第12話 風使いと「生徒会」(3)【七不思議編】
風見は放課後の廊下を空良と肩を並べて歩いていた。
「とりあえず、どこから回るかな――」
「最近遭遇したっていう一年生のところに聞き取りに行こうと思います」
昼休みの生徒会室ではあの後、もちろん一悶着あった。
風見の突然の生徒会長宣言を責め立てる役員をなだめ、会長の那名崎は、
「もちろん可能だ。OBの方々は未だ部活動などに影響力の大きい人も多い。選挙となれば彼らを動員して組織票を集めることはできる」
と言って風見の提案を一応は引き取ったが、
「ただし、まずは君がそれに足る人物かを見せてもらう。こちらから白羽の矢を立てておいてなんだが、実績を上げてきたまえ。そうすれば選挙支援の件は、私の責任を持って間違いなく果たそう」
と、追加の条件を提示した。
風見は、どうにも都合がいいように言い包められた気もしたが――生徒会長のイスという見返りがあるなら、彼らの言うとおりに動くのもいいだろうと考え、了承した。
部活も委員会活動の一貫ということで休んでも問題ないし、こうして将来の義理の弟(予定)である空良ともお近づきになれるし。
「なんであんなこと言ったんですか」
「ん? 次の生徒会長ってやつか。だって色々と出来そうじゃん。あとは役員を僕好みの女子で固めるとか」
「そんなこと考えてんすか! やっぱりっていうか、なんていうか……」
風見の言葉に頭を抱える空良。
「他の役員だって選挙で選ばれるんですよ、あなたの思いどおりにはなりませんって」
「組織票が集められるんだろ」
「それはあたなの分だけって約束で……」
「あとは交渉次第! 話の分かりそうな会長だったし」
交渉って、と空良。
「大丈夫、空良くんは特別に入れてやるさ。さあ、二人の明るいハーレム計画のためにも、さっさと犬を捕まえようぜ」
「巻き込まないでください! オレを!」
悪評の多い先輩ではあるが、直接話してみたら意外とまともなんじゃないかという空良の淡い希望は、この時点で完全に砕かれた。
この悪評どおりの男が、あろうことか生徒会長にまで上り詰めようとしている。
与えられた使命に反してでも、今のうちに止めるべきではないかと本気で悩んでしまう。
「……気をつけた方がいいですよ」
「何に?」
「三年の神宮院さんは会長と一緒に引退ですけど――土岐司副会長は次期会長の座を狙ってますからね」
「そうなのか。土岐司って……二年だよな。あんま絡んだことないなぁ」
「そりゃあそうでしょう、あなたとは対極の品行方正な人ですからね」
「ひどいなぁ空良くん。僕は真面目さと誠実さだけが取り柄の男だぜ」
この人とは、とことん噛み合わないと頭を痛める空良。
――それに気になっていることもある。
「その……『空良くん』ってのやめてくれませんか」
「でも『天馬』って呼ぶとさ、やっぱり僕はお姉さんの方を思い浮かべちゃうぜ」
「呼び捨てでいいです」
「なんだ! やっぱり僕と仲良くなりたいんだな弟くん、もとい義弟くん」
風見の顔から喜びの笑みがこぼれる。
なにが「もとい」ですか、違います、と否定する空良。
「立場上こうして手を組んでますけど、気持ち的にはあなたとは敵同士って感じなんですから。敵から『くん付け』で呼ばれる筋合いはないってことですよ」
「はいはい、そういうことにしておきますよ~ツンデレ空良ちゃん」
「ツンデレじゃない! ――って『空良ちゃん』!?」
端から見れば仲よさげに言い合いながら、二人は目的の場所、吹奏楽部が練習をしている音楽室の前までやってきた。
■ ■ ■
「ええ、部活中に中庭で一人でフルートの練習をしていたんですけど」
呼び出された女子生徒は二週間前の出来事を二人に語る。音楽室は楽器の音がうるさかったので、少し離れた踊り場で立ち話をしていた。
「いつの間にか白い犬が目の前に居て。びっくりして悲鳴を上げたら……、逃げるでも吠えるでもなく、こっちを見つめてくるんです」
「なるほど。どんな大きさ? 犬種は?」と空良が訊く。
「ん~犬には詳しくないんだけど……雑種かなぁ。大きさは中くらい」
中型の雑種か、と空良は繰り返す。
「それで……あの、馬鹿にしないで欲しいんですけど……まるでその犬に『フルートを吹いてみろ』って言われたような気がして……」
風見と空良の顔色を交互に窺いながら彼女は続ける。
「別に襲ってくるわけでもなかったし、吹いてみたんです、フルート。そしたらその犬も、遠吠えっていうか……ううん、本当にフルートの音色みたいな声で鳴くんです」
