表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風使いの僕は学園ライフをこうして満喫する  作者: タイフーンの目@『劣等貴族|ツンデレ寝取り|魔法女学園』発売中!
「高校2年2学期」の風使い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/96

第8話 風使いと「スリッパ」(4)

 そこからの攻防は、一進一退になった。

 僕のサーブをカットで返す天馬、僕はその回転を殺しきれず失点。

 天馬は更にサーブで引き離しに掛かるが、返す僕。


「やあっ!」

「はあぁっ!」


 それすらも彼女を崩すには至らなかったが、必死に喰らいつき、一点を取り返す僕。

 そこから、二連取して、四対四。


「お前がここまで熱い女だとは思わなかったぜ!」

「私は思ってたわ、爽介くんは誰にも屈しない男だって……!」 

「そうかよ。でもお前には膝を折ってもらうぜ、メイド服に身を包んでな!」

「ダメよ、聖なる衣装に(くる)まれた爽介くんを私が可愛がってあげるんだから!」


 五―六、七―六、と、目まぐるしくシーソーゲームは続けられていく。

 体力の限界など、とうに超えていた。二人とも相手に、そして己に打ち克つという精神力のみに支えられて対峙している。

 そして、お互いがお互いの潜在能力を引き出し際限なく高め合っていく。


「な、なんて戦いだよ、これがホントにスリッパ卓球かよ?!」


 審判をしている柏谷(かしや)も思わず漏らす。


「先輩、私、涙が止まりませんっ!」

「ずっと、……オレずっと見ていたい、この二人の戦いを……!!」

「この場所を守り続けてきてよかった……。きっとこれまでの歴史は、今日この日のためにあったんだ」


 スリ(たく)の他のメンバーも口々に感動の言葉を漏らす。

 ――まだだぜ、まだ最高潮(クライマックス)はこれからだ。

 僕が勝って終わる、それで初めてこの一戦は伝説になる……!


「うおりゃあ!」


 気合一閃、僕のスマッシュが決まり、十対十。

 とうとう、僕たちの戦いは最終局面を迎えた。


 ■ ■ ■


「さて、僕はこのサーブで終止符を打つぜ。悪いな、天馬」


 デュースなしのこの試合、現在互いに十点なので、泣いても笑ってもこの一球が最後の決着となる。


「もう勝った気でいるの?  随分と気が早いのね。私なんてようやく体が温まってきたくらいなのに。スロースターターって嫌になるよね」

「へっ、言ってろ。暑いんなら下着にでもなってろよ」


 お互い既に肩で息をしていた。Tシャツ一枚とはいえ、僕は汗だくだ。

 正直なところ、この一発を決めた後、立っていられる自信がない。

 僕は霞みそうになる視界をぶんぶんと頭を振って正常に戻し、天馬に言う。


「決着の前に言っとくぜ。――ありがとうよ、天馬!」


 全力を尽くし戦ってくれた好敵手に礼を言った僕は、最後のサーブ、左手に持った球を宙に浮かべ、渾身の一振りを繰り出す。


「いくぜっ!『二者択一の死箱シュレディンガーナックル』!」

「――なっ!?」


 最後の最後まで取っておいた無回転のサーブ。

 天馬のコートにワンバウンドしたそれは、ブレながら『もう一本』の球筋の幻影を作り出す。

 右に跳ねる球と左に跳ねる球。分身と本体。

 さあ天馬、どっちを選ぶ!!?


「――どちらも、叩くっ!」


 天馬の一喝。

 ――これまであり得ない光景が目の前で繰り広げられてきたが、今僕が目にしているのは、一番あり得ない!

 天馬は、同速度の二つの球を、同時に打ち返す(・・・・・・・)!どうやってスリッパに当てたのか、目で追うことすらできなかった!


 そして、本体の方、僕から見て左に跳ねたその球が、僕のコートに打ち返される。

 しかし、先ほどまでの球速と比べれば随分と遅い。これをドライブで返して、天馬を沈める!


「球筋が、乱れてるぜっ!」


 腰を落とし、後ろに開いた右足にグッと力を溜める。

 僕のコートにボールが落ちる。溜めに溜めた力を開放して、ぶつける。

 と、ボールは机と机の段差に当たり、僕の予測点から大きく右に逸れる。

 ――イレギュラーバウンド!!


