第1話 風使いと「通学路」
「フンフンフンフン~フンフンフン~……」
青い塗装のママチャリは、追い風を受けて軽快に進む。それは、制服が夏物に切り替わった六月初めのこと。
僕――嵐谷高校二年生の風見爽介は、朝日が照らす河川敷で自転車を漕いでいた。学校へと向かう途中である。
すると前方から、夏服姿の女子が自転車に乗ってきた。他校の制服だ。
ひらり。
スカートが舞う。
青。
僕はしっかりと目に焼き付けた。
「フンフンフンフンフン~♪」
そりゃあ鼻歌も弾む。
橋を渡って、反対側の堤防をさらに走る。別の女子とすれ違うとき、いたずらな風が、またもフワリとそよいだ――ピンクだ。
僕は何食わぬ顔で通り過ぎる。
商店街のほうへ向かう百メートルくらいの間に、また三人。
緑と黒と紫。
色とりどりの花々。
どれを見ても綺麗だ。美しい。最高。
――さて、突然のことで申し訳ないが、僕は『風使い』である。
世界で唯一にして最強の風使い。それが僕だ。去年の夏休み、ひょんなことがきっかけでこんな特殊能力を授かったあと――僕は色々な実験を試み、そして気がついた。
「あれ僕、無敵じゃね?」
そう、凄かった。
目の届く範囲であれば、どんな風でも思いのまま、思いつくままに自由自在なのだ。猛烈な上昇気流で雨雲を吹き飛ばしたり、スカートの裾にそよ風をお届けして、幸せな気分に浸ったり。竜巻や真空だって作り出せる。
能力の発動に条件なんてないし、制限もない。フリーダム。
何かを得れば何かを失う――みたいなこともなかった。
たとえば僕の日常に、『風使い』を狙う謎の組織は現れないし、ライバルの異能者が立ちはだかることもない。異世界に飛ばされるような気配も、今のところ感じられない。
……まあだから、僕の通学路はこんな感じなのである。
本来のルートを外れて、街中をぐるぐると彷徨いながら獲物を探すのだ。
何のため?
――パンチラのためだ。
ん? そんな面倒なことしなくても、学校に行けばやりたい放題じゃないかって?
馬鹿な。
それは変態の思考回路だ。僕は違う。僕は紳士だ。
知り合いのスカートをめくることなど、僕にとってタブーなのだ。あれはもう、姉さんのスカートと同類だ。罪悪感っつーか、見ても残念な気分になるだけだ。
もちろん僕は、校内の女子全員とお知り合いではない。
けれど、いつかはお近づきになりたい。ハーレムを築きたい。であるならば、やはり校内でのスカートめくりは自粛すべきなのだ。
本来、家から学校までは自転車で十分ちょっとで到着する。しかし僕は、ルートを変えて同じ高校の女子を避け、敢えて遠回りをする。より多くのスカート様に出会うためには、そのくらいの努力は必要なのだ。
そのために僕は、早朝六時に家を出る。
校門をくぐるのは八時。
つまり、二時間掛けて僕は毎日の犯行――もとい、日課をこなしているのである。
そう、風使いの通学路とは、かくも厳しいものなのだ。
(第1話 風使いと「通学路」 終わり)