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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第35話 風使いと「ピアノ」(2)【七不思議編】

 教室に現れたモーツァルト。彼はテスト中、ずっと鼻歌を歌っていた。いつかどこかで聞いたことのある、有名なしらべ。

 美山は、まったくテストに集中出来なかった。不審者がうろついていることもそうだし、教室中を見渡しても、誰も気に留めていないことも彼女の不安を更にかき立てた。

 

 赤い上着を羽織った『彼』は、膝を折って、テスト用紙と格闘している生徒の手元まで視線を落とすが――その生徒は一瞥もせず、ペンを動かす。


(もしかしたら私にしか見えていないのかもしれない……)


 そんな仮説に行き当たったが――果たして、霊感などない自分だけがこのような現象に行き遭うということがあるのだろうか。美山は眉をしかめる。


 すると、目が合った。音楽室の肖像画で見たそのままの大きな瞳が、美山のことを捉えた。美山は、にわかに身をこわばらせた。しかし『彼』は、片眉を吊り上げて、肩をすくめ――美山の横を素通りした。


 通り過ぎる時にも、鼻歌は続いていた。


 美山はあんぐりと口を開けたまま、テストの終了を告げる鐘の音を聞いた。


 ■ ■ ■


 次のテストが始まるまでのわずかな時間、美山は蕨野わらびのに訊ねてみた。

 蕨野はいつも通りの、のほほんとした顔で、


「? 変なこと? ……別になかったと思うけど」

「そう……よね……」

 

 やはり、自分にしか見えて居なかったのだろう。休み時間の教室で聞こえてくるのはテストの話題ばかり。先刻の世界史と、次の数学。だれも音楽の――モーツァルトの話題について触れている様子はない。


 腕組みをして唸っていると、蕨野が心配そうに言った。


「ひなちゃん、もしかして寝不足じゃないの? テスト勉強のし過ぎで……」


 それはない、と美山は断言した。だってバッチリ、何なら、いつもより多めに睡眠を取っているのだから。美山は意を決して、先ほど見て、聞いたことについて打ち明けてみた。


 戯言だと一蹴されるかもしれないと思ったが――蕨野は、しばらく黙りこんだ後、

 

「風見くんに確認してみようか」


 と提案した。


「何で風見?」


 美山が怪訝な顔を浮かべたところで、


「ん、僕がどうかしたか?」


 背後に風見が立っていた。彼の席は教室の反対側のはずだが――おそるべき地獄耳である。


「通り掛かったんだよ。人を盗聴魔みたいに言うな。僕はどっちかっつーとのぞき魔――ごほん」


 不謹慎なワードが聞こえた気がしたが、取りあえず美山は聞こえなかったことにした。面倒くさい。そう思った。


「――んで、どうしたんだ」

「風見くんって、七不思議を調べてるんだよね……」


 蕨野はそう切り出した。


「その中に、音楽関連――モーツァルトに関するものって、なかったっけ」

「ああ、あるぜ。確か『音感牢獄おんかんろうごく』って名前の七不思議」


 音感牢獄――美山は、聞きなれないその単語を復唱した。


「神出鬼没に現れる、幽霊みたいなモンらしい。特に害のあるタイプじゃないらしいから、後回しにしてるけどな」

「ひなちゃんがね、さっきの時間、見たんだって」

「モーツァルトを? 本当か、美山」


 水を向けられて美山は、


「……う、うん。見間違いじゃなければ、だけど」


 目撃した顛末てんまつを、再度風見にも説明してみた。風見は珍しく――美山の話に茶々を入れることなく――真面目な様子で話に聞き入っていた。やがて、


「見えたのは、美山だけか……蕨野も、見なかったんだよな」


 蕨野は、こくんと頷いた。

 風見は、黒板のほうを向いて、穂々乃木の名を呼んだ。

 廊下側、最前列の席で、穂々乃木の小さな肩がビクンと跳ねて、こちらを振り向いた。ちなみにテスト期間中は、五十音順に座り直しているため、いつもの教卓前の席ではない。


 風見が手招きすると、こちらにやって来た。トテトテと歩く様は、生まれたての子猫のようだ。


「……つーことなんだけど、穂々乃木は何か見たか?」

「…………ううん。何も……」

「やっぱり私だけなのかな。何か意味、あるのかな」

「どうだろうな。特定の個人を襲う――みたいな話は聞かないけどな」


 そこで風見は、黒板の上にある時計を見やった。そろそろ次のテストが始まる頃合いだ。


「……よし、次の時間にも出るかもしれないし、蕨野、穂々乃木、お前たちも気にしてみといてくれ」

「また出るかな……」


 美山は不安な声を出した。幽霊そのものが恐ろしいというより、この調子だと今回のテストは赤点のオンパレードになってしまうかもしれない――そっちのほうが身の毛もよだつ恐怖だった。


