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風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

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第17話 風使いと「生徒会」(6)【七不思議編】

『挑む犬』は階段を登り、特別棟へと向かって行った。


「先輩! あいつ――」


 と、風見の背中に声を掛ける空良(そら)だったが、その声は届いたのかどうか。

 今や怒りに燃える風見は、一心不乱に銀色の犬を追いかけていた。


 彼の怒りは果たして、心に決めた『知り合いのパンツは見ない』という誓いを間接的に破らせた『挑む犬』に対してなのか、それとも『三人とも可愛かったなー、下着のチョイスも絶妙! えっとあのコは……』などと、先ほどの一瞬をバッチリ記憶し、何度も反芻してしまっている自分に対してなのだろうか――


 それは誰にも分からない。


 ともかく、三人(二人と一匹)は矢のような速度で渡り廊下を駆け抜け、特別教室が入っている校舎へと突入する。


 すると、前方にゴミ箱を抱えた女子生徒。リボンの色からすると二年生。


『次の獲物は――あのメスだ!』


 犬はさらに加速する。

 銀色の、一条の光となって、前の女子生徒を追い抜く。

 追い抜きざま、犬はスカートの裾をくいっと、自身の鼻で上げてやる。


「えっ? ――きゃああ!」


 敏感に反応した女子生徒が振り向くと、鬼の形相で迫る風見。その顔が、一瞬、にたぁっと緩むのが見えた。

 ……ピンク! とでも言っているかのような表情だった。


「え、えっち!」


 そのまま、手に持っていたゴミ箱を振り回す。

 ちょうど口の部分が地面と垂直になり――まるでスペインの闘牛と、闘牛士が持つ赤いマントような角度になり――風見の頭がすっぽりと嵌る。


「のえぇぇぇぇ!」


 風見は勢い余ってズザザザァ――っと、ヘッドスライディングの姿勢で廊下の端まで滑っていく。

 その勢いに女子生徒は目を回して尻もちをついた。


『ぎゃんっ!』


 風見が滑っていった先で、犬の鳴き声らしき音が聞こえたが、女子生徒にはそれが何なのか、判別することは出来なかった。

 そんな彼女の横を、空良が駆け抜けていく。


「先輩、大丈夫ですか?」

「あいつ――絶っっ対に許さねぇ……」

「追いましょう、さあ、早く」


 空良が差し伸べる手を、がっしと握る風見。


「おう。愛してるぜ、相棒!」


 汗だくの男子二人は走り去った。

 しばらく二年生の間で、『風見と空良はラブ的な関係だ』という風説が流れ、二年B組のとある転校生がよだれを垂らして喜ぶことになるのを、まだ風見たちは知らない。


 ■ ■ ■


「あいつ、ぶっ飛ばす!」


 そう叫びながら風見がヒートアップする横で、空良は空良で、この白熱するバトルに血が滾っていた。

 ちなみに彼には、タッチの差で女子生徒たちのスカートの中は見えていない。


 彼が滾るのはその部分ではなく、風見の折れぬその心。

 ただの変態だと思ってた。いやらしいだけの男だと思っていた。

 しかし今、自身の野望はあるにしろ、生徒たちのために義憤に駆られ、その身を風と変えて走っている。


(なんて熱い先輩だ――! 生徒会にも、サッカー部にもこんな人はいない!)


 風見が計四名のおパンツ様のご尊顔を、ハイビジョン動画並の高画質で脳内に焼き付けていることなど露知らず、空良はそんな風に思っていた。


『挑む犬』を追いかけ三階へ。

 そこで、空良は愕然とする。遠目に見ても、その女子生徒が誰だか分かってしまったからだ。


 天馬(てんま)美津姫(みつき)

 彼の姉だ。


 こちらの足音に早くも気づき、振り返る美津姫。

 銀色の犬は彼女の死角を捉えるように、軽やかなターンで彼女のすぐ背後に付く。


「あれ、爽介くんと……空良?」

「て、天馬!」


 ぎょっとして風見の足が止まる。

 空良もその後ろに続く。


 今、彼らの大事な人の後ろから、銀色の犬が、太もも越しにこちらを見て勝ち誇っている。


「な、何してるんだ、天馬」


 風見の声は震えている。


「爽介くんこそ。……あれ、空良と知り合いだっけ?」


 犬には気づいていない様子の美津姫。

 そう、今、空良たちは死刑宣告を受けている。

 将棋で言うなら、詰んでいる。


(ね、姉さん――!)


