8話
サボってしまったのは仕方ないと、授業が終わるのを見計らって教室に戻った。ヒロ君はまだ戻ってないから、何処かほっつき歩いているんだろう。
「ハル!」
授業が終わったお昼の時間に戻ってきたわけだが、由佳里が大きな声で私を呼んでいた。
「どうしたの?」
「いや、知ってるかなと思って」
「何が?」
「ほら、桐木が怪我してたから」
「へ?」
桐木とは私の……元彼のことだ。彼はバスケ部所属してたから、特に怪我があっても不思議はないと思うんだけど。
「もしかして酷い怪我なの? 一応私も行ったほうがいいかな」
「ううん、そんなに酷くはないんだけどね。顔だったから」
てっきり足とかかと思ってたんだけど、そうではなかったらしい。
「えと……何やって怪我したの?」
「まだ本当か分からないけど、殴られたって噂が……」
殴られた?
ケンカしたってこと?
でも何で?
「桐木のさ、新しい彼女が言ってるみたいなんだけど、香川君が殴ったらしいのよ」
ヒロ君が?
想像してみるけど、うまくイメージが合わない。争い事は嫌いなはずだし。と考えて、この前の光景が蘇る。もしかしてあの時なのか。私が悠とヒロ君を置いて逃げ帰ってしまった時なのかな。
「香川君も顔に怪我してたけど、私から見ても違う気がするのよね。先に手を出したのが香川君だって言うし」
私もそうと考えるのは難しい。でも、隠し事があるみたいだし、どうも気になる。私は再び話をしようと教室を出た。
「見付からないね」
由佳里もついてきた。一緒に探すが何処にいるか見当がつかない。次の授業を待ったほうがいい気もしたが、さっきのようにフける可能性もあるのだ。
「手分けして探そっか」
「うん、お願い」
一向に進展が見れない私たちは、二手に別れることにした。一人で校舎を探し回って、もしかしたらと考えが浮かぶ。
本当は閉鎖していて出入り禁止になっている場所がある。なのに、ヒロ君はたいして気にする様子もなく、私を連れていった場所だ。
最上階よりもさらに階段を登り、バリケードのように張り巡らされている机や椅子を再び乗り越える。扉を開くと風が吹いた。
「やっぱりここにいた」
見える場所にはいなかったけど、梯子を上ってみれば、ヒロ君は塔屋の上で寝そべっていた。不良みたい行動だが、ヒロ君がやってると思うと少し可笑しかった。
「……」
一瞥するけど、何も反応がなかった。開き直ってるみたい。
私は彼のすぐ横に腰を下ろす。それでも何も言わなかった。
「ケンカしたんだって? しかもヒロ君が先に手を出したの?」
「……そうだよ」
やっとした反応はふてくされてる感じだ。ちょっと新鮮だと思った。
「どうしてそんなことしたの? 昔は争い事は絶対に避けようとしてたのに」
「……」
「また私に隠し事?」
ぴくっと体が動いたのが垣間見えた。アレを警戒しているようだ。また逃げられたら堪らないから、口にするのは何とか抑えた。
「無闇に暴力ふるうヒロ君は好きじゃないよ」
「……けどあいつ!」
好きじゃないって言葉に反応したのか、勢いよく起き上がる。しかしすぐに寝転んだ。しかも向こうを向いてしまった。すねたのか、恥ずかしくなったのか、私には分からない。ただちょっと可愛く思える。
「私のせいだから? ヒロ君が怒ったのって、私が原因だから言いたくないの?」
「……違うよ。そんなんじゃない」
「嘘」
「何で?」
「ん~、何となく」
今回は向こうを向いてしまってる。表情で読むなんてことは出来なかったけど、そんな気がした。
ヒロ君が少し顔を向ける。でも目が合ってしまってすぐ背けられた。
「ハルちゃんって知ったかぶりするよね」
「え? そ、そうかな」
それは全く自覚なかったから素で驚いた。
「そうだよ。昔だって……」
「あ~、まぁそんなこともあったかな」
「それにさ……」
「な、な、何で覚えてるのよ!」
いつの間にかヒロ君は起き上がり、私と向かい合って昔話に興じた。懐かしく、また恥ずかしく、そんなのあったっけっていうのとか、色々と思い出しながら。
気付けば時間は随分と経っていて、授業終了の合図が鳴り響いていた。