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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第24話 風使いと「スカーフ」(6)【七不思議編】

 空良と実花穂に見つからないよう、一階の階段裏の、廊下からは死角になる空間に隠れた風見は、花木に訊ねる。


「さて、と。今って何限目? ちゃちゃっと玲実香さんを呼びだそうぜ」

「今は五限目だ……今更だけど、呼び出すって勇気いるなぁ」

「メッセージ送ればいいじゃん。玲実香さんのLIME(ライム)知ってる?」

「ライム? メッセージ? ポケベルのことかい?」

「あ、そうか……」


 ときは一九九〇年である。世の高校生はスマートフォンは当然ながら、携帯電話さえ所持していない。スマホのSNSアプリであるLIME(ライム)など花木が知る由がない。電子メールでさえ、使ったことのある高校生はごく少数であろう。いたとしてもパソコンで――である。


「……ポケベルか。持ってんの?」

「俺は持ってないよ。玲実香さんはポケベル持ってるはずだけど」

「じゃあ駄目か……」

「ん? 学校の公衆電話を使えばメッセージは送れるけど」


 ほう、と風見は新しい発見(古い発見?)に感嘆の声を漏らす。


 この時代は、元号が昭和から平成に変わったばかりで、三パーセントの消費税もようやく定着し始めたくらいの――風見は生まれてもいない、もしかしたら両親も出会っていないかもしれないような、そんな時代なのである。

 コミュニケーションツールの違いに風見が対応できないのも無理はない。


 ポケベルは、それぞれに電話番号が振られてはいるが、ポケベル同士で会話をするツールではない。相手のポケベルにメッセージを送るには、プッシュ式の電話機を使う必要がある。

 さらに、受け取った側も返事をする際には、やはり、電話を使ってメッセージを返さなければならない。


 つまりは、着信に特化したコミュニケーションツールであるといえる。


「よし、んじゃ公衆電話のとこ行こうか」

「いや……それが……、玲実香さんの番号は知らないんだよ……」

「意味ねぇじゃん」


 しかしこうなると、選択肢は限られてくる。


「なら手紙を下駄箱に入れるか、直接呼び出すか、だな」

「ちょ、直接はちょっと……」

「んだよ、どうせ告白するんだから同じじゃん。気合出そうぜ、気合」


 尻込みする花木を風見は叱咤する。


「でもそれなら……僕が行ってきてやろうか? 場所は体育館裏でいいかな?」


 早速動こうとする風見を花木が制止する。


「や、やめてくれ! というか駄目だろ!」

「何で?」

「ほら君……女装してるからな? 不審者扱いされておしまいだよ、君も俺も」


 ああそうか、と風見は花木の動揺の正体にようやく気づく。

 それは確かにおしまいである。どこの女子高生が女装した男に呼び出されて、体育館裏あたりにまでノコノコと現れるだろうか。怪しすぎる。


 怪しいといえば、今の彼らの状況も随分と怪しい。人目につかないデッドスペースで男女(男男)が身を寄せ合って囁き合っているのだから、見つかれは色々とおしまいではある。


