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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第25話 風使いと「スカーフ」(7)【七不思議編】

「あれ? 鍵、開いてるんだ」

「ん? そうだけど……君らの時代は違うのかい?」


 風見は花木とともに男子更衣室に忍び込んでいた。とはいえ別に悪さをするためではなく、あくまで本来の用途……つまり着替えるために侵入したのである。

 嵐谷高校では、生徒ごとのロッカーが教室とは別に設置されていて、それはこの時代でも変わらなかった。そのロッカーに置いてあった花木の体操服に風見は着替えたのだ。


 彼はようやく不審者からジャージ姿の平凡な生徒へとクラスチェンジしたのである。

 ……少なくとも外見は不審者ではない。外見は。


「へぇ、やっぱ体操服も違うんだな」


 やたらと鮮やかな青色をした、トレーナータイプのジャージだ。その体操服に袖を通して風見はつぶやいた。

 胸元には『花木』の刺繍があるが、これはそれほど気にすることではないだろう。誰かに訊ねられても借りたのだ、と言えばいい。


 着替えたのは通報を避けるためだけではなく、もちろん玲実香を呼び出すためだ。

 花木はギャラリーのいる前で直接呼び出す勇気がないと言う。なので風見が差し障りのない格好に着替え、呼び出すことに落ち着いた。


「うん、さっきよりずっといいよ。俺も何だか落ち着かなかったし」

「まあ僕みたいな可愛い男の()がずっと隣にいたら、そりゃあ緊張するよな」

「オトコノコ? いやまあ、可愛いってのだけは、一応否定しとこうか」

「お、花木も言うようになったじゃん。そんじゃま、打ち合わせ通りいこうか」

「う、うん……」


 既に花木は六限目をサボっている。そろそろ放課後の時刻である。校門近くで風見が待ち伏せし、体育館裏で花木が告白する――という流れだ。


 花木もとうとう覚悟を決めたのか、時折深く深呼吸をして気を落ち着かせようとしている。


 その姿を横目で見ながら風見は、セーラー服をロッカーにしまおうとして気づく。


「あれ?」

「どうしたんだい?」

「いや……。あのさ、玲実香さんてお姉さんか妹さんっている?」

「ああ、二つ下の妹が、ここの一年だけど……」


 ふうん、と風見は、上着の裏生地を見ながら頷く。


「どうしたって言うんだよ、それが」

「この制服……レミカって書いてある。タグのところに」

「な、なんだって?」


 妹の制服と区別するためだろうか。脇腹の裏生地にあったタグには、確かにカタカナでレミカと書かれていた。


「じゃ、じゃあ君……平さんの制服を盗んだのか?」


 花木が険のある表情になって風見に詰め寄る。


「ち、違うって。これはその……タイムスリップのときの事故だって」


 七不思議のことを話し出すと余計に怪しまれると思い、風見はかいつまんで説明した。


 花木はまだ納得していない様子で風見と制服とを見比べていたが、やがて六限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響くと、緊張した面持ちになり、手に汗をぎゅっと握った。


