6話
「……っ」
偶然が重なることは良いこともあれば、悪いこともある。どう考えてもこれは後者であった。
私の眼に映るのは、彼だった。正確には元彼だ。寄り道していたのか、横道から出てくる。私は見付からないようにと願った。
このまま進めば向こうも気付くに違いなかった。だから、自然に足を止める。けどそれは、ヒロ君に気付かせる要因となった。
「ハルちゃん?」
「何でも、ない……」
たとえヒロ君が気付いても、まだどう転ぶかは分からない。あわよくば、このまま何もなく通り過ぎる。そんな淡い期待を私は確かに抱いていた。でも、何が契機となったのか、元彼の方がこちらに気付いた。
「よぉ春美か。今帰りか?」
私と違って何にも気にしていないのか、平然と話し掛けてくる。ほっといてほしかった。話し掛けられたらもう、私は訊かざるを得なくなる。
「……その娘は?」
「ああ。俺が好きになった女。可愛いだろ」
元彼の傍らには、同じ制服なのに派手に着こなす娘がいた。髪の毛を金に近い色に染め、アクセサリー類を多用につけていた。外見からして私と全然違うタイプだった。
「ね~悠太。この娘誰?」
彼女が甘ったるい声で尋ねる。腕を絡めながら気安く元彼の名前を口にして。
「前の彼女だよ。こいつは愛美ってんだ」
と、何の躊躇いもなく、悠君は彼女を私に紹介してきた。
「そう……なんだ。付き合うことになったんだ……」
「ああ。そっちも次を見付けたんだな。良かったよ心配してたんだ」
本当に?
何より先に疑ってしまう。いや違う。考えたらだめだ。顔に出したらだめだ。嫌な娘だ私は。こんなに、自分の性格が醜いなんて思ってもみなかった。
「君は、ハルちゃんと付き合ってたの?」
ヒロ君が尋ねる。それに軽く悠君は答えた。
「ああそうだよ。ま、色々大変だろうけど頑張ってくれな」
私って、大変だったのかな。とても心に重くのしかかる。ちゃんと訊きたい衝動と、嫌でも訊きたくない感情が絡まりあう。ぐるぐると回って、ぐちゃぐちゃに混じり合って何とも形容し難い。
「……っ。……おめでとう。私用事あるから」
苦しい。悠君の新しい彼女を目にするのも、悠君の言葉を耳にするのも苦痛だった。もう見たくない。もう聞きたくない。一刻も早くこの場から離れたい。ありもしない用事を理由に、私はこの場から逃げた。
「ハルちゃん!?」
今ようやく分かった。踏ん切りなんて全然ついてない。どうして喪失してなのか分からないけど、会っただけでこんなに胸が痛い。
明らかに逃げた自分の弱さが嫌になる。悠君も、新しい彼女も無視してしまった。
「……っ、……」
家に着いてから、自分がもっと愚かであることに気付く。一番関係ないヒロ君を放ったらかしにして何をやっているのだろう。明日の朝にでも謝ろうと思った。
でも次の日、それは出来なかった。初日からずっと、毎朝迎えに来てくれたヒロ君が来ることはなかった。やっぱり、昨日のことで怒ったのかと思う。謝りたいがそれさえ今は出来なかった。その日、ヒロ君は学校を休んだのだ。