「じゃあ順当に手紙で呼び出すか。下駄箱は分かるんだよな?」

「もちろん! 目隠ししたって当てられるさ! 上履きをシャッフルされたって、嗅覚だけで当ててみせる自信があるね」

「……花木っち、やばいな。僕以上だぜ……将来、ストーカーって規制されるからな。捕まんないようにな……」


 珍しく風見は、他人のことを変態だと確信し、そして引いた。物理的にも若干引いた。狭い空間だが、出来る限り離れてみた。


「俺の彼女への愛は本物さ! 常日頃から心眼を鍛えているからね、更衣室の壁だっていつか透視してみせるさ!」


 折角とった距離だったが、花木は、ずいと風見の目の前まで距離を詰める。


「近い近い近い――! 近いっつーの!」


 さらに、風見の背後にある壁に右手をついて顔を近づけた。――これが後の世に『壁ドン』と呼ばれる行為の、その第一号である(大嘘)。


 しかしここで風見は、『更衣室』という単語にもう少し敏感になるべきであったが――それは結果論でしかないのだろう。


 ■ ■ ■


「いつまで書いてんだよ。さっさと入れに行こうぜ」


 花木は生徒手帳のメモ用ページを既に五枚消費している。呼び出しのメッセージを書いては消し、書いては消し……なかなか完成させられずにいた。


 ちなみに花木は五限目の授業をサボり、風見とともに校舎内に潜伏している。教師や空良たちに見つからないよう、場所を変えながら潜んでいる。

 花木は、廊下のプラスチックタイルに四つん這いになってメッセージしたためながら、


「待ってくれ、これで決めるから!」

「呼び出すだけだろ。何でもいいって」


 このやり取りも十回は繰り返している。風見が、いい加減直接アタックに切り替えようと提案しようとする寸前、花木は「できた!」と言って顔を上げた。

 そしてその足で、二人は三年の下駄箱まで足音を立てないよう、見つからないよう気を配りながら向かった。


 蛇足ではあるが、この時代の嵐谷高校の校内履きはスリッパではない。カカトまで覆われた簡易シューズ、いわゆる『上履き』と呼ばれる類のものである。


 つまり、隠密行動を取りながら――抜き足差し足で廊下を歩く二人だが、花木は上履きで、タイムスリップしてきた風見の足元はスリッパである。だが、これはあくまで蛇足であるので、本筋には特に影響しない。


 閑話休題。


 宣言どおりに花木は、脇目もふらずに平玲実香の下駄箱の位置を目指し、その蓋を開けようとしたところで、


「そこの二人待った! ――平先輩! こっちに居ました!」


 と、廊下で叫ぶ空良に横槍を入れられた。


「懲りねぇやつだな、空良!」


 風見は花木を庇うように立ちはだかるが、ここは空良の――サッカー部期待の新星の面目躍如である。フェイントを入れつつ、風見の横をすり抜け、驚く花木の手から手紙を奪った。


「てめえ空良――! ……成長したじゃねぇか」

「いつまでの先輩の後塵を拝してばっかじゃいられませんからね。オレだってただ漫然と過ごしていたワケじゃないんですよ」


 そう言って二人は、ライバル同士が交わすような笑みを見せ合う。


「そ、そんなこと言ってないで取り返さないと!」


 花木は空良に手を伸ばすが交わされてしまう。文化部である花木の運動能力では、空良を捉えることはできなかった。

 さらに援軍も到着する。実花穂だ。


「アンタら……っつーか風見! 余計なことすんじゃねぇよ」


 しかし風見は怯まない。


「ほう……じゃあお前は人の恋路の邪魔をするんだな? 恩師の純情を踏みにじろうってんだな?」

「そ、そういうワケじゃ――ないじゃん……アンタがかき回そうとするから……」


 口ごもる実花穂は、わずかに隙を見せる。風見はそれを見逃さず、花木の手を引く。


「ここは逃げるぞ! 平と正面からぶつかるのは得策じゃねえ!」

「ちょ、待ちなさいよ……! 空良、追いかけるわよ!」

「はい!」


 しかし、スプリンターかつ風使いの風見に、二人が追いつけるはずもない。花木の運動能力の低さは風見がカバーする。

 階段の上から空良たちに猛烈な吹き下ろしを食らわせたり、スリッパと床の間に風を吹かせて転ばせたり、そうした妨害は風見にとって朝飯前なのだった。


 そうして風見たちは、またも追撃の手から逃れたのだった。

 

 ■ ■ ■


「こうなったら――」


 と風見は、まだ肩で息をする花木に語りかける。


「やっぱり直接呼び出すしかねぇだろう。何なら、その場で告白しちゃおうぜ」

「いや、無理無理無理! 屋上で見ただろう……俺の痴態を……無理だよ」


 慌てたり意気消沈したり、花木は忙しい。

 風見は軽く嘆息する。風見にしてみれば、花木とは日本史の教師であり、頼れる大人であり、息の合う先輩のようでもあった。そんな彼のこうした姿を見るのは、正直がっかりする面もある。


 しかし同時に、花木もこんな時代を経て、今のような(風見にとっての『今』である)大人になったのだと思うと、自分の二十年後を想像して面白いやら、怖いやら――そんな気分にもなった。とはいえ、来年の自分の姿でさえ簡単にはイメージできないのだから、いわんや二十年後など明確に想像できるはずもないのだが。


 ただ、そういうことを考えてしまったからだろうか。友人や家族の二十年後はどうなっているのだろう……などと考えて、楽天家の風見であっても、元の時代が恋しくなったりもした。


「ああ! 僕の娘は可愛い女子高生に育つのだろうか! 高校生になってもパパとお風呂に入ってくれるだろうか! パパと結婚してくれるだろうか! それが問題だ……くぅ」


 隣で脈絡なく涙を流しはじめた風見を、花木は不思議そうな目で見ていた。そして、将来教師になるのであれば、こうした迷える生徒を導けるような立派な大人にならなくては――と強く心に誓った。



(第24話 風使いと「スカーフ」(6)【七不思議編】 終わり)

まだ続きます。書きたいことが増えてしまい、当初予定より長くなっていますが、ご了承ください。

(時代背景はネットで調べたものですが……おかしいところがあればご指摘ください)

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