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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第30話 風使いと「レンズ」

「何で僕は今まで気づかなかったんだろう……」


 美山の頬に右手をそっと添える。


「こんなに近くにいたのに、お前のこと、ちゃんと女子として見てなかった」

「や、ちょっと待ってよ、そんな急に……」


 放課後の廊下で、壁を背にする美山。僕の指の感触がくすぐったいのか、彼女の肩がビクンと跳ねる。


 僕は、なおも迫る。


「可愛い。今はお前のすべてが愛おしい」

「な……何よそれ……」


 ぐっと顔を近づける。あと少し、首を伸ばせば触れ合ってしまう距離だ。

 美山のことは、ただの友達だと思ってた。男女の垣根を越えた友情があると思っていた。


 ――けれど、それは間違いだったんだ。


「ま、待って。せめて……、せめてちゃんと言って。お願い」


 美山は唇を震わせながら言った。遠くのグラウンドから野球部の掛け声が聞こえる。僕の背中越しに、優しい夕日が差し込む。彼女の頬に、目に、唇に、朱が差す。


「分かったよ。ちゃんと言う」


 僕は少し緊張して、大きく深呼吸をする。そして。


「お前のことが……好きなんだ」

「……うん」


 はにかむ美山。


「だからさ、いいだろ」

「分かった……」


 美山は覚悟を決めたように、ぎゅうっと目を閉じる。僕は唇をそっと――


「やっぱ無理ーー!」

「のわっ!」


 彼女の両手に突き飛ばされて僕は尻もちをつく。


「はいカット! ちょっとミヤマネ、そこは風見を受け入れるところだろ。ちゃんと台本通り頼むよ。何回目だよ」


 監督の橋本が眉根を寄せて美山に注意する。彼の憤懣(ふんまん)も仕方ない。もうテイク5だ。


「無理なもんは無理なの! だいたい何よこのストーリー」

「それは脚本班に言ってくれ。俺は脚本の通りに撮るだけなんだからな」

「そうだよ、美山さん。早くしないとカメラのバッテリー切れちゃうって」


 手のひらサイズのデジカメを構えた佐古(さこ)も口を開く。

 普段は気弱男子の代表のような佐古だが、撮影時間が長引いているせいか、ディスプレイに映る充電残量を気にして口を尖らせている。


「だって……何で私が風見と『幼なじみ』なのよ。しかも恋心に気づいてキス? やっぱり無理だって」

「そうかな~。今かなりいい感じだったよ、ひなちゃん」


 撮影班の一人、蕨野が楽しそうに微笑む。カメラに接続された細長いマイクを構えている。音声係だ。


「ばっちり撮れてたよ、ひなちゃんの可愛い声」

「や、NGシーンなんだから消してよね!」

「ストップ、ミヤマネ!」


 監督の橋本が大きな両手を広げて、美山とカメラマン佐古との間に立ちはだかる。橋本は坊主頭でガタイのいい野球部員だ。さすがに美山も強行突破を諦めた。


 ちなみに、ミヤマネというのは野球部の中での彼女の呼び名らしい。美山マネージャー、略してミヤマネということだ。


「NGシーンはNGシーンで編集して流すんだからな。消してもらっちゃ困る」

「ちょっと橋本くん? そんなの聞いてない」

「スタッフ会議で決まったんだよ。その方が展示も盛り上がるだろ。それに俺のことは監督と呼べ」

「勝手に決めないでよ、もう~」


 美山は頭を抱えてのたうち回る。頭を抱えたいのはこっちだ。


「おい美山、いい加減覚悟を決めろって。僕、何回突き飛ばされればいいんだよ」

「……なによ、何であんたはそんな平然としてんのよ」

「キスぐらい、減るもんじゃないだろ」

「減るわよ! 私のMPが減っちゃうの!」

「僕は『ふしぎなおどり』なんて使えないぞ……」


 ポリポリと頬を掻きながら、僕は主演女優をなだめる。


 今年の文化祭、我がクラスの出し物はショートムービーだ。事前に撮影、編集すれば、当日は映画館に見立てた教室で放映するだけでいい。比較的気楽なのだ。企画自体は、ホームルームで割とすぐに決まった。


