第19話 風使いと「スカーフ」(1)【七不思議編】 ※ロゴあり
「付き合ってくれ。お前じゃなきゃ駄目なんだ」
休み時間の教室が大きく震えた。激震した。
セクハラ皇帝こと風見爽介が入室しただけで女性陣はざわざわと騒ぎ出し目線を逸らしたのだが、事もあろうに告白を始めたことで、二年D組の教室はまるで、お好みフレーバーをトッピングできるシャカシャカポテトを全力でフリフリした時くらいの激しさで揺れた。
校舎の耐震補強がしっかりしていたお陰で、皆、命拾いをした。
クラス中が一様に驚いていたが、告白を受けた当の本人は椅子からずり落ちかけた。先ほどまでの気だるそうな雰囲気から一変して、
「――な、おま、な、何言ってんだよ!」
生徒会役員の平実花穂は悲鳴を上げた。
「つ、付き合うって――なんだよ、『そういう』意味か? 違うよな?」
「? そういう意味に決まってるだろ」
教室中から更なるどよめきが上がる。
周囲の視線を一身に浴びながら実花穂は言う。
「ア、アンタ……だってほら、ほとんど話したこともねぇじゃねぇか。ちゃんと会ったのだって生徒会だけで……」
「なんだよ、『こういうこと』に時間なんて関係ないだろ。ひと目見て『お前しかいない』って思ったんだから、仕方ねぇだろ」
「…………っ!」
あちこちから黄色い悲鳴やら、指笛の囃し立てる音やらが響く。
もうやめてあげて欲しい。もはや実花穂のHPはゼロなのだ。
「そ、そんなの……や、やめろよな!」
全身の血が駆け巡り、特に顔面に集まるのを実花穂は感じる。
「そ、そういうのはせめて人気のないとことかでだな……」
「――? んじゃ早速行こうぜ、人気のないところ。今のうちに済ませちまおうぜ。女子更衣室、この時間なら二階でいいよな」
「ん、ななな……!」
黄色い悲鳴はもはや、ぎゃー! という絶叫に代わり、教室中を包み込んでいた。
「…………!」
実花穂はもう言葉にならない。
風見は言う。
「『女子更衣室の悪魔』、七不思議の二つ目だ。さすがに僕だけで入るわけにもいかないし。よろしく頼むぜ、平書記」
実花穂はバネのようにびよんと立ち上がり、全力で風見の頬を叩いた。
やっぱりな……そんな天の声が聞こえた気がした。
そう、どうせこんなオチだったのである。
■ ■ ■
「で……? 何でオレまで呼ばれるんすか」
二年の女子更衣室前に呼び出された天馬空良が、恨めしそうな目をしてこぼす。
「あたしの方こそいい迷惑よ。七不思議はアンタたちで解決するはずでしょ? なんであたしが巻き込まれるのよ。……あんな恥までかかされて」
空良が見ると、風見の左頬に赤い手形があった。
きっとまた余計なことをしたのだろう。そう思ったが、敢えて深くは訊かなかった。
「いやだってさ、女子更衣室だぜ。男だけで入るわけにはいかないし。生徒会の中で二年の女子って平だけだろ? こないだ見た限りでは」
「そういう意味ね……。はぁ、ほんっと最悪」
「んだよ、お前だって生徒会長のために何かしたいだろ?」
「……会長を持ち出すのは卑怯じゃん」
空良をはじめ、生徒会のメンバーは会長の那名崎を敬愛している。
たまに突拍子もないことを言い出すが、人格者だし、能力の面からも、もっと評価されるべきだと思っている。
「つーか別にさ、神宮院さんでも、国府村でも良かったんじゃね?」
「駄目だろ。さすがに先輩に手伝えとは頼みづらいし、先輩特権を振りかざして後輩に強要するのは悪いしさ」
「……オレ一年なんすけど?」
空良の発言を、しかし風見は無視した。
「とにかく、今の時間、使ってない更衣室はここだけだからさ。さっさと済ませようぜ」
「……何、他の更衣室も見て回ったの?」
「いや。カリキュラムくらい覚えてるだろ。特に女子の体育は」
「全クラス、ってか全学年の……? ねぇ、『女子更衣室の悪魔』ってアンタでしょ。絶対に。この覗き魔」
「オレもそんな気します」
しかし実花穂と空良の追求に風見は、
「バカ野郎! 僕をそんな下衆に括るな。脱いでるところを見るにしたってシチュエーションが大事だろ? 隠れて覗くなんて僕の趣味じゃない。僕はソファに腰掛けながら、目の前に居るミニスカメイド姿の女子に命令しながら脱がせたいんだ」
風切り音がして、実花穂の平手が風見の右頬にヒットした。
もんどり打って倒れる風見。
「仕方ないからさっさと入るよ、天馬」
「えっと……風見先輩はどうしましょう」
足元で痙攣する物体をちらりと見て空良が訊く。
「このクズは捨てて行く」
そう言って実花穂は更衣室のドアを開けた。
■ ■ ■
『女子更衣室の悪魔』。
嵐谷高校の七不思議のひとつだ。
発生条件は『ロッカーに女子の制服が入っていること』。
体育の授業が終わって更衣室に戻り、女子生徒がロッカーを開けると、誰のものとも知れない制服が替わりに入っている。
もちろん、施錠はしっかりしているし、一度、学校側の配慮で教師が複数で見張ったこともあったが、『犯人』はその警戒網を掻い潜り、見事にすり替えてみせた。さながら手品のように。
厄介なのはいつ、どこで発生するか分からない点。
一年から三年までの各更衣室の、どこでも発生するし、どのロッカーでも被害に遭う。発生頻度自体は年に一、二回といったところだ。
入れ替わったということは、他の誰かの制服も行方不明になっていそうなものだが、被害を申し出る者はいなかった。
当然、警察沙汰になったりもしたが、犯人はもちろん、入れ替わった制服の持ち主すら見つからない。
地味に大変なのは、サイズが合わない制服が入っていると買い直さなければならないことだった。
これは、生徒間の噂話というレベルではなく、嵐谷高校が抱える懸案事項のひとつになっている。
「それにしても『悪魔』ってえらい物騒じゃんね」
「あれらしいですよ……本当か嘘か、たまたま被害に会った子が目撃したらしいです。ロッカーの中で蠢く『黒い手』を」
「ばっからし。そんなもん嘘に決まってんでしょうが」
「…………」
本来なら空良もその意見に追従するところだが、先日、妖怪変化らしきものと渡り合った経験から、頭ごなしに否定できなくなっている節がある。
「でもとにかくですよ。これはかなり実害の出ている七不思議です。解決できれば、生徒会の評価もうなぎ登りですよ」
「そりゃそうかもしんねーけど……」
ちなみに、先日の『挑む犬』の件については学校新聞で発表された。
その証拠をとして、那名崎はあの犬――銀牙を校舎裏で飼い始めたのだ。初めのうちは物珍しく人だかりが出来たが、四、五日で落ち着いた。
不思議でバカバカしい現象なのだが、半数以上の生徒や教師が信じた。そしていつの間にか、当たり前の光景として受け入れた。
一連の流れを目の当たりにして空良は、
(んなバカな……)
この学校の懐の深さに戦慄するやら、呆れるやら。
ただ、もちろん一部の生徒は『ただの手品だろう』と疑っており、この実花穂も懐疑的な生徒の一人だった。
なお、その『挑む犬』が生徒会の臨時顧問の天川銀牙という仮の姿をまとっていることは、那名崎と空良たちだけの秘密になっている。
(第19話 風使いと「スカーフ」(1)【七不思議編】 終わり)




