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第8話 風使いと「スリッパ」(2)

「……っていう感じで、基本的に普通の卓球と同じルールを下敷きにして。

 時間もないから、十一点先取の一ゲーム制、デュースはなし。つまり十点同士になった場合は先に点を取った方の勝ちね。

 あ、サーブは得点者に関わらず一本交代にしましょ」


 天馬が、スリッパ卓球のルールを説明する。


「大きく違うのはラケットがスリッパなこと。体や服で打ち返すのはダメ。失点ね。あとは卓球台にネットが無いってことかな」


 これが卓球台ね、と、天馬は部屋の真ん中に並べられた机を指し示す。

 四掛ける四の、計十六台の机を並べ合わせ、大きな長方形を作っている。僕はさっきクイーンサイズのベッドを思い浮かべたが、多分、正規の卓球台と遜色ない大きさになっていると思う。

 プレイヤーが所定の位置についた場合、机の短辺、つまりカバン掛けのある辺がプレイヤー側を向いている。

 そして、中央の机の境界がそのまま、ネット代わりに僕と天馬のコートを分ける境界線になるということだ。


 そんな風に、何とか必死に説明を受けて理解しようとしているが、さっきまでいかがわしい勘違いをしていた身としては実は恥ずかしくてそれどころではない。

 とにかく今の僕は、変な勘違いをしていたことを誰にも悟られないよう努めることで精一杯だ。

 天馬の説明を聞いても、ちゃんと頭に入ったような、入らないような。


「あ、さっきも言ったように、先攻は爽介くんでいいから」

「なるほどね」


 なるほどね、と相槌を打ったものの、である。

 とはいえ、先客の六人の目的が卓球であるなら、この部屋の違和感の正体も自ずと分かろうというものだった。

 卓球にとって『風』は大敵だから窓を閉め切り、少しでも暑さを凌ぐためにカーテンを閉めて。

 大竹先輩や柏谷(かしや)が汗ばんでいたのは、ひと通り卓球で白熱した後だったから、ということのようだ。

 先ほどの一年女子も、『一回目』のゲームを終えて、息が整ったら早く『二回目』をしたくてウズウズしていたらしい。

 ……本当、実に紛らわしい。嬉しいような、悔しいような。ほっとしたような、がっかりしたような気分だった。

 そんな気分の僕に天馬が言う。


「爽介くん? 大丈夫?」

「ああ、大丈夫に決まってるだろ。それで?」

「それで、って?」

「僕をこんな勝負に誘った理由だ。――お前の目的は何なんだ?」


 そう、今、まず僕が知るべきことはそれだ。

 この部屋の事情も、僕の恥ずかしい勘違いについても、概ね飲み込めた。

 で、あるならば、天馬がなぜ僕をここに連れてきたのか、それを押さえておくべきだ。

 話の流れからすると天馬は明確な目的を持っているようだが、流されるままテーブルに付くなんてのは愚行の極みだ。勝負のテーブルに乗せるものがお互いの命なのか、チョコドーナツ一口なのかによって、この対戦の重みは大きく違ってくる。

 ――僕は僕の切実な問題として、この勝負に一体どれくらい全力を出すべきなのかを見極めなければならない。

 つまり、『風使いの能力をどこまで行使すべきか』という実際的な問題だ。

 その気になればこの部屋の全てを操る程度のことは簡単だが、それではもはや勝負とは呼べなくなってしまう。

 この部屋に居る全員を切り刻んでしまうようなレベルで能力を使うか、勝負でヒートアップするであろう僕の体を冷却する程度に抑えるかという、『どこまで』という線引のためにも、まずは天馬の目的を聞かなければならない。

 天馬は答える。


「私の目的か……そうだね、まだ言ってなかったね。」

「もったいぶるなよ。それを聞かせて貰えないなら、僕はこの勝負降りるぜ」


 当然の要求である。

 先程、一旦は不覚にも追い詰められて貞操を失う覚悟まで決めたものの、場合によっては軽々に勝負を受けるべきではないし、少なくとも『勝利特典』を僕に有利なものに誘導する必要がある。

