第10話 風使いと「面接」
「……ふぃなふぁんって、おほづふぁいわ……」
「キノ、ちゃんと飲み込んでから喋りなさいよ」
僕の隣で小さい口に目一杯(口一杯)の白米を詰め込んだまま、穂々乃木が何やらふがふがと美山に話しかける。
注意されて、必死にアゴを動かしながら少しずつ飲み込んでいく小柄な女の子。美山も蕨野もそれを根気よく待ってやる。
「……んぐ。あ、ごめん……ええっとね、ひなたちゃん、お小遣いはいくら……もらってるの?」
僕の目の前に座る美山は答える。
「五千円だよ。携帯の基本料は別に親に払ってもらってるけど……」
「バイトできないもんね、私たち」
美山の隣に座る蕨野が相槌を打つ。二人は野球部のマネージャーに日々精を出しており、放課後にバイトなんてする余裕は無い。そしてそれは陸上部に所属する僕も同じだ。
「そっか、うん……」
「どうしたのキノちゃん、お小遣いがどうかした?」
と、子どもにするように優しく尋ねる蕨野。
「え、ああ、あの……ほ、欲しい物とか、みんなどうやって買ってるのかなっ……て」
下を向きながら目をキョロキョロと動かす穂々乃木。
ここのところの彼女は髪型を変えている。転校してきたばかりの頃は無造作に伸ばしたセミロングで、長すぎる前髪を蕨野からもらったヘアピンで抑えているだけの髪型だった。
その黒髪を今はツインテールに結んでおり、頭を振る度に左右の角がピコピコと揺れている。ちなみにピンクのヘアピンは健在だ。
ともすると、小さな子どもやアイドルくらいにしか似合わない髪型だが、もともと小柄で幼さを残す顔立ちの穂々乃木には怖いくらいにマッチしている。
いや、『怖いくらいに似合っている』というより、『似合いすぎているから怖い』って感じだろうか。気を抜くと小学生が隣に座っている錯覚を覚える。おどおど話す仕草も、子どもっぽいといえば子どもっぽい。
いくら僕でも、そんな彼女に変なことは言えない。
「穂々乃木、お兄ちゃんが買ってあげよう。今度ウチに遊びに来なさい」
「そっち方面にまで行ったら風見くんともとうとうお別れだね~」
それは『絶交』的な? 『退学』的な? それとも『檻の中』的な意味かな、蕨野さん。……まさか『死別』的なニュアンスではないですよね。
僕へのツッコミを完全スルーして美山は穂々乃木との会話を続ける。寂しいことするなよ僕のライバル。
「私、あんま物欲ないからなー。お年玉をストックしといて使うくらいかなぁ」
「……お年玉、……もう使っちゃったな」
「どれどれ、僕がお年玉と素敵な初体験をプレゼントしてあげよう。さぁ、こっちにおいで」
「割り込んでくんな! 年中正月ボケ男!」
我慢できずに突っ込む美山。そうだ、それでこそお前だ。ありがとう、僕もボケた甲斐があった。ボケっていうか半分本気だけど。
教室でのいつもの弁当風景だ。女子三人に対して男は僕一人。紅一点ならぬ黒一点。その熱さはまるで黒点と言ってもいいだろう。
「キノちゃんは何が欲しいの?」
「あ……ええっと、フィギュア、新しいの……」
「あ~また趣味のやつ? キノ本当に好きだねぇ」
カップリングフェチという、真っ当なようだがよく聞くと変わった嗜好を持つ穂々乃木 希乃。
その原点は子どもの頃のお人形さん遊びらしく、その延長線上でジャンル問わず幅広いフィギュアを集めているらしい。もっとも、資金源が乏しいので大した数ではないらしいが。
蒐集家というよりは実際に『使って遊ぶ』実践派なので、同じフィギュアを保存用として余分に購入するといった贅沢な集め方ではないようだが。……フィギュアの実践派ってなんだよ。
「じゃあバイト探してるんだ」
「……う、バイト……したことなくて……苦手」
「そうだろうな、穂々乃木がレジで接客してるとことか、想像つかないもん」
