第23話 風使いと「スカーフ」(5)【七不思議編】
予約投稿の設定を誤っていました。
7時の更新を待っていた方、申し訳ございません。
「え? お母さんって……どういうことですか?」
空良が投げかけた疑問に実花穂は、
「……だから。玲実香はあたしの母親だっつってんの。嵐谷の出身だし」
「あれ、でも苗字は……」
「うち離婚してっから。旧姓が平なの」
なるほど――と空良は言ってみたものの、正直なところ頭の中は混乱しっぱなしだった。タイムスリップはするは、過去の花木先生に会うは、実花穂の母親もいるなんて……七不思議どころじゃない。そうだ、現代に帰る方法がなければ、このまま――
「あ、あの! 戻る方法を考えないと……オレたちこのままじゃマズくないですか?」
「そりゃそうだよな。どうすっかな……また女子更衣室に行ってみるか」
と、風見は言う。
「アンタ、懲りないの?」
「でも手がかりはあそこしかない訳だろ? それとも平ママに訊いてみるか?」
「……そうだけどさ。つーか、その前にせめて着替えたほうがよくない? ここがホントに昔の嵐谷ってんなら――あたしら目立ち過ぎじゃん」
実花穂は自分の姿と、花木の学ラン姿を見比べてそう言った。
「き、君たち……何の話をしているんださっきから。玲実香さんがお母さん? タイムスリップ? え、演劇か何かの練習かい?」
「いや、マジだって、マジ。ほらこれが証拠だよっと」
戸惑う花木の前に、風見は実花穂を突き出す。
「ちょ、ちょっと!」
「似てるんだろ? 玲実香さんってのに」
「そ、それは……でも他人の空似ってことも……」
「ほらもっと近くで。さあさあ……お触りもありですよ?」
「あ、アリなのか!? じゃ、じゃあ……」
花木の魔手が実花穂に伸びようとしたところで、本日何度目かの鉄拳制裁が加えられた。
■ ■ ■
ややあって。
「……間違いない。この『キレ』は玲実香さんの遺伝子だ」
「分かってもらえて何より」
屋上の隅で、粗大ごみのように積み重ねられた風見と花木はそうこぼしあった。
「つーか花木先生、どいてもらえると助かるんだけど」
「その先生ってのはなんだい?」
「ああ、貴方は将来、この高校で日本史教えることになるんだよ」
タイムパラドックスなど気にしない風見は、堂々とそう宣言した。
「な!? そ、それは嬉しいなぁ。……け、結婚は? 結婚はしてるかい? 誰と!」
「んー、独身じゃなかったかな。少なくともほら、玲実香さんって人じゃなさそうだけど。平のリアクション見てると」
「…………そ、そうかい……」
意気消沈して、のっそりと立ち上がる花木。
そんな花木に風見は、
「花木先生はさ、玲実香さんに告白とかしねーの?」
「それは……あ、その先生ってのやめてくれよ。『まだ』俺は先生じゃないんだしさ。花木でいいよ、普通に」
と力なく笑い、
「告白なんて……とてもじゃないけど無理だよ。彼女は人気者だし……俺なんか。でも、卒業式に思いを伝えられたらとは……思うんだよ」
「卒業式ねぇ……って、今は何月?」
「二月」
「道理で寒いと――って、もうすぐじゃん! よし告ろう。いま告ろう」
「ちょっとアンタら! なにグダグダ話してんのよ?」
怒り顔の実花穂を見て風見は、
「そうだ。予行演習しようぜ。平で」
「え? どういうことだい?」
「ほら、まず花木がここに立って、平はこっち――はい、スタート!」
風見はパンと手を叩く。
「いや、その、ど、どうすれば?」
「何よ? 何を始める気よ?」
「だからさ、告白の練習だって。実践が一番だろ」
ほら早く――と風見。
「あたしらこんなことしてる場合じゃ――」
実花穂の言葉を遮り風見は耳打ちする。
(いいから。僕らにも協力者は必要だろ? こっちじゃ生徒会でも何でもない、不法侵入者なんだぜ?)
(――?)
(だから、花木先生に協力してもらえれば動きやすいだろ。んで花木先生の告白も上手くいけばみんなハッピーだろ?)
(そうだけど……って! 上手くいったらあたしの母さんと花木が付き合うってこと?)
(まあ、そうなるかな)
(そうなるって――!)