「しまっ……!」


 いつの間にか大竹先輩のアドバイスが頭から抜けていた。予測に頼るなというその助言が。

 予測外のバウンドに対し、一撃で決めようとしていた僕の体勢が崩れる。

 必死で右に横っ飛び、手を伸ばすが届かない。

 まさか天馬、これを狙ったのか!? 天馬の顔を視界の端で捉える。口元には、微笑。

 大竹先輩が叫ぶのが聞こえた。


「終わったっ! どうやっても届かない!」


 そうだ、確かに届かない。

 だが、終わりじゃあない。

 僕は、右手に握ったスリッパを『投げる』!


 打球の方向へと放り投げられたスリッパは、空中でボールとランデブーする。

 接触するその瞬間、『風使い』の能力を発動。イレギュラーバウンドのせいで威力の弱まった天馬の打球は、僕の風で回転を上乗せされ、打球を放った主の元へと帰る!


「残念だったな、天馬! 『舞い戻る閃光(リターンドライブ)』!」


 反射させたピンポン球が天馬のコートの深い部分に突き刺さる。

 勝利を確信していた天馬は反応できない――はずなのに!


「信じてた。爽介くんなら、このくらいのピンチ乗り越えるって。だから――」


 打球に回りこむ天馬は、僕に告げる。


「――これで終わりよ!」


 横っ飛びで倒れかけた体を立て直したときには、既に天馬の打球が目の前に迫っていた。

 返す、返せないの問題ではない。ラケットがなければ、スリッパ以外で打ち返せば失効、失点になる。

 天馬の言うとおり、これで詰みだ。


 ――もう一本、ラケットが無かったなら。

 僕は右手を背中へと回す。透き通るような青いTシャツの、その内側。

 僕は、ズボンと下着の間に挟んでおいた『左足用のスリッパ』に手を伸ばす。

 試合前、スリッパを脱ぎ靴下を脱いだ後、右足用のスリッパを持って試合に臨んだ僕と天馬。

 では、もう一方のスリッパは?

 天馬は靴下と一緒に揃えて置いて。僕は背中に『予備のラケット』として忍ばせた。それだけの違い。

 いくら透き通るような青いTシャツとはいえ、そんな比喩は関係なく、対峙する天馬からこのラケットを隠すのには、いささかの支障もない。


「僕も信じてたぜ、お前なら僕をここまで追い詰めるだろうとな」


 そして、当たり前のことを口にする。終わってしまうこの勝負への、そして、僕の力を引き出してくれた最愛の人への(はなむけ)として。


「――天馬、勝負はテーブルに着く前から始まっている。そして、勝ったと油断した時こそが負け時たぜ」


 この身に残された全てを込めて、スリッパを振りぬく。


「ぐっ――――!」


 僕の打球は天馬のコートでワンバウンドし、勝利を確信し油断した彼女のラケットを爆散させ、スリッパとともに砕け散った。

 天馬は、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。

 静寂に包まれた教室に、まだ半分放心状態にある審判の柏谷(かしや)の声が響く。


「……マッチ、トゥ、風間」


 風見だけどな、と言って、僕は勝利を受け入れた。


 ■ ■ ■


 そんな事があったのが先週の金曜日。

 今日は新しい週の始まり、月曜日だ。


 楽しみにしていた昼休みが来ると、僕は天馬の待つ中庭へと向かった。

 ベンチで待つ天馬は、僕を見つけると、今までに見たことのない、苦虫を十匹くらいまとめて口の中に放り込んで噛み砕いたような、または僕に足の指を一本一本舐め回されたかのような、苦悶の表情を浮かべた。

 あの勝負の後、


「来週、作ってきます……でも、私、料理は本当に苦手で。食べれないことはないと思うけど、美味しくは、ないよ」


 と意気消沈していた天馬だった。

 ベンチの隣に座り、僕は言う。


「よっ。いや~天馬の手料理、楽しみだなぁ」

「はは……」


 二人のテンションは対照的だ。この世の終わりみたいな顔をした天馬を見るのも楽しいが、早めにトドメを刺してやるか。


「じゃあ食べようぜ。言っておくけど僕は、お世辞とか言えないタイプだからな」

「……うん、知ってる。だから私、こんななんだけどね……」


 よく見ると目の下にクマができている。あーあ、可哀想に。誰がこんなになるまで追い詰めたんだか。


「どうぞ……召し上がれ」


 もう諦めたとばかりに、天馬が弁当箱を僕に寄越す。

 鮮やかで黄色い布に包まれたそれを、僕は大事に受け取る。


「では、拝見拝見……」


 うやうやしく布を開き、蓋を開ける。

 中身はスタンダード。左半分に白ご飯、綺麗にゾーニングされた三色そぼろがかかっていて、右半分にはおかず。鶏の唐揚げ、ほうれん草のお浸し、玉子焼き、アスパラのベーコン巻き、野菜炒め。