 しかしキャストに難航した。裏方はともかく、みんな出演したがらないのだ。仕方なく推薦と投票という手段に訴えたところ、なんと僕と美山が主演の座を射止めてしまった。


 そうして放課後に撮影しているわけだ。しかし、ここにいる五人は、わざわざ部活を休んで撮影に勤しんでいる。そんなに暇じゃないのだ。


 僕なんか七不思議の解明だってしなきゃならない。こうしてわざわざ時間を割いてるっていうのに、主演女優がこんなワガママでは困る。


 困り顔で監督の橋本がため息をつく。


「じゃあ、別のシーンから行こうか。『実は生き別れの兄妹だったことが判明する』シーンにするか? いや、『結ばれた二人だったが、実は彼女は某国のスパイだった』シーンのほうがやりやすいかな。それとも『本当は彼は五年前に死んでいた』ってところからにするか……どれがいい?」


 美山はこめかみに手をあてる。全身から疲労の色が窺えた。


「はぁ……ほんと、何よその脚本。盛りすぎ。意味分からな過ぎ」

「だからそれは脚本班に訴えてくれよ」

「それよ、それ。何でショートムービーで脚本が七人もいるのよ! だからそんなワケの分かんないストーリーになってるんでしょ」


 それについては僕も同意見だ。演者よりも脚本家が多いって……みんなどんだけ引っ込み思案なんだよ。


 ■ ■ ■


「じゃあ気を取り直して」


 橋本は、腹の底から声を出す。さすが野球部だけある。


 場面を変えて、別のシーンから撮ることになった。教室内。次は、『美山をいじめ抜く継母(ままはは)に立ち向かう恋人の二人』だ。……何だこの設定。


 で、威厳を出すために、教卓の上に立つ継母。演じるのは――


「……う、ひ、ひなた! あ、あんたなんて召使いと、お、おんなじよ……お、お屋敷の暖炉でも掃除して、し、してなさい……」

「カット! 噛みすぎ!」


 監督の声が響く。

 しかしまあ、穂々乃木に女優って酷だろう。

 それに継母なのに制服って。この映画、低予算すぎるぜ。


 橋本に促され、継母役の穂々乃木は、わたわたと教卓から降りてスリッパを履き直す。大柄な橋本に演技指導をされながら、小さな穂々乃木は更に小さくなって目を泳がせる。これはちょっと画的に悪い。