おどおどして上手く喋れないか、公衆の面前で性癖を露わにしてしまって客に引かれるかのどちらかだろう。普段は無口なくせに、話し出すと周りが見えなくなって止まらなくなるタイプだ。
バイト先のような、日常では目にしない物に溢れかえった空間に穂々乃木を放り込んでしまったら、妄想が止まらなくなるに決まっている。
さっきだって、弁当を食べながら箸の先っぽをカチカチとくっつけたり離したりして、不穏な笑みをひとり浮かべていた。
何を妄想しているのか、うっかり尋ねてしまうと食欲が大いに削がれる場合が多いので、少なくとも全員が食事を終えるまでは、こうした奇行を無視することが僕らの中で暗黙の了解になっている。
「ひ、人前に出ないでいい……バイト……ないかな」
「うーん、ス―パーのバックヤードとか、探せばありそうだけど……キノの場合、客の前っていうより人の前に立つと上がっちゃうからなぁ。自宅で出来る系がいいのかな」
「でもそういう内職系ってコスパよくないよね~、かけた時間の割に実入りが少なかったり」
「う、うう……」
僕も基本は部活ひと筋だし、出来るアドバイスも知れてるんだよなぁ。
ちなみに、我が嵐谷高校はバイトを禁止していない。部活動や学業に支障が出ない常識的な範囲内でオーケーという緩めな校則だ。
「かざみんは、バ、バイトしないの……?」
僕に対してかなり砕けてきた穂々乃木は『かざみん』というあだ名で僕を呼ぶ。
ハードボイルドな二つ名で呼ばれることはあっても、こんな可愛らしいあだ名で呼ばれることは少ないので何だか嬉しい。
「僕も陸上部があるし……あ、夏休みに面接には行ったんだけど。練習半日だけだったし」
「どこに……?」
「近所のコンビニ」
いつだったか僕が強盗を撃退したコンビニである。
我が家と学校を結ぶ通学路(ちなみに僕は普段この道を通っていない)のちょうど中間地点にあるコンビニだ。
強盗相手に暴れた事件(結局僕だとはバレなかったが)もそろそろ時効だろうと、バイトに応募してみたのだ。
「へぇ、風見がバイトね。どうせ面接で落とされたんでしょ」
「げ、何で知ってんだよお前」
「うわ本当に落ちたんだ。どうせバイトの女の子に色目使ったとかでしょ」
「ちげーよ、僕だってそのくらい弁えるさ」
「が、学校では弁えないのに、ね……」
このクラスや学校に慣れてきて喜ばしいことなのだが、穂々乃木にまで突っ込まれ出したら、そろそろ本格的にまずい気もする僕の生活態度。
「面接とかしっかりやりそうなのにね~」
「蕨野だけだよ、僕のことを分かってくれるのは……」
「……ど、どんなだったの?面接……」
やけに穂々乃木が食いついてくるな。
ああそうか、大概のバイトには面接試験があるだろうから、客前だの人前だのの前に、採用されるかどうかが心配な訳か。
こりゃあ僕だけじゃなくこの子の病巣も深いな。
来年には、進学するにせよ就職するにせよ何らかの試験が待ち受けている訳だし、僕たちの場合はより早くから準備をする必要があるかもしれないな。……マンツーマン、二人っきりで。手取り足取り、腰を取り。
「か、かざみん……また、目が怖い……」
本能的に狩られる恐怖を感じ取ったのか、穂々乃木は兎のような動作で僕から距離を取った。
「僕という人間がが偉大すぎて店長が遠慮したんだろうなぁ。こんなところで埋もれているような人材、いやさ人財ではない! ってな感じでさ」
「あえて言うなら人罪でしょうよ」
美山は、もうこちらを見ることもなく弁当に箸を伸ばした。
しかし実際のところ、なぜ落とされたのか心当たりがないのだが……。
■ ■ ■
「はいはいただいま~っと。店空けてごめんね。いや~外は暑いね」
ハンカチで額の汗を拭いながら、レジにいるバイトさんに声を掛ける。