 その事実に気づき、空良は絶望の色を浮かべる。


 たとえば、美津姫に声をかけるとしよう。「後ろに犬が!」と。

 そうすれば彼女は振り向く。

 だがきっと、あの犬は、恐ろしい敏捷性で旋回し、彼女に気づかれることなく、スカートをめくって走り去るだろう。


 と、したとき、彼女はどう思うか。

 そう、空良たちが嘘をつき、彼女を貶めたと思うだろう。


 では、ゆっくり近づけばどうか。

 これもマズイ。犬はきっと先ほどの超スピードで美津姫と空良たちを追い抜き、やはりスカートをめくるだろう。

 廊下には三人だけが取り残されて、ジ・エンド。


 美津姫を放置して回れ右。これは最悪だ。

 最愛の女性を置いて逃げるのだ。男としての敗北だ。

 これから先の人生、彼らは一生悔いることになるだろう。


 ゆえに、詰み。


「い、委員会活動だよ、姉さん……」


 どう立ち回るべきか答えを出せずに立ち尽くす空良。


「天馬こそ……なに、してるんだよ」


 風見も声を絞りだす。彼の目が泳いでいるのが空良にも分かった。


「私も委員会だよ、保健委員。先生からの頼まれごと。って、何で二人とも汗だくなの?」

「い、いや~、今日は暑いよな……あはははは」

「そう? 最近の中じゃ、だいぶ涼しい方だと思うけど」


 この会話の間も犬は、敗北者を見る目でこちらを見据えてくる。


(終わりだ……オレたちの負け……)


 空良は心の中でそうこぼしかけた。

 だが、彼は寸前で踏みとどまった。隣で、熱い風が吹き上がるのを肌で感じ取ったからだ。

 チラリと横目で見ると、風見の目が深く静かに燃えていた。


(とうとう僕の天馬に手を出したな……本気で許さねぇぞ、犬!)


 そうつぶやいたように空良は聞こえ、念のため「お前のじゃねぇよ」と胸中で突っ込んでおいた。


 だが風見は、至って本気だった。

 彼は身勝手な人間だ。毎朝、自身の能力を使って卑劣な行為へと走っている。

 しかし、人間誰だって、目に映るすべてを助けられるわけじゃない。その手で救えるのは、ごく一部でしかないのだ。


 でもそれならば、今この瞬間、彼女だけは救ってみせる!


 その思いが彼を突き動かしていた。


 隣に居た空良は、「いやいやいや、あんたが悪い」と突っ込んだ(気がした)。


「甘ぇよ、犬」


 空良にだけ聞こえる声で、風見はそうつぶやいた。


「甘く見過ぎだ、風使いを。いくぜ必捲技(ひっけんぎ)紳士の見えざる手(ジェントルハンズ)』!」


 これは誰にも――風見にしか分からないことであるが、美津姫の背後、つまり犬の目の前に、微かな上昇気流が立ち昇る。

 その風は、美津姫の裏太ももを優しく撫でて、スカートの後ろ半分だけを持ち上げる。空良たちからは何も見えない。


「――うぇっ! やぁっ」


 驚いて美津姫は、スカートを抑えながら咄嗟に振り向く。


 驚いたのは彼女だけではなかった。空良もそうだが、何より『挑む犬』は目を見張った。

 何も、美津姫の可憐なパンツに見惚れたのではない。


 彼は目の前で起こった現象と、向かいで勝利を確信して笑う風見の口元を視界に捉えたのだ。

 

『ば、馬鹿な!』

 

 自身の勝利を信じて疑わなかった銀色の犬は、目の前の光景が信じられなかった。

 しかし、確かに感じた。あの少年が巻き起こした『奇跡』を間違いなく目撃した。


 手も触れずにスカートをめくる技能。窮地にあっても折れぬ心。


 この学校に住み着いて数十年。こんな少年に会ったことはなかった。

 その能力と精神力に脱帽した。 


「な、なんで――犬?」


 目を白黒させながら美津姫が『挑む犬』の存在を認識する。

 途端、銀色の美麗な毛並みを持つその獣は、ごろんと腹を見せて寝転がった。

 彼は、敗北を認めたのだ。


 ただ角度的に、美津姫のスカートを下から覗きあげる格好になったので、彼女はもう一度悲鳴を上げることになった。

 