「へぇ、美味しそうな見た目じゃん。メニューもスタンダードで好きだぜ」


 こういう場面で、奇をてらったメニューや、誰が作っても同じ味になるものに逃げず、手料理かつ男子向け。ほら、名前も分からないような多国籍料理とか、食べたって評しようがないんだもの。

 レギュレーションに正面から挑み誇りを持って戦う、そんな天馬の性格を表しているようでに嬉しくなる。


「あ、あんまりジロジロ見ないで……。 恥ずかしい……早く、食べて?」


 顔を赤らめておどおどしながら懇願する天馬に、ちょっとエッチなニュアンスを重ねあわせて興奮する思春期の僕。


「なんだよ、早く食べて欲しいのか? いやらしい女だな」

「ごめんなさい、私は我慢できない、いやらしい女の子です」


 ノリがいつもと絶妙に違って、これはこれでいい。


「では、早速メインディシュから……」


 いただきます、と言って、僕は好物の鶏の唐揚げをパクっと口に含み、ご飯をかきこむ。……ふむふむ。


「…………」


 下を向き、無言で耐える天馬。僕は感想を言う前に、野菜炒め、玉子焼きなど、一口ずつ堪能していく。


「…………っ」


 隣を見ると、今にも泣きそうな顔でこっちを窺う天馬。うるうるした瞳で僕を見上げる。


「ごめん、美味しくないよね?」


 そんな表情をされると苦しくなるが、僕ははっきりと言わなければならない。彼女のためにも、僕のためにも。


「天馬、まずは作ってくれてありがとう。誠意が伝わったよ」

「はい……どうも……」


 怯える天馬に僕は言う。


「味は……うん、中の下」

「……ですか」


 素直な感想だった。まずい!ってことはない。そこそこ。

 女の子が自分のために頑張って作った料理に『中の下』なんて言う男は紳士ではないかもしれないが、僕は友人として、天馬を愛するひとりとして、真摯に向き合いたい。

 だから、こう続けた。


「天馬、今週、ウチに来い」

「……はい……って、え?」

「僕が料理を教えてやるよ。天馬の器用さがあれば、絶対に上手くなるさ。僕なんかあっという間に追いぬくと思うぜ。少なくとも、僕の好みの味は教えてやれる」


 天馬のスペックが高いことはもう十分に分かっている。この弁当を作るに当たって、どこまで研究したのかは分からないが、相当なものだっただろうということは、味や見た目から分かる。

 あとは何かきっかけがあれば、大化けするだろう。ショック療法だ。


「日曜はどうだ? ウチの家族、出払ってる予定だから、気にしなくていいぜ」

「う、ええ?! 行って、いいの?  爽介くんのおうち?」

「だから来いって。メイド服を用意して待ってるぜ」

「ええぇ! や、やっぱり? あーうん、でも……」


 天馬の料理の腕も上がり、勝負の景品でもあったメイド服姿も拝める。一石二鳥の好手だ。


「じゃあ決まりな。ちょっと早いけど九時にスーパー集合。買い出しして、一緒に昼ごはん作って食べようぜ」

「ふぅう! うぅ、なんだろう、か、顔が熱い」


 両手で顔を抑える可愛らしい天馬を見ながら、彼女の作った弁当を頬張る僕。


 ふと、足元に目をやると、二人とも買い替えたばかりのスリッパ。

 先の勝負で酷使しすぎてボロボロになったスリッパを、先週の内に小遣いをはたいてそれぞれ買い揃えていた。

 天馬のスリッパには相変わらず花の絵、僕のスリッパには、天馬が描いたハートマーク。

 これはこれで気恥ずかしい。

 傍目を気にしない風使いの僕だが、スリッパにハートマークって。

 さすがに気にするが、悪い気はしない。


 ハートマークといえば、今の天馬の頭上からもポワポワと立ち上っていた。

 錯覚のような、ハートマーク。

 平和な昼休みだなぁと、噴水を見ながら思う僕だった。


(第8話 風使いと「スリッパ」(4) 終わり)

(「スリッパ」編 了) 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