9話
その日はそのまま時間を過ごしてしまい、放課後を迎えてしまう。
「勝手に走って行っちゃってごめんね」
「……あぁ、うん。全然気にしてないよ」
沈黙が長かった辺り、何のことかよく分からなかったようだ。でも、久々に笑ってくれた。誤魔化したようなものじゃない。温かい、優しい笑みを見せてくれたのだ。
わだかまりが消えたんだと思う。私から言うことはなかったけれど、今日は私から言ってみた。
「今日、一緒に帰ろうか……」
「もちろん」
あ~……何か駄目だ。何だかけっこう恥ずかしい気がする。少し顔が熱い。赤くなっていないか確認したいが、あいにく鏡の持ち合わせがない。顔をそらそうとしたけど、ヒロ君も嬉しそうだし……まぁ、良しとした。
屋上から教室に戻る。廊下には既に生徒が姿を見せていた。幸運なことに、私達はうまく隠れることとなる。教室に戻ればそうもいかないんだけど。
「私はトイレ寄って時間稼ぐから」
「うん分かった」
一応念の為、妙な詮索をされないための小細工を試してみることにした。
鏡の前に立つ。うん。今は普通の顔だ。何ともない。
「あんたさ、何してんの?」
「……!?」
誰もいないと思っていたから、後ろから声を掛けられてびっくりする。きびすを返すと、見たことのある顔がそこにあった。
「あ、どうも」
悠君の今の彼女さんだった。名前なんだったっけ。
「ん。何やってたのさ?」
軽く返事し、質問を繰り返してきた。
「何って鏡見てただけで」
「いやそうじゃなくて。さっきの時間。あいつといなくなったでしょ?」
相変わらず派手な格好を保っていたが、この娘は悠君の前とは態度が違うようだ。私に対してのが本音なんだろう。
「えと、話してただけなんだけど……」
「ふ~ん……」
何で私に声を掛けてきたのか分からない。正直、私はあまりこの娘とは会いたくないというのに。
「ガードが高いってホントなんだね」
「……え?」
突然出てきたワードに、私は驚くことしか出来なかった。
「あ~、え~とね。前にあんたが泣いて帰っちゃったでしょ」
「な、泣いてないし!」
「そのあとにも、悠と転校生が話してたのよ。その時、何で別れたかって話になってね」
私の泣いていないという抗議は華麗にスルーされてしまった。
§
「そりゃあいつが、ヤラせてくれなかったから別れたんだよ」
ヒロは今目の前のこいつが何を言っているのか分からなかった。ただ気になってしまい、駆られた衝動に従って話をしたのだ。ただ直接訊いたわけではない。どういう女の子だったのか、どういう風に変わったのか知りたかっただけだ。
「それってどういう……」
「酷いなんて言うなよ。俺も別れるつもりはなかったんだからな。あいつが俺を拒んだのが悪いん……っ!?」
得意気に語る口を塞ぐため、ヒロは強攻手段を用いた。滅多に怒ることのないヒロだが、この時ばかりは抑えが効かなかった。
「分かったから。もう、喋らないでくれ」
「……ってぇな!? コラァ!」
悠もいきなり殴られ、キレる。やり返してやると息巻いた。むしろボコボコにしてやると殴りかかった。
「っ……!」
何発か殴り合った結果、バスケで鍛えている悠が圧倒した。むしろヒロは今までケンカなどしたことがなかった。当然の結果だった。
「弱いくせにケンカ売ってんじゃねぇよ」
しかしヒロも奮闘し、勝負の分かれ目はさほど大きくはなかった。
§
「うそ……」
「嘘じゃないわよ。私見てたし。負けてたけどね」
話を聞いてもあまり実感が沸かない。事実、二人とも怪我をしているのだから本当なんだろう。でもやっぱりあのヒロ君が……?と思ってしまう。
「少し羨ましくなった……」
「え?」
「それだけ大事に想われてんじゃない?」
「えと、それって」
「まぁどう思うかは勝手だけどね」
そう言って彼女はトイレを出て行った。私はしばらくどういう事か整理するのに時間がかかってしまい、教室に向かうのが少し遅れてしまった。