「平さん!」
「ふ、ふえ?」
突然の花木の大声に、実花穂は間抜けな声を漏らす。
「す、す、すす……す……ああ! 言えない!」
ゴロゴロと屋上を転がりまわる花木。しばらくすると元の位置に戻り、またも、
「お、俺は……ずっと前からその……ああ、えっと……す、うああ!」
ゴロゴロ。
花木は転がる。
「ねぇ……あたしこれにずっと付き合わないといけないわけ?」
早くもうんざり顔の実花穂が言う。
「うーん、思った以上に重症だな。こりゃ無理かな……」
「無理! ああ! そうさ、無理なのさきっと……あああ!」
花木はそう嘆くと、フェンスに向かってうなだれる。
その肩に風見は手を乗せ、
「まあまあ。今は無理でも練習すればなんとかなるさ。卒業式までにそうなればいいわけなんだし」
「うう……そうだけど……」
「いいじゃん、卒業式ってシチュエーション、意外といいかもよ? ほら、第二ボタンくださいみたいなやつ。あ、でも相手は女子か」
男子の制服を着ているわけでもない――のだ。
「セーラー服なら……スカーフもらうんだっけ? 第二ボタンと交換で」
「だからなんでアンタは制服事情に詳しいのよ。いいけどさ」
しかしその風見の言葉は花木の琴線に触れたようで、
「スカーフ! いいじゃないかそれ! た、平さんのスカーフ……ふふ」
花木の目は、風見がブレザーについて語る時のそれに近い色を見せた。
案外、花木はセーラー服フェチなのかもしれない。
「ちょ、こんな危険人物、母さんに近づけたくないんだけど……」
実花穂の顔が引きつる。
「でもさ、平の父親って花木じゃないんだろ? じゃあ上手くいこうと失敗しようと、対して問題ないんじゃないか?」
「……そういう問題じゃなくて気分の問題なんだけど」
そこに、しばらく静観していた空良が、
「あのー。そうとも限らなくないですか」
と言い、
「オレたちが花木先生を手伝うことで未来が変わるかも……上手くいって結婚までいっちゃうとか。そうすると、どうなるんでしょう」
少し考え込んで実花穂は、
「やばいじゃん! あたしの父親が花木に? ……じゃなくて、あたしはあたしじゃなくなるんじゃ? アレ??」
父親が変わるということは遺伝子の半分が変わるということ。更には家庭環境もガラリと変わるということなのだ。
実花穂の動揺は当然のものである。
「……と、するとだぜ? じゃあ何か? フラれるように仕向けるってのか? そんな卑怯な真似はごめんだぜ?」
「いーや! あたしは阻止する! 絶対に阻止する!」
二人はしばし睨み合っていたが、そこに花木が割って入った。
「何だか取り込んでいるようだけど。悪いけど俺は決めたよ? 放課後、セーラー服……ごふん。平さんに告白する!」
「や、やめなさいよね!?」
花木を止めようとする実花穂の背中を、空良が引っ張る。
「なによ――」
「なるべく関わらないほうがいいですって。オレたちが手伝うのも、阻止しようとするのも、未来にとってはきっとノイズです。成り行きに任せるのが、一番自然なんじゃないですか? まあ、告白を決意しちゃったのはオレたちのせいかもですけど……でもこれ以上関わり過ぎると良くない気が……」
空良の進言に実花穂は頷き、
「それはそうかもね。……じゃあ、あたしらが今止めるべきなのは――」
「はい……」
彼らの視線の先にはもちろんセーラー服姿の風見。
「よっし、花木っち! レッツ突撃!」
「よ、よ、よし! 行くぞ~」
空良は風見の背中にタックルをかます。
「って! なんだよ空良!」
「先輩、変なことしないでください! オレたちは大人しく現代に帰りましょう!」
さらに実花穂が組付こうとしたところで風見は、
「うっせー! 恩師に報いるのは今なんだよ! タイムパラドックスなど生じない! なぜならこれが運命だから!」
屋上に不穏な空気――否。不気味な風が吹き渡る。
風見の能力は、風の塊になって、空良と実花穂を殴りつける。
「そこで寝てろ生徒会! 『風のおしおき』!」
「んがっ――!」
空良と実花穂は屋上に転がされる。
「今だ、花木っち!」
「がってん!」
その隙に風見と花木は校舎内へと駆け込んだ。
こうして不良生徒とその恩師は、時を超えてタッグを組んだのだった。
(第23話 風使いと「スカーフ」(5)【七不思議編】 終わり)




