第4話 風使いと「テスト」
改稿済み(H27.6.4)
物事には、代償というものがつきものだ。
代償ではなく、代価とでも言うべきか。
幸福はいつも、苦難と引き換えである。
――高校二年の七月、それはこの僕、唯一にして最強の風使いである風見爽介にも等しく降りかかることとなった。
つまり、夏休みという至福の時間を手に入れるためには、期末テストというハードルを越えなければならないという、そういう話だった。
■ ■ ■
ひとつ、疑問がある。
なぜペーパーテストなのだろうと。
もっとほら、砕けた感じの方法でもいいんじゃないかと思うのだ。
例えば、
『作者の心情を二十秒以内にジェスチャーで表せ』とか、
『源頼朝が、もし現代にタイムスリップしたら言いそうな事を早押しで答えよ』だったり、
『地面に置かれた振動数fの音源が風上の方向に伝わる場合の音の波長を実際に風を起こして再現せよ』
みたいな、実技実践のテストがあっても良いと思うのだ。
職員室へ直訴に行ったこともあるのだが、惜しくも却下された。日本史の花木先生は味方をしてくださったのだが……。
ちなみに、前述のようなテストなら僕は満点を取る自信がある。
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折角なので『風見爽介クン、直訴状ヲ持ッテ職員室ニテ自決セリ』事件の一幕をご紹介しておこう。
花木先生との会話である。
「応援するぞ風見。面白そうじゃないか。教育にも革新は必要だと常日頃から思っているんだ、この俺は」
直訴と言っても、ただ闇雲にぶつかって行ったところで玉砕がオチだ。
まずは協力者とまではいかないまでも、理解者を増やし、外堀から埋めていくべきだと僕は考えた。
一般人には思いつかない、奇想天外、相手の虚をついた戦略なのだ。
取りあえず、給湯ポットのところでインスタントコーヒーを作っていた花木先生に話を持ちかけてみたところ、意外にも諸手を上げて賛成してくださったのだった。
「さすがです花木先生! 分かっていらっしゃる。日本史だと他にはどんな風になりますかね」
目を輝かせて僕は聞いた。
「そうだなぁ……、
『江戸の町娘百人に聞きました。徳川十五代の将軍のうち、彼氏にするなら誰?トップスリーを当てよ』
なんてのはどうだ?」
「良いですね! イケメン度でいうなら慶喜ですけど、ペット好きの町娘なら綱吉を選びますかね」
「結婚するなら家康みたいな大物だろうけどな。彼氏ってとこがミソだ」
ノリノリ花木先生だった。
早くも外堀のひとつが埋まっていった。
■ ■ ■
「花木先生、風見を甘やかさないでください」
と、長身の女性が割り込んできた。
「こいつは見てのとおりのこいつなんですから。すぐ調子に乗りますよ」
我がクラスの女王様、数学の教科担当にして二年B組の担任教師、高座山史華先生だ。
この尊敬する我がクラスの担任は、まだ二十台半ばだというのに生徒想いで熱く、そして頼り甲斐のある先生だ。
何より特筆すべきは、脚。
僕は脚フェチではないし、むしろ彼らのような下等民族を軽蔑し、見下してさえいる。
しかし、それでもこの先生の脚は、頬ずりして視姦して舐め回して撫で回した挙句に挟まれて蹴られて踏まれたい、と毎日夢にうなされるくらいには良い脚をしていらっしゃる。
トレードマークのスキニージーンズがとても似合うのだ。
「風見もほら、こんなことしてないでさっさと帰って勉強しな。来年には受験生なんだから、君も」
「いえ先生、僕たちは日本の教育界に一陣の風を吹かせようとしているのです。勉学も大事ですが、社会勉強の時間だって必要なのです」
改革という名の社会勉強が、と僕は付け足した。
「改革! 改革で思いついたぞ、風見。
『一ヶ月一万円生活 天保の改革当時の町民の暮らしをレポートにして提出』
というのはどうだろうか」
「残金で勝負ですね。しかし先生、あまりに江戸時代に偏りすぎではありませんか」
「なるほど、言われてみればだな。ではぐっと遡って、
『縄文人と弥生人の違いを女性のボディラインで説明せよ』
というのはどうだ」
