第2話 風使いと「後輩」
僕には後輩がいる。
というか、世の中の高校二年生の多くには後輩がいるだろう。
――たとえば部活の後輩。
意外かもしれないが、唯一にして最強の風使いである僕――風見爽介も部活動に所属している。陸上部で、専門は百メートル走だ。
この僕が陸上部に所属していると聞けば、『風を操ってズルしてるんだろう』なんて疑う方もいるかもしれないが安心していい。
それは間違いではない。
ピンポン。
大正解。
おめでとう。
さて、陸上競技に馴染みのない方にとっては聞き慣れないだろうが、短距離走には『追い風参考記録』というルールがある。
ざっくり言うと、レースの時、『追い風が毎秒二メートルを超えると公認記録として認められない』というルールだ。
ただし、だからと言ってやり直しだとか、決勝に勝ち進めなくなるとか、そんなペナルティがあるわけじゃない。
つまり、これが自分のベストタイムだと胸を張るためには『強風よ吹かないでくれ』と運を天に任せるしかないということなのだ。
さて、ここでいう風速とはフィールド上に置いた機械で測っている。
どこぞのおっさんが指を舐めて風を感じて測るなんていうアナログな方法じゃないし、選手の背中に風速計が取り付けられている訳でもない。
ここまで説明すれば、僕の採るべき戦略はもう分かってもらえるだろう。
そう、僕の背後にだけ追い風を作り、計測機器の付近には毎秒二メートル以下の風が吹くように調節するのだ。
なお、決して他の選手の走りを邪魔したりしない。
僕はクリーンなアスリートなのだ。
■ ■ ■
「お疲れさまです、風見先輩」
放課後、部活開始前のグラウンド上でのことである。
僕を見つけて敬礼で迎える後輩が一人。
「ああ虎走、お疲れ。今日もちっさい胸だな」
「ちょっと先輩、セクハラですよ。挨拶にセクハラで返さないでください」
虎走あぶみ。
一つ下の後輩で、僕と同じ百メートル走の選手。
日焼けた肌にくりっとした両目、黒髪を後ろで束ねた、元気いっぱい花丸印な高校一年生だ。
彼女は僕の挨拶に対し、腰に手を当て、頬を膨らませる。
何だか大げさなリアクションだが、本気で怒っていないのを僕は知っている。
なので少し調子に乗って、
「ふっふっふ、挨拶に対するカウンター。カウンターセクハラとでも名付けようか」
とか言ってみたりして。
「あーもう、また訳の分からないこと言ってるし。だからみんなに嫌われるんですよ、先輩」
「なんと、僕は嫌われているのか」
「当たり前です」
ちなみに僕のセクハラに耐えられる後輩は、今のところこいつくらいだ。
「衆愚に嫌われたところで僕には何のダメージもないがな」
「キモいって言われてます」
「キモい? やだやだ、それはいやだ!」
「やだって言ったって、もう遅いですよ。諦めて塀の中に戻っててくださいね」
人差し指をびしっ! と僕に向ける。
――なぜだろう、『嫌い』と言われるより『キモい』と思われる方が精神的にキツイのは。
しかし柳に風。
そんな風評を軽〜く受け流すのも風使いなのだ。
「ささ、先輩そろそろ集合ですよ練習開始です」
「へいへい」
来週の県大会予選に向けて今日も練習に励む。
いくら風使いといえど、ベースとなる走力は必要なのだ。
■ ■ ■
部活も終わり、我が愛機『疾風丸』(ママチャリ、小売価格一万円也)に跨り帰ろうとすると、一年の自転車置き場に小さな人影が見えた。
Aカップ、じゃなかった虎走だった。
僕は彼女の背中に向けて話し掛けた。
「今日は一人か? 虎走・A・あぶみ君」
「あ、風見先輩。って何ですそれ。ミドルネーム? っていうかAって何です?」
はてな、と首を傾げ後輩は続ける。
「そーなんですよリエは今日彼氏と会うって」
「なんと、あいつ……。来週は県大会予選だぞ。余計なことに体力を使っている場合じゃねえっての」
リエとは、同じ陸上部の一年、堂島リエのことだ。
虎走とは仲がいい。
「あれ? ひがみですか?」
「んなわけあるか。僕はその気になれば彼女の一人や二人、いつだって――」
「へー、すごいですね」
虎走はにやにやと僕の顔を窺う。
……う、嘘じゃないもん!