七月ともなると本格的な夏だ。コンビニ内は涼しいけれど、むしろ老骨にこの温度差は堪える。
「おかえりなさい店長。あ、バイト志望の学生さん、さっき来たんで裏に通してますよ」
「げ、もうそんな時間かい。しまったなぁ」
そうか、もう面接の時間だったか。約束の時間まではあと二、三分あるが、そりゃあ時間までには来るよな。
電話で聞く限りは近所の嵐谷高校の生徒さんらしい。電話口ではハキハキして礼儀正しい雰囲気だったし少し期待している。
最近はコンビニ業務も多岐に渡るから、物覚えが早くてコンピューターに苦手意識のないバイトさんだと助かるんだけども。
「おっと、あまり待たせちゃ悪いな」
私はバックヤードにある事務室へと向かう。扉を開けると、パイプ椅子に座る学生服の少年が目に入った。こちらに気づくと立ち上がって礼をしてくる。
「待たせてごめんね。ちょっと外出しててね。気にせず掛けてください」
「はい、本日はよろしくお願いします」
再度頭を下げて、私が向かいに座るのを待ってから着席する。
最近の若者は……なんて論調ですぐに若者を槍玉に上げる大人も多い世の中だ。
大局的に見てどうなのかは私には分からないが、こういう場面でひとりひとりと向き合うと、よほど今の若者の方がしっかりしているんじゃないかと思い知らされる。
私は他人の『良いところ』や『美点』を見つけることこそが、自分と相手の人生を豊かにすると信じている。
先入観や思い込みなんてものは排除しなければ、時代からも人からも取り残されると思うのだ。
「早速始めますね。えっと履歴書は……」
「はい、こちらです」
差し出された書類にざっと目を通す。
「じゃあここにも書いてあるけど、簡単に自己紹介お願いできるかな」
「はい。風見爽介と申します。嵐谷高校の二年生です――――」
喋り方も悪くない。
「バイト経験はあるの?」
「いえ、面接を受けるのもこれが初めてです」
初めてにしては慣れた感じだ。あまり緊張もしてなさそうだし。レジに立っての接客も大丈夫そうだな。
「趣味……じゃなくて特技か。特技に『人間観察』ってあるけど、どういうことを観察するのかな」
「はい、見ただけでサイズを当てられます」
「サイズ?」
サイズとは何だろう。器の大きさみたいなことかな。人間のサイズ。
「ええ、まぁそれだけでは特技とは言えないですよね。内面まで妄想……いえ推察しています」
「内面か……コンビニも色んな人が来るからね。マニュアルも大事だけど、相手の喜ぶことを観察して、先読みして接客するのも大事なんだよ。出来そうかな」
「はい! お任せください」
部活動をしているらしいので、働ける期間やシフト頻度などをひと通り確認した。
うーん、やっぱりもう少し長期間入れてシフトに融通が利く方がいいんだけど、受け答えもしっかりしてるし、体力ありそうだし、いい子なんだよなあ――
「おや? 経歴のところに、『ほか称号多数』ってあるけど、これは何かな」
「ええ、僕には称号が百十三個ありまして。日々増えています」
「称号? ええっと、よく分からないんだけど資格みたいなものかな?」
「資格とは少し違います。そうした汎用化されたものとは違い、これは僕固有の呼び名ですから。あえて言うなら、資格ではなく人格でしょうか」
要するに……どういうことなんだろうか。
「具体的に教えてくれるかな」
「具体的にですか、分かりました。称号とその由来を簡単に申し上げます。
では一つ目から順に。小学生の頃、一人きりの生誕祭を迎えた僕を人はこう呼びました。『負けるが勝ち』」
ルーザー? 敗者って意味に聞こえるが……
「後はそうですね――最近は、何を投稿してもSNS が炎上することから『消えない炎』と呼ばれています」
んん??