 天馬はまた、妖しい笑みを浮かべて言う。


「負けた方が来週の月曜日、『二人分のお弁当を作ってくる』こと」

「弁当?」


 手作りの弁当、敗者の……手作り料理か。

 僕の料理スキルの話のときに何かに思いついたようだったから、何となくは予想していたが。

 なるほど、それは命を懸けて戦うに値する報奨ではある。

 だが、不十分だ。


「それがお前の目的か、天馬 美津姫(みつき)。いいぜ、俄然燃えてきた。しかし天馬、僕は上乗せ(レイズ)を要求する」

上乗せ(レイズ)? お弁当だけじゃ不満ってこと?」

「そう。次に私服で合うとき、『僕が指定した服装』を着用してもらう。時と場所に関係なく、だ」

「……それって、私が勝てば爽介くんを着せ替え出来るってことだよね」


 うーん、と少し考えた天馬だったが、


「分かったわ、それでいい。飛びきりの衣装を考えてあげる。今よりもっと爽介くんが赤面しちゃうような、そんな素敵な衣装」

「ふん、僕は既に、お前の恥態を数百パターンは想定しているぜ」


 まぁ僕の恥ずかしい勘違いがどうやらバレてしまっているのは置いておいて、そんな恥辱に勝る勝利特典が誕生したことをまずは喜ぶべきだろう。

 天馬は言う。


「負けることなんて考えてないわ。私って現金な女だから、ご褒美があると頑張れちゃうのよね。絶対に、勝つから」


 いつもクールな彼女にしては強気な勝利宣言。しかし、僕も負けるつもりはない。


 ■ ■ ■

  

 では状況の確認だ。大きく分けて、考えるべきことは三つ。


 一つ目はラケット。

 ラケットはそれぞれ自分の履いているスリッパを使う。接地面は柔らかなゴム製、滑り止めとして申し訳程度の凸凹はあるが、球にスピンを掛けるには心許ない形状だ。スピンの掛かり具合い(掛からなさ具合い)と独特のしなり具合いに、いかに早く慣れることができるか。

 天馬の経験値はどうだろうか。


「ところで天馬は卓球経験あるのか?」

「体育の授業で、くらいかな」


 経験値は僕と大して変わらないか。

 十一点先取の短期決戦ということを踏まえれば、やはり適応能力、対処能力の高さが勝負の決め手の一つとなるだろう。


 二つ目は卓球台。

 どちらかと言えばラケットよりも、机を並べて作られたこの卓球台の方が厄介だ。

 机の長辺二つ分が僕のコートの『縦の長さ』になる訳だが、そこから先、天馬のコートとの境界は、机と机の境界線、つまり平面上にしかない。

 これはプレイヤーにとっては、ネットがある場合に比べて、『前寄りの打球を気にしなくてはいけない』ということだ。

 ネットがあれば本来気にしなくてもいいような、相手コートすれすれの打球すら、気を配り打ち返す用意をしておかなければならない。


 更に、イレギュラーバウンドが発生しやすい台だということにも、留意する必要があるだろう。

 机の天板は概ね平面とはいえ、ここにある机はある程度使い込まれた廃棄寸前のものであるようで、微妙に傾斜が掛かっていたり、机と机の継ぎ目にはほぼ全ての箇所で段差がある。

 ここに打球が当たると、あらぬ方向へ跳ね返り、打ち返すことが困難になる。これを予測するのは骨が折れそうだ。

 思案顔の僕に、大竹先輩が言う。


「風間くん、だったかな? どうやらこのスリッパ卓球の醍醐味に気づいてきたかな?」

「あ、風見です、大竹先輩。そうですね、初見で感じたより奥深そうで。やりがいありそうで嬉しいですよ」

「ほう、それは頼もしいことだ。だがそうだな、初体験の風見くんにアドバイスだ。『素人はイレギュラーバウンドを読もうとするな』」


 考えるな、感じろ、ということか?


「スリッパ卓球では通常のラケットで打つほどの速度は出ない。それに加えて、正確に予測できないからこその『イレギュラー』だからな。やりこんだ熟練のプレイヤーならともかく、素人は下手に予測するよりも、素直に打球に反応した方が打ち返せる確率は上がる」

「それもスリッパ卓球の醍醐味、ってことですか」

「そのとおり。卓球が予測力のスポーツであるなら、スリッパ卓球は順応力のスポーツだ」


 腕を組み頷く大竹先輩。どうやら彼は、リーダー格であると同時に、この球技への愛も最も深そうだ。

 なるほど、全容は掴めた。『順応力』は僕も高い方だとは思うが、この僕と渡り合えている天馬の『順応力』も相当に高いだろうし、手加減が出来る相手ではない。


 さて、昼休みは限られているし、これ以上戦術を煮詰める時間は無い。

 最後に、懸案だった『風使いの能力をどこまで使うか』。

 ボールの動き全てをコントロールしては、このスポーツの醍醐味を殺すことになる。

 では、『スリッパに当たった瞬間』にのみこの能力を使おう。相手コートまたは自コートに接地した後の跳弾には関知しない。人事を尽くして天命を待つのみだ。

 これで、勝負に必要なすべてはテーブル上に出揃った。スリッパで行うテーブルテニスの、その台上に。


 勝利条件、スリッパ卓球で十一点先取。

 勝利特典、手作り弁当と天馬のニーハイミニスカメイド服姿(暫定)!


(第8話 風使いと「スリッパ」(2) 終わり)

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