  ■ ■ ■


 服従のポーズを見せた誇り高き狼を、空良と風見はそそくさと回収して、まだ呆然とする美津姫を残して去った。


(今晩、何て説明しよう……)


 空良は悩みつつも、取り敢えずの達成感に包まれるのだった。


 ■ ■ ■


「さて、どうしてやろうか。煮て食おうか、焼いて食おうか。昔、九州のある地方の武士は戦の最中に野犬を掻っ捌いて食べていたと聞くが。……どう思うかね、天馬屋よ」

「そうでございますね、オレは断然焼き肉派でございますよ、お代官様」

「はっはっは、お主も悪よのぉ」

『きゅ、きゅいん!』


 もはや『挑む犬』はかつての風格を失い、耳を垂れ、しっぽを丸め、やたらコンパクトになっている。

 越後屋ならぬ天馬屋モードだった空良は、つと真顔に戻り、


「いや真面目な話、どう報告しますか」

「ん? 僕はずっと真面目だぞ?」

『きゅ、きゅーーーん……』

「…………」


 空良はあやうく風見と意気投合しかけていたことに気づき、そして彼の異常性を改めて確認し、しばし絶句した後、


「……やっぱり、ありのままを伝えるしか、ないっすかね」

「まぁそうだな。あの会長なら分かってくれるだろ」

「その必要はない」


 びっくりして二人が振り向くと、中庭に生徒会長、那名崎(ななさき)悠一朗(ゆういちろう)が当たり前のように立っていた。


「か、会長? どうしてここに?」

「あれだけ校内で騒げば嫌でもな。おおよそのことは分かったよ」


 いつから背後に居たのだろうか。しかし、彼の眼鏡の下に光る目は、まるで何もかもお見通しだと言わんばかりの色を湛えている。


「それが、いや、そのお(かた)が『挑む犬』か」

「そのお方って……」

『ほう、話が分かる小僧が出てきたな』


 急に『挑む犬』は尊大な態度を取り戻した。

 なんだろう、初対面の相手に対する、『ツン』モードなのだろうか。

 ツンデレ犬? ツン犬?


「ええ。貴方はもう何十年もこの学校に住んでいらっしゃる。これはもう先輩であると言って差し支えないでしょう」

「んなバカな……」


 そんな風に、あの風見ですらいくつか突っ込みたいことがあるようだったが、構わずに那名崎は、


「私は当校の生徒会長、三年の那名崎悠一朗と申します。失礼ですが、貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」


 と慇懃に訊ねる。


『ふん、よかろう。貴様のその態度に免じて特別に教えてやる……と、言いたいところだが、我輩は犬である。名前はまだない』


 どこからインスパイアされてんだよ、と、空良は今日もう何度目かの突っ込みを心の奥底にしまい込んだ。


「なるほど。では所属は? ご職業はおありですかな」


 那名崎は相変わらず、的外れな質問を投げかける。


『ない。フリーである』


 無職じゃん、てか犬だし! そろそろ喉の辺りまで出そうになる突っ込みを、何とか堪える空良。


「では生徒会に入っては頂けませんか。それなりの待遇は用意するつもりです」


 と、那名崎。


「? えええぇっ!」


 ようやく空良が言葉を発するが、それはもう言葉にならなかった。

 会長は何を言っているのだろうか。とうとうおかしく……


「私は至って真面目だが?」


 と、まるで心を読みでもしたかのように、那名崎は空良を一瞥する。


『ほう、待遇とは?』


『挑む犬』は、まんざらでもないように言う。


「衣食住の提供です。まず、校舎の外れ――とはいえ日当たりは良好です――に、住居を建設します。また、食事は三食」

『おやつは?』

「二日に一度」

『うぬぬ……まあよい』


 変なところでケチな那名崎だった。


「冬季には手芸部に羽織るものを用意させます」

『我輩はチェック柄が好みだ』

「伝えましょう」


 こくこくと首を縦にふる那名崎。

 なんだこれは。なんの交渉が目の前で繰り広げられているのか。

 空良は異次元に迷い込んだかのような錯覚を覚える。

 