「……だ、だから陸上部の先輩として心配してだな」
「でも、付き合い始めてまだ一ヶ月ですからね、リエたちラブラブなんです。仕方ないですよ。友達としては寂しいですけどね。……ああ、置いて行かれて私は悲しいです。ほろり」
嘘っくさい泣き真似をする虎走後輩。
お前、演技下手だな……。
例えばここで「僕がその涙を拭ってやるぜ」的なアプローチを仕掛けられるような男がモテるのだろうが(……モテるのか?)、紳士たる僕は、そんな無粋に後輩のプライベートには踏み込まないのだ。
「先輩も一人ですか。じゃあ途中まで一緒に帰りましょ」
「お、おおう」
女子と一緒に下校――小二の頃のミキちゃん以来ではないか。
今日はもしかしたら記念すべき日なのかもしれない。
胸の高鳴りを隠しつつ、二人して自転車を押しながら下校を始めた。
日の長い時期とはいえ、さすがに空は黒ずんできた。
「あ、一番星ですよ、ほら!」
虎走が夜空を指さす。
「いや、もう五番目くらいじゃね、よく見たら」
「先輩、ムードなさ過ぎですよ。モテませんよ」
「うっさい」
余計なお世話だ。
ふと気づくと、虎走はいつもと違い、後ろに結んだ髪をほどいている。
ちょうどうなじが隠れる長さの黒髪だ。
「お前、普段は髪、結んでないのか」
「いえ、基本は結んでるんですけど今日はたまたま……ってかよく気づきましたね、意外です。モテポイント加算ですよ――風見先輩はレベルが2に上がった! ちゃり〜ん」
言って、自転車のベルを鳴らす。
「……って、僕まだレベル2かよ」
「妥当でしょう、妥当。むしろマイナスじゃないだけ感謝してください」
マイナスって……逆風強すぎるスタートだな、そのゲーム。
「何だよ、何でそんなに僕の評価低いんだよ」
「当たり前ですよ、あれだけ人の胸をいじっといて」
「『胸を』……『いじる』……」
「そこだけ切り取らないでください!」
「日本語って難しい……」
「難しくありません! 先輩の思考回路がおかしいんです!」
うーん、いちいちリアクションが僕好みだ。
そうだな、いつもテンポがいいんだ。テンポが。
ただ、いつもと違う髪型で、いつものジャージとは違う制服姿で。
だから隣を歩く虎走が、時折、別の女の子に見えたりもする。
しっとりとした夜の空気が今日は心地よく感じる。
「はぁ、先輩の彼女になる人って大変ですね」
「んなことねぇよ。僕は大事にするぜ。もう毎日愛でて、褒めて、撫でて、舐め尽くしてやるぜ?」
「……ノイローゼで死にそうですね、それ」
死なねえよ。っていうか……
「恋ローゼ? なんだそりゃ」
「なんですかオヤジギャグですか? 面白くないですよ」
「いや、ほんとに……」
「? …………先輩、ストレスって分かります?」
「太れ酢? お酢ってカロリー高いのか?」
「ストレスです、ストレス……」
なぜ珍獣を見るような目で僕を見る……。
しかし、最近の若者は横文字をたくさん使ってくるから困る。
日本語でスピークをプリーズだ。
「先輩って悩みとかないんでしょうね」
「あるぜ? メガネっコのメガネは、キスするとき着けたままがいいのか、直前に外して『素顔恥ずかしいですっ』て照れてる方が萌えるのかとか……悩みは尽きない」
「尽きてください、その悩み」
「なんだよ、誰だって悩むだろ、そういうの」
「それは悩みって言いません!」
そう言って虎走は小さくため息を付くが、ふと何かを思いついたように、「あ」と漏らして足を止める。
「先輩、髪型はどうです?」
「髪型?」
僕も虎走に合わせて足を止める。
少し俯き加減に、恥ずかしそうな上目遣いで虎走は、
「ほら、普段結んでいるコが急に髪を下ろしたら……どうです?」
「どう……ってそりゃ……」
そんな風に見つめられるとドギマギしてしまう。
「いや……いいと、思うぞ。なんつーか、普段と違って新鮮っつーか。可愛いっつーか」
