった。


 神宮院は本来、計略を巡らせるタイプの人間ではないが――トップである那名崎の了承を得ているのであれば、話は別だ。


 神宮院は顔を上げ、土岐司に向かって、


「いいでしょう、貴方の提案に乗りましょう」


 と言った。


「彼を推薦した者として、わたくしも責任を感じていますから。……引退する前に、後顧こうこうれいは取り除いておきたいですしね」

「そうですか、ありがとうございます」


 土岐司は満足そうに口の端を吊り上げ、


「それでは早速――」


 と、切り出した。



(第42話 風使いと「噴水」(1)【七不思議編】 終わり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