「そういう動物の動画とか、見るよね」
「いえ! あんなレベルじゃないんです。私の耳で聞いてもまさにフルートなんです。私が吹くのをやめてもしばらく鳴いてて――」
いや奏でてかな、と彼女は付け加えた。
「その犬は『巧かった』? 吹奏楽部の君から見て」と風見は訊いた。
「巧かった……です、とても」
「君より?」
「……はい、同じ曲を私より巧く」
その後、白い犬はどこへともなく姿を消したということだった。
風見たちは女子生徒に礼を言って別れ、彼女が犬に行き遭ったという中庭へと向かった。
同じ場所に現れるとは限らないが、一度現場を確認してみようということになったのだ。
「どう思う?」
「さっきの話ですか? からかって面白がってるとか、嘘って感じはなかったですけど。たぶん盛って話すようなタイプでもないと思います」
空良は彼女とは別のクラスで、友人の友人という程度の顔見知りだったが、聞き及ぶ範囲での印象を述べた。
「そうだとすると本当に噂どおりだよな、相手の得意分野で『挑んで』『超える』。んで相手が『負けを認めた』ら『どこかへ消える』」
「そうですね。――ちなみに風見先輩の得意分野って何ですか、セクハラ以外で」
空良は歩きながら、そして予め釘を刺しながら風見に話しかける。
「女子にモテるってことかな。いやもう困るんだよなぁ、歩くたびに――」
「避けられるんですよね。風見先輩に聞いたオレがバカでした」
最後まで言わせない空良。
とはいえこのくらいの扱いなど風見は慣れたもので、気にせず会話を続ける。
「強いて言うなら走ることか。陸上部だし。あとは料理かなぁ」
そういえばこの中庭で天馬の手作り弁当を食べた。そのことを空良は知っているんだろうかと、風見は少し気になった。そして、その後の我が家でのアレコレも……。
「へぇ意外ですね。全然イメージない」
――どうやら空良は知らないようだった。
そうだな、知っていたなら今よりもっと敵対姿勢をとっているはずだ。
少なくとも同じように姉を持つ弟の立場として、姉に『ニーハイミニスカメイド姿』を強要するような男となんて、会話を交わしたくもないはずだ。
知らぬが花――風見は黙っていようと心に決めた。
しかし中庭と言えば、ここは昼休みには生徒でいっぱいになるはずだが、『挑む犬』の騒ぎになったという話は聞かない。
さっきの彼女の話にしても、これまでの噂話にも、そういえばもう一つ共通点があるのではと思い至った。
「なあ空良。もしかして『挑む犬』って『一人のとき』にしか現れないとか」
「え……それは。確かに複数人での目撃情報って……聞いたことないですけど」
空良はいくつかの噂話を頭の中で反芻してみたが、どれも一人での目撃という話だった。
「だから噂の域を出ないってのはあるかもな。いくら体験談を話したところで、周りが信じてくれないとか」
「まぁ、証人がいなければ……普通そう思いますよね」
空良はそう言いながら、また、七不思議を解明しようと動いている立場でありながら、『挑む犬』の出来事については信じきれない自分がいるのを感じている。
役員として、あるいは会長への忠義の手前、『間違いなくあるもの』というスタンスを表面上はとっているものの――。
しかし、噂話を頭から信じるとすれば、七不思議や怪談というよりも、もはや妖怪じみている。吹奏楽部の彼女が嘘をついていなくても、単なる思い込みのようなものじゃないかと疑っている。
「風見先輩はどこまで信じてますか、この話」と切り出す空良。
「もちろん全部だぜ。さっきの子、嘘ついてなかったろ。空良もさっき言ってたけどさ」
あっさり『信じている』と言い切る風見。
「そうですけど……それと信じれるかは別問題ですよ」
「別じゃないよ、同じだよ。あの子があるっていうんならあるんだよ」
「なんでそんなに――」信じれるんですか、と空良は問うた。
そんな単純に割り切れるものなのかと、なぜそんなに簡単に信じれるのかという、率直な疑問だった。
しかし、風見は何でもないように答えた。
「僕はすべての女の子の味方だからな。信じると決めたら信じるのさ」
それに――。
「美少女と巨乳には目がないんだよ。あの子も僕の生徒会に入ってもらおうかな……」
空良は、本当に余計な一言が多い先輩だなと、がっくりと肩を落とした。
(第12話 風使いと「生徒会」(3)【七不思議編】 終わり)




