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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第32話 風使いと「合宿」(1)

「合宿」編は二部構成でお届けします。まずは前半。

 とある日の部活帰り。ジャージ姿のまま自転車を押して歩いていると、ふと、体育館横にある駐車場に目がいった。


 空はすでに黒くなっていて、駐車場には明かりが灯っていた。その青白い光の下に、一台のマイクロバスが停まっていた。バスの側面には、 


『吹けよ風! 

  荒れ狂え青嵐せいらん

   そして、生き残れ嵐谷生あらしだにせい!!』


 という、エキセントリックな校訓が印字されている。ボディカラーはシルバー。我が嵐谷高校の部活動では、この二十人乗りの自動車を遠征の足に使っているのだ。


 もちろん、僕たち陸上部も遠方での試合や合宿の時に利用させてもらっている。先日の新人戦や、夏休みの合宿などでだ。


「合宿、ねえ……」


 つい三ヶ月ほど前の出来事を思い出しながら、僕はため息を吐いた。


 ■ ■ ■


 窓の外を、痛いくらいに明るい色をした木々が流れていく。僕は頬杖をつきながら、マイクロバスの揺れに身を任せていた。


 すると前の座席に、にょきりと生首が生えた。


「先輩、何をそんな難しい顔してるんですか?」


 小学生のような、好奇心旺盛な笑顔を振りまく後輩の虎走こばし。シートにあごを乗せて、僕のことを茶化しにかかってくる。


「もしかして車酔いしちゃいました?」

「いや、僕はあんま酔わないよ。……お前こそ、そんな体勢してると酔うぞ」

「大丈夫です。私、こう見えても三半規管は強いほうですから」


 スプリンターの虎走は自慢気に鼻を鳴らす。


「どう見えてると思ってんだよ。僕はお前をフィギュアスケーターみたいに思ったことはないぞ」

「そんな、銀盤の妖精だなんて……照れますね!」

「言ってないし、見えないっつってんだ……。それにな――」


 僕は大げさに肩を竦める。


「酔うってのは車にって意味じゃねえんだよ。こんな距離で僕の顔を見てると、あまりの格好良さに酔っちまうぜ、って意味だ」

「……先輩、中の中のくせに言いますね」

「違う! 僕は中の上だ!」

「微妙にダウングレードしてきましたね」


 虎走はよく分からないことを言って、軽く笑う。


「お前と話してると横道にれてばっかだな」

「それはこっちの台詞です。――ねえ、リエ」


 虎走が横を向くと、座席の間から堂島の横顔が見えた。いきなり話題を振られて戸惑っているようだった。


「え――、うん。でも、二人とも楽しそうですね」

「お、堂島も入るか? 『陸上部なかよしトーキング・クラブ』」

「……そんな得体の知れないクラブが創設されてたんですか。ええっと、私は遠慮しときます。あぶみ、頑張ってね」


 堂島は苦笑いとともにフェードアウトしていった。


「先輩、私もその何とかっていうクラブに所属した覚えはないんですけど」

「だろうな」

「だろうなって……」

「今作ったからな」

「うわー、先輩、ノリだけで生きてるんですね」

「うっせ。お前にだけは言われたくない」


 バスは、上り坂のカーブに差し掛かって揺れた。その勢いで虎走は少しバランスを崩す。


「……っとと。何の話でしたっけ。そうだ、先輩って、何でそんな変な顔なんですか」

「違う。色々と違う。まず僕は変な顔じゃないし、そんな話題じゃなかった。正確には『何をそんな難しい顔を』、だ。お前が言ったのは」

「へえ、記憶力いいですね」

「なめてるだろ、お前、先輩のことなめてるだろ」


 僕が睨みつけても虎走はヘラヘラと笑っている。僕は諦めた。不敬罪ふけいざいについての処罰は別の機会にとっておくことにした。


「……そりゃ、合宿だから気合を入れてるんだよ」


 陸上部の主要メンバーを乗せたこのバスは、山の中にある合宿所へと向かっていた。その施設で、我が校を含めた三校の、二泊三日の合同合宿が実施されるのだ。


 隣町の富南ふなん高校と、少し離れた市にある剣鶴けんづる工業高校。


 両校の顧問と、ウチの顧問である道田みちだ先生とが旧知の仲ということで、この合宿が開催される運びとなったらしい。


「気合ですか。練習熱心ですね、先輩」

「まあ、剣鶴工業は男子校だからともかくな。……富南の女子とお近づきになれるチャンスなんだ、一瞬たりとも無駄にはしねえぜ。第一印象が重要だからさ、スタートダッシュを切れるように精神統一してるんだよ。もしかしたら僕、合宿中に告られちゃうかもな」