 ■ ■ ■


 風見は、校門近くの花壇に腰を下ろして下校していく生徒たちを見送っていた。

 生徒たちの身なりを見ていると、やはり隔世の感を受ける。なんたって二十年以上前なのだから、ファッションの違いは顕著だ。


 女子生徒のスカートは風見が履いていたもの――玲実香の制服――と同じように長く、ひざ下は当たり前で、靴下が隠れるくらいの長さの女子もザラにいる。

 髪型もやたらとウェーブの掛かったロングヘアが多かったし、メイクをしている女子なんてほとんどいない。


 しかしごく稀に派手めなメイクをした子もいて、風見は「ウチの母さんはあんな感じだったのかな」などと漠然と思った。


 すると、派手め女子と一緒に歩いていた男が、風見のほうに近寄ってきた。


「ああん? 俺の女になんか用か?」


 と、背景に『!?』みたいな文字を浮かび上がらせながら、因縁を付けてきた。


 バリバリのリーゼントに細い眉、喧嘩なのか虫歯のせいなのか欠けている前歯。

 風見はビビるというよりも、なぜか感心してしまった。「最近はこんなヤンキーいないよなぁ」と思い、ベストのように短い学ランの着こなしを、まじまじと眺めた。


「おお? っざけんなよ!」


 と、バブル期のヤンキーが胸ぐらを掴んできた。ガンをつけるというやつだろう。風見を睨み、右の拳を握った。


「いやいや、すんません。ぼーっと見てただけっすよ」

「なめんじゃねぇ! 俺が誰だか分かってんのか? 鎖蘇李(サソリ)の切り込み隊長、伊原の名前を知らねぇとは言わせねっぞ!?」


 サソリ? 暴走族の名前だろうか。確かにリーゼントからはサソリの尻尾のような前髪が一束垂れているけど。どっちかっていうとチョウチンアンコウじゃね? と風見はのん気に考えた。


「てめぇ……なンか失礼なこと考えてねっか?」


 切り込み隊長(どこに切り込むんだ?)の伊原さんは、こめかみに青筋を浮かべて、とうとう暴力に訴えることを決めたらしい。

 右手を振りかぶるが――


「ほいっ」

「――う、うええ?」


 伊原はぐるんと左向きに横転する。受け身も取れず、間抜けな格好で地面に横たわる。何が何だかわからない、という風に目をパチクリさせた。


 風見は一切手を触れていない。これは彼オリジナルな『空気投げ』のバリエーションの一つだ。

 罵声とともに立ち上がり、掴みかかろうとする伊原を、今度は右側に転がしてやる。かっちりとセットされたリーゼントは、もさもさに乱れていた。


「んーと、もうやめといたほうがいいっすよ……」


 下校する生徒たちの注目を集め出し、風見は頬を掻いた。

 普段はひと目など気にしない彼でも――そしてここは過去の嵐谷高校ではあっても――今は玲実香を待ちぶせているのだ。変なトラブルに巻き込まれるのは御免だった。


 ……巻き込まれるというか、巻き起こしているのが風見なのだが。


「ああ!? なめられたまンまで引っ込めっかヨ! っダラア! オォう?」


 あまりに高度なヤンキー語だったため、後半はほとんど聞き取れなかった。なので風見は、またしても手を使わず、今度は彼の動きを束縛してみた。

 手足の動きを奪い、指先一本すら自由意志では曲げられない、完全な拘束。


 わけが分からず恐慌状態になった伊原の耳元で、風見はなるべく低い声で囁いた。


「もっと恥ずかしい目に遭いたいか? ……サソリ? 僕はそんなの知らねぇよ……。僕は世界最強の禍聖都火威(かぜつかい)、風見爽介ってんだ」


 そこでニヤリと口元を歪め、


「文句があんなら本気で相手してやるぜ? かかって来いよ。ただし……、てめぇの手足に別れを済ませてからにしな――わかったか?」


 と囁くと、伊原は「ひいっ」と短い悲鳴をあげ、這うようにしてスケバン風の彼女とともに逃げ去っていった。

 うーん、ハッタリだけでも何とかなるもんだなー、などと風見が思っていると、ふいに背中から声を掛けられた。


「ちょっとアンタ、大丈夫? 伊原のヤローに何かされなかった?」


 何となく聞き覚えのある声に風見が振り向くと、セーラー服に身を包んだ実花穂が立っていた。


 いや、違う。

 髪型や顔の造りが微妙に違う。そう、花木に見せられた写真のとおりだ。これは生徒会書記、平実花穂の母親にして、花木の想い人である平玲実香、その人だ。


「でもアンタ強いんだね。なに、合気道でもやってンの?」

「ああいや……、まあ柔道をちょっと(体育の授業で)」

「へぇ、実戦的な道場なんだろうね。あたしは空手やってンだよ」


 玲実香は拳を作ってみせる。周りに友人はいないようだ。彼女一人。

 よし――と風見は彼女の手首をひょいと握った。


「な、なにすんのさ?」

「付き合ってくれ。君が必要なんだ」

「は、はい? そ、それって――」

 

