表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

7話

 その次の日、今日こそはと、私は朝から意気込む。直接家に行っても伝えることは出来るだろうが、私には勇気が足りなかった。出会った時にさりげなく言うのが定石だと思う。


 予想はしていたけど、今日の朝もヒロ君は一緒に登校する気はないのか、今までのように家に来ることはなかった。ならばもう、学校に着いてからが勝負だった。


 けれど、学校に来てみても会うことも叶わない。ホール―ムになっても、授業が始まっても、ヒロ君が姿を見せることはなかった。


 もしかしたら嫌われただろうか。ヒロ君からしてみれば、それも仕方ないかもしれない。私は自分のことばかりだったから。放課後になったら、今日こそは直接家に行ってみようか。

 考えをまとめていると、次の授業が始まる手前、教室が急にざわついた。


「……ぇ!?」


 顔を上げるとすぐに原因がわかる。扉を開けて教室にヒロ君が立っていた。いつもと違い、顔に怪我を負ったていた。大きな湿布を貼っていて、酷いものだった。


「どうしたのそれ、大丈夫?」


 クラスの女の子たちがすぐに集まり始める。ヒロ君を取り囲んでいた。


「大丈夫。ちょっとね。今は一人にさせてほしい」


 そう言ってヒロ君は席につく。取り巻いていた女の子たちは、意を汲み取ったようで追求は諦めたようだ。けど、朝はタイミングを図ろうとしていた私が、今はそんなの考えられなかった。


「ど、どうしたの。その怪我」


 私は直球で問いただす。


「別に。何でもないよ。階段で転んだだけ」


 ハハ……と乾いた笑いを漏らす。私はその姿を見て頭にきた。さっきまで謝ろうとしていたことなど、忘れてしまったのだ。


「嘘でしょ! 私分かるの!」


 我をも忘れてしまったようで、机をおもいっきり叩き声を荒げた。クラスの視線の的となった。


「じゃあ、ついてきて」


 と、冷静に徹しているヒロ君が席を立つ。あまり公言はしたくないようだ。私も同意する。おとなしく着いて行くと、向かったのは屋上だった。


「どうして怒ってるの?」


 屋上の中央あたりまで歩くときびすを返してきた。チャイムの音が鳴り響く。授業が始まってしまったらしい。


「治ってなかったね。誤魔化すときの独特な笑み」


 思い出したんだ。何かを隠している時、言いたいことを抑えこんでる時に溢す乾いた笑い声。


「うん確かに。まだ治ってないみたい」

「それはいいの。何で隠すの? ……約束、したよね」


 そうだ。自分で言って思い出す。約束したんだ。幼い頃、ケンカが弱くていじめられてたヒロ君が、争いを避けていつも乾いたように笑ってた。私はそれが気に入らなくて、意味もなくヘラヘラしてるのに憤りを感じて。



「うわぁ! 鬼がきたぞぉ!」

「こら待ちなさい!」


 数人の男の子がクモの子のように散っていく。集まっていたところには、小さな男の子がいた。確か名前は……何だったっけ。その時は、まだ覚えていなかった。


「男の子でしょ! 何でやり返さないの!」

「……ぇ!? でも……」

「あんたがヘラヘラ笑ってるから、あいつらがいい気になるの!」

「でも……」

「嫌なんでしょ! せめて嫌だって言わないと」


 すると、男の子はむ~と唸り始めた。あいつらが怖いと言うよりも、争い事が嫌いなんだなと思った。


「よし、じゃあ私が強くしてあげる」

「え?」


 小さな男の子は酷く呆れたような、驚いた顔をしてた。


「ほら早く」

「う……うん」


 世話好きな性分からだたと思う。嬉しくなった私は強く手を引いた。それに、半ば無理矢理ながらも、その男の子はついてきた。それが段々、当たり前になっていったんだ。


「ヒロ君ってさ。嘘ついてる時にも笑って誤魔化すよね」

「う~ん、そうかな」

「絶対そう。私は誤魔化せないよ。だから私に隠し事はなし。絶対だよ。約束だからね」


 指切りをしようと、小指を差し出すと、嬉しそうに幼かったヒロ君も小指を出してきた。それから、ずっと一緒に遊んでいた。


「まいったな。ハルちゃんけっこう覚えてるじゃん」

「ヒロ君が思い出させてくれたの。私に隠し事はきかないから。それで、そのケガどうしたの?」

「ごめんね。これだけは言えない」


 眉をひそめて困ったようにヒロ君は笑う。ここまで頑なになることが珍しくて、本当に何があったんだろうと、ますます気になってしまう。



「約束破る気?」

「幼い頃の話だよ。それに、これだけは譲れない」


 それ以上動かなかった。やっぱり変わったところもあるんだと思う。昔の雰囲気は多少あるものの、随分と頑固になったと感じてしまう。


「それってつまり、私に逆らうの?」

「え?」

「忘れたの? アレのこと」


 ヒロ君の顔が面白いほど変化し始めた。冷や汗をかいて、少し青いかもしれない。


「思い出した?」

「いや、それは、何ていうか……」

「久々だしね。張り切ってやろうかな」


 満面の笑顔で言ってやった。すると、ヒロ君は素早く立ち上がって屋上の扉に逃げてしまう。

 なんて俊敏だろうか。まだ切り札は残してあったというのに、ヒロ君は一目散に屋上から降りていく。私も後を追ったが、二段、三段飛ばしで降りていったようで、もう姿は見えなくなってしまった。まさかとは思ったけど。


「やっぱりトラウマだったんだ……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