第9話 風使いと「生徒会」(1)【七不思議編】 ※ロゴあり
彼らに残された時間は二ヶ月しかなかった。
窓には外光を遮るカーテンが張られ、電灯すら点いていないその部屋は、昼間だというのに暗闇が支配する重苦しい空間だった。
目をこらさなければ互いの表情も確認できないような暗がりの中、一人の男が自らの案を後押しするように告げた。
「会長、もはや強硬手段に出る外ありません。ご英断を」
静かだが、不退転の決意が宿った声だった。発言者の対面に座る、長髪の女性も追従する。
「わたくしも土岐司副会長の意見に賛成ですわ。もはや猶予はございません」
腹心である二人から水を向けられ、コの字型に組まれた会議テーブルの頂点に座る、会長と呼ばれた男がおもむろに口を開く。
「私もその案に乗ることは吝かではないが……」
即断即決を旨とする彼にしては、珍しく決めあぐねているようだった。男は顔の前で指を組んだまま、目だけで他の三人を窺う。
暗がりの中にあっても、男を注視していた彼女たちはその表情を見逃さない。発言を許すかのようなその視線に促され口を開く。
「あたしもイイと思うけど。っていうか、それしかないんじゃない、実際」
「私は……会長がお決めになられたことには、間違いはないと思います」
ぞんざいな風に言う平と、主体性なく言う国府村。目上の二人の発言を待っていた唯一の一年生である天馬 空良が、強い調子で言う。
「やりましょうよ会長! 那名崎会長はこんなところで終わっていい人じゃない!」
那名崎はこの場に居る六人の合意が成ったと見て、パイプ椅子の背もたれに体重を預け天井を見上げた。少し考えた後、視線を正面へと戻し、重大な決断を下すとき彼がいつもするように紅茶のカップを手に取って一口含む。
どの道、残りの期間で達成可能な事柄は限られている。即物的なやり方は好まないが、この期に及んでは致し方ないか、と諦める。
「承知した。生徒会としてこの案件を進めよう。責任は全て私が追う。諸君らは情報収集と『駒』の確保に動いてもらいたい」
決して大声ではないが、よく通る那名崎のその言葉に神宮院が応える。
「かしこまりましたわ。――ご安心ください、『駒』の目星は既に付けてありますわ。天馬書記」
「はい、お任せください!」
空良は立ち上がり満面の笑みを見せる。その隣に座る平 実花穂は、頬杖をつきながら若く燃える双眸を仰ぎ見て口元を歪める。
「はっ、何が嬉しいのよソラ。相手は『あれ』だよ? あたしなら絶対関わり合いたくないね」
「それはオレだって同じですよ。吐き気がする。でも、会長のお役に立てる喜びの方が勝るんですよ!」
やってられないわと悪態をつく平だが、実のところ彼女だって会長への忠義の気持ちは空良にも負けていない。ただほんの少し、素直な感情を表に出すことに抵抗があるだけだ。
「よし、そうと決まれば根回しからだ。情報操作……ではないな、広報活動も必要になるだろう」
場を制すように土岐司が発言し、副会長、書記の役職を冠する皆が頷く。那名崎は彼らの様子に満足し、目を細めて二口目の紅茶に口を付けた。
そんな彼らの空気を壊すように、無遠慮に部屋の扉が開かれた。廊下からの光が急に差し込み、暗闇に慣れた目に突き刺さる。
扉からは夏服に身を包んだ男子生徒の横顔が見えた。
「おーい、ここ使おうぜ! 鍵もあいてるみたいだし……って、あ」
廊下に向かって声を掛けていた男子生徒は、暗い部屋の中に人影を認めて動きを止めた。
「あれ、使ってたんすか、すんません」
「君! ここをどこだと思ってるんだ。生徒会室だぞ!」
闖入者を睨みながら空良が声を荒げる。相手は上級生かもしれないが、最低限の礼節も弁えない者に対しては強く当たるべきなのだ。
「生徒会? そんなのあったっけ? まぁいいや。――ここダメだってよ。ほか行こうぜ、ほか」
男子生徒は悪びれるでもなく、友人と何やら大声で話しながら生徒会室から去っていった。
「おい、ドアを閉めていきたまえ! ったく。何考えてやがるんだ」
ぼやきながら空良は開けっ放しの扉を閉める。入口に背を向けた途端、再度、閉めたばかりの扉が外から開かれる。
「……っな、また!」
怒鳴りかけて、天馬は踏みとどまる。今度の闖入者は長身の女性。この学校の教師、高座山だった。一体何の用だろうと身構える。
「何やってるの、電気も付けないで。そろそろ昼休み終わるわよ」
呑気な声を生徒会役員に浴びせながら、高座山は電灯のスイッチをオンにする。
「わわ、ちょっと……」
空良だけでなく、那名崎を除く面々が慌てる。
「なんだよ、電気つけちゃまずかった? うわ、カーテンまで閉めて、何してるのよ」
「いえ、ですから……暗くしないと雰囲気出ないじゃないですか!」
不思議そうな顔をする高座山に空良は食って掛かったが、彼女は気にも留めない。
「もう、馬鹿なことやってないで、教室に戻りなさい」
手にしていた教科書で空良の頭を軽く叩く。痛めつけようという意図はなかったので、振りかぶりもせず、軽く乗せたという程度だ。
「せ、生徒会の活動なんです!」
「ん? 生徒会? ……あぁ、生徒会ね。えぇっと、活動してたのね。ま、続きは放課後やりなさい」
生徒会という言葉にもその活動内容にも特に強い関心を持たず、じゃあねと言って、彼女は廊下へと消えていった。
「せ、先生にまで知名度が……」
「気にすることはありませんわ、天馬書記。凡百にわたくしたちの高尚な志を理解させることは、とても難しいことでしてよ」
「その結果がこの有り様なんだけどねー」
「会長の素晴らしさは……きっと伝わってます!」
電灯の眩しさに目が慣れ始め、緊張感も抜けていく役員の面々。
すると三度、扉が開けられた。そこには、彼らが『駒』として据えようとしていた男子生徒が立っていた。六つの視線が、彼へと注がれる。
「どうも、風紀委員でっす。何だか怪しい人たちが居るって言われて来てみたんですけど。――あ、女子のカップ当て大会なら参加したいです。揉まずに当てますよ、僕」
二年B組所属、風見 爽介が生徒会室に現れた。
(第9話 風使いと「生徒会」(1) 終わり)




