2話
帰路の途中、由佳里と別れてトボトボ歩く。由佳里には忘れるように言われたけど、やっぱり難しい。それに……。
「う~、食べ過ぎた……」
微妙にお腹が痛いかも。勢いにまかせ過ぎてちょっと反省。
「うぅ……」
なんてつい呻いてしまう。このままではつらい。薬局に寄ろうと決めた。
情けないなぁ。
棚に並んだ商品を眺めながら、そんなことを思う。今日の私は悉く運がない。フラレた上に腹痛とは……。
「うわっ! わわっ!」
右方向にてなんか声が聞こえた。すかさず見てみると、男の子が商品をバラバラと落としてしまったらしい。その数が何故か半端ない。仕方ないと、私は手伝ってあげることにした。
「あ、すいません」
「いえいえ」
一緒に拾いながら、彼はペコペコ謝っていた。全てを拾いあげて元の位置へ戻していく。
「ありがとうございました。いやホントに助かりました」
何回目になるのか分からないが、彼はまた感謝して頭を下げた。
「そんな大したことじゃないので、それじゃ」
良いことをした後は気持ちがいい。腹痛も、幾分かマシになったかもしれない。
レジで会計を済ませて外へ出ようとすると、さっきの男の子に出くわした。私とは別のレジで会計を済ませ、同時になってしまったらしい。
「さっきはどうもでした」
「あ、はい」
何回もお礼を言われては、何て返せばいいのか少し分からなくなる。本当にそんな大したことをしてないから、妙に照れくさくなってしまった。
「あ、あとすいません。ついでと言ってはなんですがちょっと迷ってしまって、良かったら道を教えてくれませんか」
私の他にも、本日運のない人がいた。ついそう思ってしまう。それなら、少しは助けになってあげたい。
「まぁ分かる範囲でなら」
「この辺で木下って家があると思うんですが」
「……!?」
私は驚いた。木下っていったら私の名字だ。
「あ、もしかして知ってます?」
「えと……私も木下なんだけど」
「え……? じゃあもしかいして、ハルちゃん?」
沈黙が生まれた。木下でハルは、木下春美である私のことだろうか。いやしかし、この人は全く知らない。何がどうなっているのか。頭がショートする。腹痛に加えて頭痛がしそうだ。
「あ、ごめん。木下春美って君?」
うわぁ……。これはもう的中だ。間違いなく私だ。私はいつの間に、こんな悪名高くなっていたのか。
「え~と、大丈夫? ハルちゃん」
友達には認めてる呼び方だけど、知らない人には認めてない。まさかストーカー……?
私は狙われていたのか。いやそうなれば逃げるしかない。
「あ……!?」
私は脱兎の如く逃げ出した。一直線に家へ向かう。何を隠そう、私は運動面では自信がある。そこらの奴じゃ絶対に追い付けないはずだ。
「ハァ、ハァ……!?」
一気に駆け抜けて家に着く。全力疾走も楽じゃなかった。腹痛でコンディションも悪い。絶対そうだと思う。そのせいだ。まさか、さっきの人が追い付いてきてるなんて嘘だ。
「ハァ、ハァ……ハルちゃ、ん……ハァ……相変わらず、速すぎ……ハァ……」
家の門の前で、さっきの人は膝に手を当てて呼吸を調えていた。かなりの疲労が見られる。息も随分切れぎれだった。
「だ、誰よあんた! 私はストーカーなんかにめげないんだから!」
「え?」と目を一瞬見開き、その人はぷっ、と失礼にも吹き出していた。そしてあははと笑っていた。
「な、な、なに!?」
息切れしてるのに笑ったせいで、今度は咳き込んでいた。ちょっと間の抜けた様子であるけど、何とか息を調える。そして、疑わしき男の子はこう言った。
「ひっどいなぁ。覚えてないのもだけど、ストーカー扱いはないよなぁ! 足が早いのと、凄い勘違いしちゃうのは相変わらずみたいだけど」
くっくっとまだ笑いは収まらないみたいだ。私はといいうと理解が追い付かない。
「まだわからない? 僕だよ。香川宏哉」
「…………え、え、えぇ!? ほんとに? ほんとにあのヒロ君?」
「気付くの遅すぎ。傷付くなぁ」
香川宏哉。朧気だけど確かに記憶にあった。ちっちゃい頃まではよく一緒に遊んだんだ。
「確か、遠くに引っ越したはずじゃ……」
「また親の都合でね。こっちに戻って来れたんだ」
地面にへばりながら、笑い声をあげた。何とも言えない。別れた幼馴染みが帰ってきた。けど、今のヒロ君はすっかり昔の面影が消えていた。昔は私よりちっちゃくて、ビクビク周りを気にしてて。私が守ってあげないと
って思ってたのを覚えている。
でも目の前の男の子は、私よりかなり大きくて私の方が子供みたいだ。さらさらと柔らかい茶色い髪が揺れる。男子にしてはくりっとした瞳。第二次性徴が止まっているのか。綺麗な肌をしていて、声も少し高い感じだった。
「変わったね」
少なくとも昔みたいにびくびくしてないし、何より身長が伸びていた。
「あれ、そう? ハルちゃんは変わってないね」
「む、ぅ……。それは子供のまんまっていう意味?」
失礼なことを言ってきたので、睨んでやった。
「いやいや、面影が残ってるって意味。とりあえず会えて良かったよ。記憶はあやふやなのに、大分此処も変わったみたいだし」
「まぁそうかな。あんまり実感はないけど」
「うん変わったよ。けっこう迷ってたからね」