「どうだ、じゃありませんよ! グッドですよベリーグッド。あ、
『戦国武将総選挙!』
ってのはどうですかね」
仲良し教師 &生徒だった。
「……いい加減にしてくださいって。いくら花木先生とはいえ怒りますよ、私」
腕組みをして、こめかみに青筋を立てた高座山先生が言う。
「いやいや高座山先生。これも必要なディスカッションですよ。テストとは教師が作るものという先入観は捨てねば」
「はあ……いや先入観とかではなく……」
「ほら発想の転換ですよ。教師と生徒がともに問題を作り、一緒になって解く。そのようなテストがあっても良いと思うのですよ」
「そういう風に言うと良くも聞こえますが……しかしそういう問題では」
そんな堅物の高座山先生に対し、見かねた僕が言う。
「先生! 形に囚われるだけが全てではありません。むしろ型破りな指導こそが、次世代を育むのです」
「君は黙ってなさい」
ぴしゃりと高座山先生。
「お、風見、大事な時代を忘れているぞ!男のロマン、幕末だ。型破りというならあの時代の男たちこそだろう。どうだいっそ、カードゲームにしてはどうだろうか」
「龍馬は実は現代からタイムスリップしたヤクザで、スタイリッシュなアクションを繰り広げるとか?」
もはやテストとは何の関係もなかった。
ぶっちゃけそれには気づいてたんだけど、止まらなかった。
「新撰組がみんな女子、男なのは俺ひとり! みたいなな!」
「京都の芸妓としっぽりと」
「夫を殺した人斬りへの復讐のために京都に潜り込む未亡人とか」
「でもその人斬りを愛しちゃうんですよね! くぅ〜たまんねぇぜ」
ここはまるで、維新志士が激論を交わした旅籠のよう。
鼻を突き合わせて先生と熱く語らう。
そうして、やいのやいの騒ぐ僕たちに気づいた家庭科の山本先生がこちらに近づいてきた。
「……あ、あの、こ、ここ職員室ですから。もうちょっと、し、静かに」
「「おなごは口を出すもんじゃなか!!」」
幕末の志士たちは、無粋な町娘に言ってやった。
■ ■ ■
盛り上がりのピークを迎える僕たちに水を差すように、高座山先生がすっと二人の間に割って入った。
無言のまま、そして目を閉じたまま……左手で『土佐の英雄』こと僕と、右手で『薩摩の豪傑』こと花木先生を制する。
女性にしては背の高い彼女は、肩の高さが僕たちと同じくらいだ。
ただ、腰の位置は僕よりも随分と上の方にあるような気がしたが……それは見なかったことにしたい。
っていうか見ないで。
高座山先生は、そして両の拳を力強く握りしめ、胸の前で交差した。
はて、これから何が始まるのだろうか?
まさに疾風迅雷。
激しい風切り音とともに、彼女の拳が左右に繰り出される。
瞬間、鼻と口に鉄の味が広がった。
顔面に彼女の拳が深々とめり込んでいた。
しかし彼女の攻撃はやまない。止めてくれない。
今度は右足を一歩後ろに下げ、重心を低く構える。
彼女は言った。
さながら死刑宣告のように。
あるいは数学の設問のように。
「これから私が繰り出す右足という名の点Pが、点Aと点Bを通過する際の速度を答えよ! 制限時間四秒!」
右足を頭の高さにまで蹴り上げ、そのハイキックの勢いで一回転。
点Pという名の彼女のスニーカーは、点Aこと僕と、点Bこと花木先生の頭部を撃ち抜き綺麗な円を描いて通過する。
ノックアウト。僕たちは職員室の床に倒れた。
――さて、意識を失う前に二点ほど。
まず、初めに述べたこの事件の名称『自決セリ』を訂正しよう。
『爆死セリ』だ。自滅ではあったけども。
ただ言い訳をするなら、頭部にこれだけの衝撃を与えられたのだから、若干記憶に間違いがあったって仕方がないんじゃないだろうか。
最後に、設問への答え。
答えは『とても速い』。
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さて、こうして僕は、蹴られたい願望を余すことなく叶えたのだ。
――おっと、まだ記憶が混同しているようだ。
僕は直訴に失敗したと、そういう話だった。
残念ながら、閉鎖的な日本の教育界に風穴を開けんとする風使いの試みは、今回は失敗に終わった。
(第4話 風使いと「テスト」 終わり)