「おい、橋本。穂々乃木が怯えてんだろ。もう少し優しく」

「ん、ああスマンスマン。俺って、つい熱くなっちまうんだよな。悪かったな、穂々乃木」

「……う、ううん。次……がんばる」


 穂々乃木は気を取り直して、こくこくと頷く。


「……ねえ、私の時と扱い違くない?」


 美山が僕のことをジト目で睨んでくる。


「何だ、優しくされたかったのか? じゃあ仕方ねえな。あっちで個人演技指導してやるから。来い」

「行くか、バカ!」


 う~、と睨み合う僕たち。一触即発。


「いいですね、そのままそのまま……」

「ん?」


 ちらりと横を見ると、佐古が中腰でカメラを構えていた。睨み合う僕たちの横顔を舐めるように撮影していた。


「何がいいんだよ、佐古……」

「だって、『女スパイVS元FBI』のシーンに使えるかなって」

「あー、もう! 私ほんとに辞める!」


 いよいよ限界を突破したらしい美山が、ずかずかと教室を去っていく。

 珍しく蕨野が声を張り上げて、


「風見くん、追いかけて!」

「お、おう……」


 僕は慌てて美山を追う。廊下を行く美山の肩に手を掛けて振り向かせる。


「お前、もうちょっと我慢しろよ。僕らが主演なんだから、いなくなったら困るだろ」

「あんな突拍子もない展開、あんただっておかしいって思うでしょ」

「そうだけどさ……」


 感情的になる美山に、なだめる僕。まったく、世話の焼ける。

 何と言って落ち着かせようかと考えていた、その時。


 ドンッ――と背中を押された。


「うわわっ――」


 前のめりに倒れかけ、僕は目の前にいた美山を抱きすくめる形になる。背後で、


「今だ! キャメラマン、撮れ!」


 橋本のよく通る声が響いた。撮影コンビ、佐古と蕨野のバタバタという足音が聞こえた。


「ナイス、抱擁シーン!」

「監督、音声はどうしますか」


 訊ねる佐古に、橋本は、


「アテレコだ、編集でどうにかしよう」


 あいつら……。


「――お、おい、美山?」


 美山は僕の腕の中でふるふると震えている。やべ、さすがの僕もこいつの事が可哀想に思えてきた。


 だが、僕や美山が抗議行動を起こす前。その直前。隣の教室のドアが開いた。出てきたのは。


「あれ……爽介、くん?」


 天馬だ。抱擁する僕たちを見て、目をぱちくりとさせている。一瞬の沈黙。美山も天馬を見て固まっている。橋本たちからのフォローは……ない。


「えっと、さようなら」


 するっと去ろうとする天馬。


「ち、違う! これは撮影! 文化祭の出し物なんだ!」

「あら、別に言い訳なんて。私こそごめんなさい。お邪魔(、、、)しちゃって」


 軽く振り向く天馬の目には、酷く冷ややかな光があった。僕の身体が凍りつく。だというのに、何故か汗はダラダラと流れ続ける。窓の外から、不吉なカラスの鳴き声。大群だ。


 しかし、そんなノイズを打ち消すように。

 力強い、けれども静かな天馬の声がした。


「まだ、抱きしめ合ってるんですね」

「「ひいっ――」」


 僕と美山は、まるでスタンガンを押し当てられたかのごとく身体を震わせて、急いで離れる。


「別にいいと思うの。だって文化祭の準備なのだし。でもね? こういう公共の場で抱き合うのはモラルに欠けていると思いませんか」


 天馬はかしこまった言葉遣いで告げる。


「見せつけられる側のことも、きちんと(おもんばか)るべきではないでしょうか」


 窓から差し込んでいた柔らかな夕日が、急に陰りだす。薄暗くなった廊下に、二つの真っ赤な眼光だけが爛々と輝いていた。

 いつしか音はなくなっていた。

 静寂。暗黒。怖いです、天馬さん。


「さ・よ・う・な・ら。風見くん(、、、、)


 氷の女王こと天馬さんは、冷気と殺気のみを残して去っていく。

 すうっと、夕日が廊下に戻ってきた。


 僕は、大きく息を吐き、何一つフォローしてくれなかったクラスの面々を恨めしそうに振り向く。ゆっくりと。あの大柄で気の大きい橋本でさえも、


「す、すまん、風見……動けなかった」


 と声を震わせている。額には玉のような汗。


「俺、たぶん甲子園に行っても今より緊張することはないと思う」

「よ、良かったね、橋本く……監督。野球部は、これで安泰だね……」

 

 蕨野の笑顔も引きつっていた。レンズ越しに一連のシーンを見ていた佐古は……青ざめたまままだ動けないでいる。教室の扉から覗き見していたらしい穂々乃木は、もはや石像だ。


 僕は美山に向かって提案する。


「美山……キスシーンはやめような」

「うん……大賛成」


 橋本たちも賛同してくれた。現場判断により、キスシーンはカットになった。更に、MPの限界を訴える美山の意見が通り、この日は解散となった。


 我がクラスの出し物は前途多難だった。

 

(第30話 風使いと「レンズ」 終わり)

※文化祭関連のエピソードは何度かに渡って掲載します。……たぶん。


 また、30話に到達した区切りとして、次回はちょっとイレギュラーな企画をお送りする予定です。

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