「どんどん行きますね。
牛乳の早配り『街のミルク売り』
清く正しく逆らわず『正奴隷』
押入れの深い闇『漆黒の楽園の騎士』
お菓子で釣るぜ『幼稚買収』
ニーハイミニスカメイド『最萌セット』
漆黒の夜空は僕が守る『黒聖夜』
墓参りは欠かさない『冥府の境界に立つ者』
頼りになったりならなかったり『曖昧な巨木』
優しく包み込む『鼻噛紙』
下ごしらえの鉄人『全ての食材の断罪者』
いつだって学級会の主役『吊るされる男』
唱える案は破滅的『新企核』
好きなあの子は蜜の味『最愛の舐め笛』
僕はだいたいピッコロ役『英雄もどき』
ちゃんと洗わない『放課後の雑巾』
禁忌に踏み込む『学校の個室』
包丁いらずの料理人『刃の魔術師』
登下校はいつも一人『乗らない荷台』
手がつけられない暴れん坊『酔賊感』
超人降臨『背中合わせの体操帽 』
気配を自由に消せる『陰消操作』
魚は骨まで食べる『竜喰らう者』
メジャーよりも正確『人間測定』
届かないコミュニケーション『全天候型疎通不全』
旬を逃した男『温めの麦茶』
通学路には気をつけろ『刹那に生きる紳士』
背中を押して突き落とす『追い風』
いたずら好きのひょうきん者『閉ざす者』
息継ぎ不要の『密閉酸素』
女神限定『神殺しの裸締め』
僕が平均『胴長短足』
一度死んで勝ちを狙う『外野の射手』
油断を誘って首を取る『手振りの炭酸』
マンガの読みすぎ『渇いた親指』
借りたゲームは返さない『略奪者』
禁断の果実を語らう長電話『愛電話』
屋外イベントに呼んで下さい『聖骸布の青』
トンネル開通まで責任持って『砂場の築城士』
当代無双『世界で唯一にして最強の風使い』
世界のどこへもあなたを守りに『エアバックパッカー』
透かして見るぜ『業夏の奇跡』
ルール無用の困った男『五歩進む無法者』
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ウケなくても止まれない『摩擦のない滑り台』
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善も悪もすべて飲み込む『晴天の曇天硝子』
公明正大な審判者『中立の調律』
夏休みデビュー『夏を超える風』
絵は苦手『図画の痛み』
波風立てる迷惑屋『火に油と火打ち石』
以上の百十三個です」
息継ぎもせず少年は言い切った。肺活量や記憶力は凄まじいが……いやいやいや、そういう問題ではなくって……いやええっと?
「え?」
「はい?」
「だから、え?」
「はい? 聞き取れませんでした? ではもう一度……」
「ストップ! いい! もういいから!」
何だ……最近の子がおかしいのか、彼がおかしいのか、それとも私がおかしいのか。そんな涼しい顔をされたら自信がなくなってくるじゃないか。
ええっと冷静になってみようか。悪い子ではない、はずだ。
「ゲ、ゲームか何かの話……なのかな?」
「ゲーム? 何をおっしゃいますか。全て現実です。ゲームや漫画のような仮想現実の話ではありません。
ましてや、低俗な学園バラエティ小説の中の話では断じてありません。生身の人間、飾らない僕自身の話です。お好きな二つ名で呼んでくださって結構ですよ。で、僕はいつから出勤すればいいですか?」
私は少年に告げた。
「結果は……追って通知します」
■ ■ ■
「か、かざみん……おうちに行ったら……お小遣いくれるの?」
「もちろんさ! お金を稼ぐとはどういうことか一緒に体験しよう」
「くどいっ! キノも本気で乗らない!」
あっぶね!
美山のヤツ、箸で眼球を狙って来やがった。この目が潰れては少女を愛でられなくなってしまう。
「なんだかさ、三人を見てると家族みたいだよねぇ」
弁当を一番に食べ終わった蕨野が、呑気に笑いながら言う。
蕨野が持ってくる弁当の量は、男の、しかも体育会系の部活に所属する僕よりもずっと多いのだが、大食いの上に早食いの彼女は、軽く素早く胃袋に収めてしまう。
「はぁ? 家族? 雪絵やめてよね!」
「……ど、どんな風に?」
穂々乃木がちらりと蕨野を窺う。
「だってほら、風見くんがお父さんで、ひなちゃんがお母さん。キノちゃんは二人の愛娘って感じかな~」
幸せそうに目を細める蕨野。
「ちょ、冗談はやめてよね!」
「まぁまぁ母さん、そうカリカリしなさんな」
「乗るなバカ!」
「……ママ、あんまり怒るとシワが増えるよ……」
「キノも! しかも微妙に嫌なフレーズを!」
美山は三人のいい玩具になりつつある。
「……え、えへへ。ママと、パパと……うふふ、愛人もいるし……」
「あ……愛人って私かな、キノちゃん……」
まずい、穂々乃木の暴走が始まったらしい。蕨野が引き始めた。
彼女の中でいつの間にか僕と美山と蕨野でドロドロの三角関係が構築されつつある。されつつあるっていうか、もう行き着くところまで行き着いてしまっているのかもしれないけれど。
「穂々乃木、愛人契約を結べばお金をもらえるかもしれないぞ」
「え、愛人、……いいな」
「よし、じゃあ僕のことはお兄ちゃんではなく『パパ』と呼びたまえ」
「そこに戻んな!」
バイト問題は何一つ解決しないまま、四人の昼休みは過ぎていった。
(第10話 風使いと「面接」 終わり)