3話
あははと笑っていた。その笑い方に、随分変わったというのに、何処かまだ面影があったようにふと思えた。
「それより私に何の用?」
「え? あ~、ただいまって言いに」
ただそれだけのために私に会いに来たのか。普通は疎遠になりそうなものだ。何だか顔が少し熱った気がする。むぅ、なんでヒロ君相手に。
「まぁその、おかえり……」
一応ぶっきらぼうに言ってみた。
「うん、ただいま。とりあえず今日はそれだけだから。それじゃまた明日」
「え?」
颯爽と立ち上がり、駆け出していた。本当に言いに来ただけだった。いったい何だったんだろう。私はただ呆然と眺めるしかなかった。
「ただいまぁ」
「あ、おかえり。ヒロ君帰ってくるんだって」
家に入るなり、母親から投げ掛けられた言葉はこれだった。何でもう知ってるの?
「さっき香川さんが挨拶に来られてね。またこっちで暮らすことになったからよろしくって」
「ふ~ん……」
当分またこっちにいるようだ。私は全力疾走による渇いた喉を潤そうと冷蔵庫を開けた。中にある牛乳に手を伸ばす。伸びなくなった身長を伸ばそうとする姿勢である。効果はあまりみれない気がしないでもない。
「良かったわね。明日からまた一緒に通えるし」
吹いた。それはもう口一杯に含んだ牛乳を盛大に。
「もう春香、汚いわよ」
母は冷静な物言いだ。しかしそれはしょうがない。今凄いことを聞いたと思う。幻聴でなければ。急いで片付けをしながら私は尋ねた。
「今何て?」
「汚い?」
「もっと前」
「おかえり?」
母はかなりの天然である。何でそんな最初なのか。見当外れにも程がある。
「そうじゃなくて、明日からどうって」
「あ~。そりゃヒロ君と同じ学校なんだし」
「へ?」
ピタリと動きが止まった。今何と?
「ヒロ君も春香と同じ学校に通うんだって。それがどうしたの?」
「う~ん……」
これは困った。果てしなく困った。再会した幼馴染みはまるっきり変わっていた。何となく、面影があったような気がするけど、ほんの少しだ。身長なんか私より十センチくらい上みたいだし、外見からして昔の記憶と繋がらない。向こうは私だと認識出来てたみたいだけど、私には無理だ。
私は昔、どう接していたんだろう。
悩んでいる内に朝になった。ような気がする。
「ふぁ……」
欠伸が漏れた。目覚まし時計を止める。カーテンを開き、朝日の光を部屋に誘い込んだ。
「まぁ、うちの学年はクラス多いし、会う機会は少ないか」
と、背伸びしながら妥協案を思い付く。確率的に見ても、実際可能性としては有り得そうだ。そう考えていると、外から声が聞こえた。
「ハルちゃ~ん! 学校行こう~!?」
「……!?」
びっくりしてこけてベッドに倒れこんだ。まさかと思いつつ、窓から覗いた。
「あ、おはよう!」
はやっ!
既にヒロ君は学校に行く準備は完了している。そしてわざわざ迎えに来るなんて余裕っぷりだ。私は恐る恐る朝の挨拶を返した。
「お、おはよう……」
「凄い寝癖だね。早く行こう」
「……う、うん。ちょっと待って」
あぁ、寝起きを見られた。不用心に顔を出すんじゃなかった。そんな後悔をするが、気にしても仕方ない。とりあえず支度に取り掛かることにした。
「おは、よ、う……??」
下に降りてきて、いるであろう母親に挨拶するつもりだった。すると、いたのはもう一人、ヒロ君もだ。
「な、な、なっ……」
「外で待たすのもどうかと思ってね。中で待っててもらおうと思ってね。それより、春香は早く支度しなさい」
「まだ大丈夫だから、ゆっくりでいいよ」
ヒロ君は全く気にしてないようである。いや、しかし待たす身としては悪い気がする。出来る限り急いで支度に取り掛かった。
「いってきます……」
朝からなんだか疲れてしまった。その代わりか、いつもより早く出発できた。もちろん横にはヒロがいる。
むぅ、黙っているわけにはいかない。何か会話しないとダメだと思う。けど、何を話すべきなのか全く思い浮かばない。昔は何を話してたんだっけ。
「久し振りだよね。こうして並んで歩くのも」
そんな迷いもあったわけだが、先にヒロ君が話しかけてきた。
「そ、そうだね」
私は相槌だけになってしまう。何だか気まずい気がする。