「(無駄だと思うけど)頑張ってくださいね、先輩」

「おい虎走。ポーカーフェイスは上達したようだが、心の声は聞こえるからな」


 僕は後輩の笑顔を再び睨みつけ、視線を窓の外へと戻した。


 ■ ■ ■


 二時間ほどかけて合宿所に到着し、荷物を下ろしたあと、軽く顔合わせを済ませ、三校合わせて六十名あまりの陸上部員たちは早速練習を始めた。


 各校の先生たちは、高校時代からの仲らしく、始めのうちは談笑したりと和やかなムードだった。しかし、いざ練習が始まると彼らは目を鋭くし、他校の生徒に対しても厳しく指導にあたっていた。



「ぐっは、キツ……」


 炎天下の中、地獄のインターバル走を終えてフィールド内の芝生に腰を下ろす僕たち。お互いまだ名前もロクに知らない間柄だが、このハードトレーニングを耐え抜けば、きっと戦友のような仲間意識が芽生えていることだろう。


 ちなみに、僕は練習時に『追い風』は使わない。体を鍛えるのが目的なのだから、むしろ『向かい風』を吹かせることさえある。そして休憩時には『そよ風』を吹かせるのだ。そよそよ。


 それでも、空の高いところから睨みつけてくる太陽には敵わない。


「暑い……暑くて死ぬ……」


 Tシャツの袖で汗を拭い、呼吸を整えながら、何気なく視線を高跳びのマットへと向ける。ちょうど、高跳び選手である堂島がマットから下りて、小走りに戻っていくところだった。


 そして、次の順番。軽やかなステップで助走する女子に、僕は目を奪われた。バーに引っ掛からないよう、Tシャツをショートパンツに入れたスリムなスタイルで、彼女は走り出す。


 リズミカルな助走から、美しい放物線を描く背面跳び。背中からマットに着地し、その勢いのままくるりと後方へ回転して、何事もなかったかのように立ち上がる。

 長い手足と、後ろで結んだ黒髪が印象的な――モデルだと言われれば信じてしまいそうな美女だった。


「マジか。富南、レベル高いな」

「それって練習のこと? それとも北条ほうじょうのことか?」


 僕の独り言が耳に入ったらしく、富南高校の生徒が話しかけてきた。聞くと、二百メートル走の選手で小山こやまと言うらしい。同学年だ。


「北条? あの高跳びの子の名前か」

「そう、北条美織(みおり)。ウチの高跳びのエースだぜ」

「ふうん……」


 僕の興味を見て取ったのか、面長でイケメン風な小山はニヤリと笑う。


「気になるなら、紹介してやろうか?」

「いや、休憩時間に話しかけてみるよ」

「いきなり? やるな、お前」


 少し驚いたふうの小山に笑みを返したところで、道田先生のげきが飛んで、次のメニューが開始された。


 ■ ■ ■


 僕たち短距離走のグループと、北条たち跳躍グループの休憩時間が運良く重なったので、早速彼女に話しかけてみることにした。


 女子として魅力的なルックスなのはもちろんなのだが、僕の興味はむしろ、アスリートとしての彼女の美しさにあった。誰かの――少なくとも身近な高校生の動きを見て、『格好いい』と思ったのは初めてのことだった。


「よ。北条さんって言うんだって?」


 ストレッチをしながら談笑している女子グループの輪に、僕は割って入った。中には堂島の姿もあって、驚いたような、呆れたような顔をしていた。


 戸惑う彼女たちは気に留めず、僕は話し続ける。


「僕は嵐谷高校二年の風見。風見爽介。好きな女子の仕草は『ゲームに熱中するあまり口汚い言葉が漏れて、結局ゲームオーバーになっちゃうんだけど、ふと隣にいる僕に気づいて浮かべる照れた笑顔』です。よろしく」