「ほんとですか?」
「僕はお世辞は言わない」
「そっか……へへ、ありがとうございます!」
虎走の顔から笑みがこぼれた。
■ ■ ■
また歩き出して少ししたところで、
「あー、来週は試合ですね。緊張するなあ」
と虎走。
「ん? そうだな。ま、いつもどおりの力を発揮するだけだけどな、僕は」
「先輩はいいですよね、自己ベストを割とコンスタントに更新してるし」
それはそうだ。
僕は部活以外にも、毎朝のサイクリングで脚力や風使いの能力も鍛えている。
タイムだって右肩上がり。
「何だ、虎走も自己ベスト狙ってるのか」
「もちろんですよ! 特に今回は願掛けっていうか、絶対に出したいんです自己ベスト。……それをキッカケに、勇気もらいたいなって」
「ふーん、よく分からないけど、何が何でも良い記録出さなきゃって感じか」
「そんな感じです」
虎走は部内の一年女子の中ではトップクラスだし、トラブルがない限り県大会予選くらいなら軽く突破できる実力だ。
ただし今回は自分との戦い、そして風との戦いだ。
「でもお前……プレ……プレッシャー? に弱いもんな」
精神的重圧のことをプレッシャーというらしい。
最先端の外来語だ。
「う……それ言います?」
「もっとどっしり構えろ! 男だろ?」
「女です!」
さすがにボケが雑だったかな?
ともかく、虎走や練習や予選くらいならのびのび走るんだが、大きな大会になると途端に縮こまってしまうメンタルの持ち主だ。
僕とは正反対だな……でっかい舞台ほど、賭かっているものが大きいほど燃えるのが僕だ。
「なあ虎走。もし目の前に『押したら新記録が出せるスイッチ』みたいな物が落ちてたとして、お前はそれ押すか?」
と、興味本位で聞いてみた。
「え、押さないですよ、絶対」
「何で? 誰にもバレないし、不幸が返ってくるとかでもないんだぜ」
「だから嫌ですって。意味ないじゃないですが、自力で走らないと」
「そんなもんか」
「そんなもんです」
そっか。
普通、押すもんだと思ってた。
っていうか僕は押している。
連打だ連打。嵐のような連打。
だってさ、そのボタンを見つける運だって自分の実力だろうに。
「本当に?」
「本当です! くどいですよ先輩。くどいのはマイナスです。――ああ、風見先輩の冒険の書は消えてしまった! がーん」
「マイナスどころか存在すら!?」
いや、冒険の書が消える世代じゃないだろ、お前も僕も。
いくつだ。ファミコン世代か。
そんな風に、内容があるんだか無いんだか分からない話をしながら、交差点のところで虎走と別れた。
ともあれ、後輩のレースに追い風を起こす案は、僕の中で静かに却下された。
■ ■ ■
そして県大会予選の当日。
ほど良い風の中、僕は自己ベストを更新した。
はっはっは、人類如きが風使いに挑もうなどと百年早いわ。
「お〜い、そろそろ帰るぞ。撤収!」
と、顧問の道田先生。二十代後半のまだ若い体育教師だ。
ちなみに、今でも国体選手の現役。
「あれ、あぶみは? 風見先輩、あぶみ見ませんでした?」
一年女子――最近彼氏とラブラブな堂島リエが、どうやら虎走を探しているようだった。
「ん、さあ? 見てないけど」
「……なんか落ち込んでる風だったから……どこ行ったんだろ」
あいつ自己ベスト更新したはずだよな。
重さ、フォルムとも走りに特化した胸部をもって、素晴らしいあいつらしい走りを披露していた。
あれも一つの才能だろう。
「私、探してきますね」
と堂島。
「僕も行くよ。――先生、僕ら虎走を探してきます」
そう道田先生に告げて、堂島と僕は手分けして虎走を探しに行った。
■ ■ ■
しばらく競技場のぐるりを回って、僕達が陣取っていたのとは反対側の、人気のないあたりに体育座りでうずくまっている虎走を見つけた。
やたらとコンパクトに見えるのは、体勢だけじゃなくて覇気がないせいだろう。