 隣にいる風見を見るが、何かを深く考えているようだった。


(オレには及びもつかない壮大な事を考えているのかもしれない)


 そう空良は感じたが、実のところ、脳内に録り溜めた今日のハイライトシーンを再生しているだけだったのは、知らない方が幸せだろう。


『よかろう。して、役職は?』

「それなのですが。生徒会はあくまで選挙によって選出されます。今の時期、貴方を正式な役員として迎え入れることはできない。ですので、『臨時顧問』というのはいかがでしょうか」


 あれ、それってオレ(書記)より偉そうじゃね? 空良は漠然とそう思った。


『ふむ、まぁ悪くない。貴様、那名崎と言ったな。貴様とはうまくやっていけそうだ』

「それは光栄至極。僭越ながら、私も同感ですよ。よろしくお願いいたします、顧問」


 そう言って、うやうやしく那名崎は頭を垂れた。

 もう、空良には何が何だかという気分だった。


 ■ ■ ■


 翌朝、登校直後に空良が校舎裏に寄ってみると、すでに犬小屋が完成していた。

 恐る恐る中を覗きこんでみたが、犬の姿はなかった。散歩中かもしれない。

 その役目が自分に回って来なかったことに、少しだけホッとした。


 あの犬は苦手だ。昨夜だって、あいつのせいで姉さんへの説明に四苦八苦したのだから。

 会長も何を考えているんだか。


 朝からため息を吐きながら教室に向かうと、見慣れた教室に人の群れが出来ていた。


(ん、誰だ、あの背の高いやつ――)


 見知らぬ男が、主に女子生徒に囲まれ泰然と佇んでいた。


「む、おう小僧か。待っておったぞ」


 その男子生徒は振り向いて……

「モデル?」同性の空良ですらそう思うくらいの、かなりの美形だった。

 長いが清潔感のある銀色の髪、目鼻立ちは整っており、やや面長だが総じてバランスのとれた相貌。背は高く、一九〇センチ近くあるのではないだろうか。

 目の前まで来ると、空良は見上げなければ視線が合わない。


 細身のグレーのスーツスタイル。ネクタイはせず、胸元のボタンまで開けており、素肌が見えている。首元には黒革のチョーカー。爽やかな香水がふわりと漂う。

 風貌からして、二十台半ばといった雰囲気だ。


 確かに女子たちは騒ぐだろう。こんなイケメンが教室に現れたなら。

 しかし、誰だこいつ……知らないぞ……ん? 銀色の髪?

 と空良が戸惑っていると、スーツ姿の男が歩み寄って来て、


「小僧、昨日は失礼した。これからよろしく頼むぞ」


 優しく頭を撫でられた。頭をポンポンされた。


「は、はい?!」


 思わず飛び退く空良と、黄色い悲鳴を上げる女子生徒たち。

 ちなみにだが、空良も美形な部類に入る。スーツ男のようなキリッとした男前ではないが、二重まぶたの大きな目と持ち前の爽やかさで女子人気も高い。


 そんな二人の朝からのじゃれあい。

 一部の女子生徒は、鼻血を隠すようにしてトイレへと消えていった。


「ど、どちらさまで?」


 空良は恐ろしい想像を振り払うかのように、勇気を出してそう訊ねた。


「我輩だ。名前は……そうだ、那名崎から名をもらった。我輩は銀牙。天川(てんかわ)銀牙という。生徒会臨時顧問にして、教育実習生、ということになっている」


 クラスからどよめきと喜びの声が聞こえてくるが空良は、


「い、犬ですよね?」


 と小声で訊いた。


「然り。しかし、あの姿で日中から校内をウロつくわけにもいかんのでな。人間になってみた」

「なってみたって……」

「それではよろしくな、小僧。昨日のお前は熱かったぞ。またよろしく頼む」


 そう言って銀牙――『挑む犬』は朝の散歩に戻っていった。


 空良に、『シスコン』の上に『年上(男)キラー』、という凄まじい属性が加わり、かなりの期間、女子たちの格好のネタとなったが、ともかく、それ以降『挑む犬』の噂は鳴りを潜め、七不思議のひとつはこうして取り敢えずの決着を見たのだった。


(第17話 風使いと「生徒会」(6)【七不思議編】 終わり)

(「生徒会」編 了)


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