「……どうも、富南高校二年の北条美織です」


 切れ長の目を僕に向けて、彼女は応えてくれた。さらに、


「好きな仕草は……『忍び足』です」


 という、マニアックな告白も含めて。


「忍び足って……セクシーなのか?」

「そうですね。気配がなければなお良いです」


 真顔のまま告げる彼女。


「それで、どのような用でしょうか、風見さん」

「いや、用ってほどじゃないんだけどさ。君、格好いいなって思ってね。その健康的な美脚を目に焼付けに……じゃなかった。どんな人なのか気になってさ」

「そうですか」


 笑顔こそ見せないものの、特に嫌悪感は抱いてなさそうだった。ただ、目は鋭く僕を捉えていて、むしろ僕のほうが見定められているようでもあった。


「うーんと。北条さんは『B』かな」

「B? 陸上選手にランクを付けているのですか?」

「いやいや、そうじゃなくて――」

「たっくる!」


 言いかけた僕の脇腹に、激しい衝撃が走った。


「ぐっほ――!」


 転んでもだえる僕。肺の空気が全て排出されたかのようだった。

 見上げると、虎走の小さな体がそこにある。スプリンターによるダッシュからの体当たり。体重が軽かろうと十分な威力を持った、弾丸のようなタックルだ。


「大丈夫ですか、風見先輩に変なことされませんでしたか?」


 しかし地に這う僕には目もくれず、虎走は北条に向かって言った。

 ようやく呼吸が戻った僕は上半身を起こして、


「へ、変なことは、まだこれから……まずはスネの辺りから順に味見して――」

「きっく!」

「うっわ、あぶねえ!」


 慌てて避ける僕。僕の股間があった辺りに、虎走のスパイクシューズが振り下ろされていた。殺す気か、この後輩野郎。


「先輩。セクハラするなら徐々に、です。いきなりフルスロットルはやめてください」

「あぶみ、徐々にでも駄目だからね……」


 一連の騒ぎを傍観していた堂島が、虎走をいさめるように言う。謝る虎走。ざまあみろ。


「さ、先輩、練習再開ですよ」


 僕は虎走に首根っこを掴まれて、引きずられていく。北条たちの姿が遠ざかっていった。


 ■ ■ ■


 その日の練習は日没まで行われ、そのまますぐに夕飯の時間。食休みを兼ねて体育館で技術的な講義があり、ようやく入浴、睡眠――という日程だった。


 翌日も朝早くから練習(僕は早起きなので苦にはならなかった)。まさに練習漬けの合宿だった。次第に他校の生徒たちとも打ち解けてきて、休憩や食事時にはくだらない話が飛び交うようにもなっていた。


 そして事件は、そんな二日目の夜に起こった。


「なあ、風見」


 一日の疲れをでっかい湯船で癒していると、小山が真剣な顔をして隣に寄ってきた。


「お前は男だ」

「あん? そりゃそうだろ。じゃなきゃここでこうして風呂に入ってねえよ」

 

 大浴場には三校の男子がひしめき合っていて、ややむさ苦しさを感じる。細身ながらも筋肉質な、獰猛どうもうな狼たちの群れだ。僕が女子だったら貞操の危機。全速力で逃げているだろう。


「そして、俺も男だ」

「それも知ってるっつの。……何だよ、気持ち悪いな」


 距離が近いので腰を浮かせて少し避けると、反対側から別の男子が音もなく近づいてきた。やたらゴツイ顔。確か、剣鶴工業の西野だったか。幅跳びの選手だった気がする。


「西野も男だ。俺たちは、男だ」

「分かってるって言ってるだろ。だから何だよ」

「あれを見てみろ」


 小山があごで示す方向を振り向き、見上げた。そこにあるのは、天井近くに並ぶ細長いガラス窓だった。


「窓か? それがどうしたんだよ」

「風呂の時間はな、全員一緒なんだ」

「……だから、言いたいことがあんなら早く言えよ。のぼせるだろ」


 左右の顔を見比べながら僕はぼやく。


「分かった。簡潔に説明しよう。俺たち男が入浴中ってことは、女子も入浴中だってことだ」

「ああ」

「そしてあの窓は『滑り出し窓』という」

「へえ……」


 その窓は、壁の高いところにある。すりガラスが嵌められていて、引き違い窓とは異なり、下半分が外に向かってせり出すように、斜めに開いている。


「あの窓ってそんな名前なんだな。で?」

「そこの西野はな、午後の練習、腹が痛いって休んだんだ」


 右側を見ると、太い眉毛の西野が、口をへの字にしてゆっくりと頷いた。


「しかし仮病だ」


 と、小山が声を落として言う。


「仮病かよ」

「何をしてたと思う?」

「何って……」

「西野はな、鏡を設置してたんだ。あの滑り出し窓の付近にな」


 西野がようやく口を開いた。


程よい(、、、)角度に調整するのが難しかった」

「これは今のところ俺たち二人だけしか知らない。ただ、信に足る男だと思ったお前には、声を掛けようと思ってな」

「だから何を――」


 深刻な顔で小山は続ける。


あっちの(、、、、)大浴場の裏には高い塀がある。しかし、建物と塀の間には人ひとりがようやく通れるくらいの狭い空間があってな。そこから、あの窓に設置した鏡を覗けば……」

「――って、まさか!」


 気づいた僕が立ち上がりそうになるのを、二人は肩を押さえて止めた。顔にはそれぞれ邪悪な笑みを浮かべていた。


「お前ら……まさか、女子風呂に鏡を?」

「そのまさかだ」


 小山は、不敵に笑った。天井からぽとりと、冷たいしずくが僕の肩に落ちた。


(第32話 風使いと「合宿」(1) 終わり)

(続く)


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