しゅんとしているのが見て取れる。
「おい虎走、もう撤収だぞ」
僕の声に反応した虎走は顔を上げた。
「あ、風見先輩。もうそんな時間ですか……すみません、ちょっとボーっとしてました」
目にも声にも力がない。
「何だ具合でも悪いのか?」
「いえ、そうじゃないんですけど、あはは、何でもないです」
強がりを言って立ち上がるが、明らかにいつもの虎走じゃない。
「何だよ暗いな、自己ベスト、出したんだろ?」
「そう……なんですけどね。ちょっと追い風が強かったみたいで。参考記録になっちゃいました」
今日は二メートルに届かない微風だったが、虎走が走るタイミングだけどうやら風が強まったらしい。
それで、公認記録ではなく参考記録。
正式な自己ベストとは世間も、そして何より本人が認めないということだった。
「そのくらい……良いタイム出たからいいんじゃないのか?」
「まぁそうなんですけどね。……私、いざって時に勇気が出ないから。だから願掛け。公認記録で自己ベスト出たら絶対に告白するって、そういうことにしてたんです」
「告白って何の」
「……えっと、その。……好きな人に、告白」
恋か、恋って奴か。
何ということだ神様、僕の後輩は恋をしているらしい。
しかし、というやつだ。こいつはあれだ。
「告白ね……お前、その相手のこと本当に好きなのか?」
「え? こ、答えなきゃいけません?」
「できれば」
「そりゃあ……好きです、大好きです」
目を伏せながら答える虎走。
ちょっとだけ頬が紅く染まる。
「そんなに好きならさ、ベストが出ようと出まいと、告ればいいじゃん」
「いやそれは……それはそうなんですけど……でも一度決めたことですし」
初めは慰めようと思ってた僕の気持ちは、少し揺れる。
「決めたことって……それと相手と、どっちが大事なんだ? うじうじしてっと、他に彼女できるかもだぜ?」
「…………そうですけど」
「お前、卑怯だぜ」
「な、なんですか、急に……卑怯って……」
こいつが誰に告白したいのかは知らないが、これは言ってやらなきゃいけない。
優しくするだけが紳士だっていうなら、僕は紳士じゃなくていい。
「お前、告白しない理由にしてないか、今。ベストが出なかったからってさ」
「そんなことありません! 告白は、したいですもん!」
「んじゃしろよ」
「だからそれは……」
「願掛けすることで、先延ばしにしたかったんじゃないか? んで、ベストが出なくて少しホッとしてるんじゃないか?」
「っ! …………」
図星か。
「本当に大事なものなら、自分ルールなんて破っちまえ。願掛けがうまくいかなくたって、気合でカバーしろ。お前は結局、目の前のスイッチも押せず、自分で決断も下せず、スタートラインに立つ勇気さえない卑怯者なんだよ」
「な…………」
「僕なら押すぜ、スイッチ」
僕は、もう涙目の後輩にまくし立てる。
「僕は欲しいものがあるなら、脇目も振らない。卑怯だろうと反則だろうと、掴み取りたい物があるなら、自分に出来ることはなんでもやってやる」
「…………」
言い返したいけど言い返せない、そんな様子の虎走は黙りこむ。
――ええい面倒臭い。
がしっと虎走の両肩を掴む。
「とにかく! お前、胸に栄養いってねぇんだから、せめて足と頭には栄養回せ! このすっとこどっこい!」
「……な、何ですかすっとこどっこいって……いつの言葉ですかそれ」
「『すっとこ』は裸体のことでな、『どっこい』は何処にって意味で……」
「真面目に答えなくていいです!」
「つまり僕はお前に『裸で何してんだ』って言ったわけでな……」
「それ、今は知りたくない語源ですね!?」
少しは元気になってきただろうか。
「要するに、だ。僕はお前に裸になれって言いに来たわけだ」
「先輩、それだとかなりの変態ですよ……しかも私の肩を抱いたまま言わないでくださいよ」
おや? 違った?