 風見はそのまま手を引いて、体育館裏へとずんずんと進んでいく。玲実香は目を白黒させたり、顔を真っ赤にさせたりしながら、よたよたと彼の後に付いていった。


 二人の様子を見ていた生徒たちは、口笛を吹いて囃し立てていた。


 ■ ■ ■


 体育館裏は日当たりが悪く、冬のこの時期は体の芯まで刺さるほど空気が冷たい。風見は玲実香を引き連れて、この狭い空間までやってくると、視線の先にいた花木に声を掛けた。


「よっす花木。連れて来たぜ、玲実香さん」


 花木は緊張と寒さで歯の根が合っていないようだった。十メートルほど離れていても、彼がガタガタ震えているのが見て取れた。風見に手を引かれながら玲実香は、


「え? 花木?」


 と不思議そうな声を上げた。


「そ。花木が話したいことがあるってさ」

「え……、えっとアンタ、アンタ私と付き合いたいって……さっき校門で」

「ん、なんで? そんなこと言ったっけ。僕は花木のために君を連れて行こうと声を――ぐっふ!」


 ああ、平家の空手は一子相伝なのだろうか――!


 風見は、玲実香の強烈な回し蹴りを受けて体育館の外壁にめり込んだ。まるで車に轢かれたカエルのように、手足をびろんと広げ、まっ平らになってしまった。


 初対面の相手にやり過ぎのような気もするが、母娘そろって風見の毒牙に掛かったのだから、まあこのくらいの報復は妥当である。


 彼に同情する余地などどこにもないのだ。

 

 ■ ■ ■


「あ、あ、あの……平さ――」

「ああん?」


 玲実香の眼光に花木は竦み上がる。

 先ほどの伊原の殺気の比じゃない――ようやく壁から脱出した風見はそう思った。


「え、えっと……」

「花木、アンタさ、あたしに用があるんなら自分で来なさいよ。こんなの使ってないでさ。男らしくないよ。軟弱な男はあたし、大っ嫌いなんでね」


 そう吐き捨てると、玲実香は大股で去っていく。花木にも、風見にも一瞥もくれない。花木は冷たいアスファルトに手をつき、絶望のあまりうなだれる。


 風見はどう言葉を掛けていいか迷ったが、


「ほら……彼女の好みが分かってよかったじゃん。積極的な男が好きらしいな」

「の、ノオォォォ――!」


 花木は頭を抱えて絶叫する。


「あ、あはは……」


 さすがの風見もバツが悪くなって頭を掻く。


 横目で花木を見ると、彼の影がゆらりと揺れた気がした。この暗い体育館裏で影? と風見は一瞬訝しがる。たが目をこすると影は消えていた。見間違いか――と息をつく。


 気を取り直して風見は、


「ほらだからさ! はっきり言ってやろうぜ。今から追いかければ間に合うって」

「む、無理だよ……嫌いだって、言ってたじゃないか」


 花木は涙目の鼻声でそう言った。


「おい花木!」

 

 風見はそんな花木の体を無理矢理に起こす。そしてはっきりとした口調で諭す。


「あのな、好きなんだろ、あの子のこと。お前、このままじゃ一生後悔するぞ。いいのかよ、高校生活を後悔と一緒に思い出していいのか。僕なら勘弁だね。バラ色じゃなきゃ思い出じゃない!」

「そ、そんな無茶苦茶な……」

「――だあっ! まどろっこしい! 行くぞ花木!」


 風見は校門の方向へと、花木の背中を押しながら走り出す。風のような勢いで突き進む。


 ――花木が立ち上がったその後の地面に、影よりも暗い何かがうぞうぞと動いていた。それは生き物のようでもあり、この世のものではないようでもあった。



(第25話 風使いと「スカーフ」(7)【七不思議編】 終わり)


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