「目的も、現れる条件みたいなものも、サッパリ分からないんだ。……もし美山がそいつに気に入られたなら、また出るかもしれないだろ」

「うわ、ヤダそれ……教室に変なヤツは、ひとりで十分よ」


 風見は、誰のことを指しているのか分からないようで首を傾げていたが――話を続けた。


「それにさ、怪談とかって、聞いちゃったら見えちゃう――みたいなとこもあるらしいし。僕たちも見えるようになるかもしんないだろ」


 風見が蕨野たちを見回すと、二人とも少し身を固くした。


 ■ ■ ■


 ややあってチャイムが鳴り、数学のテストが配られ、ものの数分もしないうちに『彼』は現れた。


 美山の席からは、左前方に風見、右前方に穂々乃木の背中が見える。席は離れているし、テスト中だから不審な動きは出来ないが――それでも、今度は風見たちにも見えているらしい。


 風見はその侵入者のほうを目で追い、穂々乃木はガタン、と、膝で机を蹴りあげてしまっていた。蕨野は美山の斜め後ろに当たるので、さすがに振り返って見るわけにはいかなかったが、この調子だと彼女にも見えているのかもしれない。


 今回は、鼻歌では済まなかった。なんと、声を張り上げて歌い出したのだ。

 イタリア語だろうか、メロディに乗せて気持ちよさそうに歌っている。教卓に腰掛けて、ブーツを履いた足をブラブラさせながら、身振り手振りを付けて、隣の教室にまで届くのではないかという大声を上げている。


(ちょっと、本当に他のみんなには聞こえてないわけ……?)


 美山たち以外は、テストに集中している。

 たまに教卓のほうに顔を上げる生徒もいたが、それは『彼』を見ているのではなく、恐らく時計を気にしているのだろう。すぐに手元に視線を戻している。


 ――集中できない。


 いくら机の上の数式に思考を向けようとしても、やたらと情緒いっぱいに奏でられる歌声に、気が散らされる。歌詞の意味は分からなかったが、時に楽しげに、時に絶望したように――オペラのような歌声は続く。


 この調子だと、次の時間にはオーケストラでも率いてくるんじゃないだろうか。戦慄する美山は、顔を引きつらせながら、もう一度、モーツァルトの風体をした幽霊らしきものを見る。


 ふと、視線を右に向けると――穂々乃木の他にも、明らかに教卓を凝視している人物があることに気づいた。その彼は腕組みをして、教室の隅に立っていた。


 もう一人の――いや、彼こそが正式な試験監督を務める人物だ。


 それはあまり面識のない教師だった。グレーのスーツスタイルで、首には黒いチョーカー。教師という職には似つかわしくない――ホストクラブにでも勤めているかのような雰囲気を醸し出している――銀髪の男性だった。


 確か、天川てんかわという名の教育実習生だったはず。美山は、クラスメイトたちがキャーキャー騒いでいるのを耳にした記憶があった。眉目秀麗な、二十代くらいの教師。


 彼は、驚いたふうもなく、むしろオペラに聞き入って、愉悦に浸っているようにも見えた。


 ――きっと彼が犬だったなら、尻尾でも振っているかもしれない。


 顔はあくまで無表情だったが、美山はそんな印象を受けた。

 まさかあの男性教師――天川銀牙(ぎんが)が、七不思議のひとつ、『挑む犬』の成れの果てであり、あのモーツァルトの幽霊と似たような存在だとは、美山は知るよしもなかった。


 さらに『音感牢獄』と対決するにあたり、彼と協力することになるとは――やはり、思ってもみなかった。


(第35話 風使いと「ピアノ」(2)【七不思議編】 終わり)

※来週は、水曜日の更新を予定しています。少し間が空いてしまい申し訳ありません。

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