うーん、まとめるとそういうことだと思ったんだが、どこで間違ったかな。
「いま私が大声あげたら、先輩、本当に捕まっちゃいますよ……あはは」
「なに、それは駄目だ! その時はダッシュで逃げる! 追い風の中を走る」
バカな事を言っている内に、ようやく虎走に笑顔が戻った。
ただ、冗談だとは思うが、念のため彼女の肩からは手を離しておこう。
「私の時にも先輩が追い風吹かせたんじゃないですか、もう」
「するかバカ」
「あはは、冗談です」
ふぅと深呼吸をして、虎走は結んでいた後ろ髪を解いて、何かを追い出すように頭を振る。
「分かりました、降参です。……そうですね、私、告白します。そのつもりだったんだし。先輩の変な話聞いてたら、無駄に勇気もらいました。私、スタートラインに立ちます!」
「おう、お前がそうしたいんならそうしろ」
「はい……先輩、ありがとうございます。先輩がいてくれて――良かった」
夕日を浴びながら虎走はそう言うと、僕に向かってにっこり微笑んだ。
今までに見たことない表情に、僕の心臓は早鐘を打った。
この笑顔は反則だ。
虎走は、ぐっと親指を立てて、
「明日、隣のクラスの為末くんに告白します!」
そう言って、もう一度笑った。
■ ■ ■
翌日の月曜日。
試合後のクールダウンということで部活は休みだった。
僕にとっては幸いだった。
試合の疲れは大したことはなかったけれど、なぜだか心のどこかに虚しいもやもやとした塊が居座っていた。
何でだろう、昼に購買で買ったパンも結局半分しか喉を通らなかったし、放課後になってもお腹が空かない。
こういうもやもやを、何という言葉で表せばいいんだろう。
そういえば、虎走から聞いたような気がするけど……。
ふらふらと歩き、いつの間にか自転車置き場まで来ていた。
気のせいか疾風丸の輝きも鈍く見える。
こんな日は早く帰って寝るかな。
と、一年の自転車置き場に二つの人影を見つけた。
後ろ姿の方は見覚えがある。
僕の後輩だ。今日は髪を解いている。
その向かいに背の高い男子。
ポリポリと頭を掻きながら所在無さげに立ち尽くしている。
もしかして。
あのバカ、相手をこんなとこに呼び出しておきながら固まってんのか。
スタートラインには立ったくせにスタートを切れずにいるのか。
例えるなら、位置について、よーい、のところで止まったまま。
幸いというか、僕の立っている位置は風上。
仕方ない。
あいつの嫌いな追い風だけど、今日だけは吹かせてやったっていいだろう。
僕は声を張り上げる。その背中に向かって。
「おいAカップ! 切らなきゃスタートラインの意味ないぞ! どんだ、どん!!」
虎走の背中がビクッと震える。
こちらを振り返り、一瞬だけ、驚いたような怒ったような顔をした。
でもすぐに苦笑いを見せて、告白相手に向き直った。
そこまで見届けて、僕は自転車に跨り帰路に着いた。
風使いだってたまには先輩風を吹かすのだ。
(第2話 風使いと「後輩」 終わり)