序
女神は大いなる祝福を以って 暁の前に聖女を贈る
其は蒼き闇より生まれし無限 幾何に散じて生命を呼ぶ
――『皇国年鑑』第一巻 〈聖ユーシェンの光臨〉より
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これは、遥か昔の話。
始め、この世は混沌としていた。全ては交じり合い、天と地はその概念すら存在しなかった。
あるとき、混沌から二つの存在が生まれた。光神と闇女神である。
光は雄々しく、闇は嫋やかであった。二柱の神は互いに惹かれ合い、手に手を取って寄り添った。
いつまでそうしていたか、不意に女神がこう言った。
『我が半身よ、我が身を照らす御方。貴方がいるからここは明るいけれど、しかしそれだけです』
応えて、光神は言った。
『我が半身よ、我が身を安らかにする御方。貴女は何を言いたいのか』
『この混沌の中、我等だけがただ在ったとて何の意味がありましょうか。この混沌から様々なものを創り、愛おしみたいのです』
闇女神は誕生したときより慈愛に溢れていた。しかしその対象がなく、愛は行き場を失い、女神は己の慈愛を持て余していたのである。
光神は頷き、闇女神の願いを叶えよう、と言った。
そして光と闇の間に最初の子が生まれた。光と闇はその子に命じた。
『汝、我らが創りしこの空間を支え、時の運行が正しくあるよう管理せよ』と。時空神の誕生である。
続いて生まれたのは女神であった。
『汝、兄を助けてこの空間に秩序をもたらし、それが正しく守られるよう監視せよ』と。理と秩序の女神の誕生である。
その後、天空神、大地の女神、太陽神、月の女神、星の女神、海の女神、風の神、季節を司る姉妹と様々な神が生まれ、世界は確たる形を持ち、秩序の元に歩み始めた。
(中略)
神々は自分達の存在だけではつまらぬ、と仰せになる。そして植物が生まれ、動物が生まれた。数ある動物の中でも、特に神々は『ヒト』を好んで創った。様々な『ヒト』が生まれた。神々は『ヒト』に知性を与え、多く自分達の話し相手とした。しかしその数は世代を追うごとに増え、『ヒト』同士の争いが生まれ始めた。
『ヒト』は互いに怒り、或いは悲しみ、或いは嫉妬し、或いは恨み呪った。それを糧として憤怒を司る神、悲哀を司る神、嫉妬を司る神……その他、自然界の負の面を司る神々は力を増した。
そして一部の神は『魔』とその存在を改めた。違う性質のものには、違う名がふさわしいと。
それを良しとせぬ神がいた。最後に生まれた浄化と純粋性を司る神である。ある時、かの神は同胞に問うた。
『兄上方、姉上方。何ゆえに地上が穢れに満ち満ちていくことを容認されるのです』
『末の弟よ、何をもって穢れとなすのか』
『地上の汚濁を浄化することが我が役目。このように悲哀と怨嗟に溢れた世界を、我は許すことができませぬ』
そうして浄化の神はその力を振るったが、世界に満ちる全ての『穢れ』を浄化するには至らなかった。またその行動により、一部の兄姉からは疎まれた。
『我等の役目を、何ゆえに奪おうとするのか』
『末の弟よ、そなたは思い違いをしていないか』
兄姉からの諫言には耳を貸さず、浄化の神は力を振るい続けた。ますます恨まれ、やがて浄化の神は力を振るうことをやめ、姿を消した。力を使い果たして消滅したとも、他の神々の目より隠れ、何処かへ去ったと言われている。
いずれにせよ、その後の浄化の神の行方は、誰も知らない。
――『創世神話』(語り手知らず)