バレ、た
改訂いたしました。27.5.30
聞こうか、と言われてすぐには声にならなかった。なんだか取って食われるわけでもないのに動かせられない私の体がどうしようもなく固まってしまっている。
とりあえず、平常心を保つためにまずは深呼吸。落ち着かせて見せればまだ張りつめていた空気が少しだけ変わった気がした。なんでこんなに心臓が早鐘を打っているのだろうか。その疑問はまだ消えない。
落ち着けば気づいてくるものがあって、私は体を硬直させるほど緊張している事に気づく。お父様に緊張だよ。どうした、私。
「お父様、あの、ですね」
「ゆっくりでいいよ。後ろの椅子に座りなさい」
「………はい」
何だろう。なんだろう。ナンダロウ………足が震えていた。声は震えていないのに。私、怖いの?何に?お父様?でも不安はない。じゃあ、私はなにに対して怯えている?
さっぱりわからないけど崩れ落ちるように。まるで尻餅をつくように後ろに置いてあっただろう椅子に腰かけて。見事、着席してみせた私はちょっとはしたなく座る。椅子だよ。椅子。落ち着け―――
「他の魔法もだけどね。結界を作った時に人がいるか、いないのか、分かるんだ」
え、じゃあその魔法師、知ってて結界を張っていたってこと?
「だから本当はその魔法師の不手際になるんだけどね。パディック侯爵家は今すごくうるさいんだ。何をしたいのか、明確にさせないほどに、ね」
「………………そんなに、パディック侯爵家は私を消したい、と」
「たぶんアーグラム王子での逆恨みだろう。ただ、アーグラム王子が婚約した、していたと言う噂を使ったのかが分からないんだ。それで一応だけど身内の死。死はこの国では重罪だ。侯爵はその一つの死を使ってクフィーを道連れにしようと企んでいるのかな?」
「私は………死にたくありません。お父様、私はアーグラム王子と約束しました。今回の成人式でのお披露目で婚約者としてお手伝いしますと。『君の存在は決して誰にも悟らせない。君が成人するまでは好きな事を好きなだけやっていてほしい』と言ってくださったのです。今回の件でただの作り話でも、私の噂は広まり、死にそうでした。下手したら裁決で私は死刑です。ですが私は生き延びる道を選ぶ」
「クフィー、そんな事は絶対させない。だから前置きはいらないよ」
「私とアーグラム王子の婚約を解消したいのです。出来ますか?」
「それだけでは足りたいね」
「確か以前、宰相様は『王が変わらないと言う事は、その息子である王子が不出来であると他国に教えているようなもの。ここで発表しなければ我が国は受け継ぐものがいない事を意味し、衰退か他国に取り込まれる恐れがある』―――もう、遅いですよね?」
「………………」
沈黙は―――肯定?ううん。私の言葉を吟味してるんだ。
腕を組んで私からずって目を離さないお父様。いつもの陽気で家族愛は見られない。本当に真剣なお仕事モード。なにか、ある………?
「王子たちが15になります。それまで、国はなんと言っているか知りませんが王位継承権を剥奪に次期国王の不在。他国に広まってる可能性は高いでしょう?私には他国を気にする素振りをする宰相様が分かりません」
「何を言いたいのかな?」
「成人式で婚約発表をし次期国王陛下の誕生、よりもグラムディア様復活の美談と次期国王陛下の誕生として立ち上がってもらえば国としての話題はあがります。グラムディア様の手腕にもよりますが………そうすれば私は要りませんよね?」
「―――グラムディア様はすでに王位継承権を剥奪。あの容姿で表舞台から下りてしまった方だ。クフィーが言った言葉だ。無理だろう」
「容姿を気にされるのはわかります。………私が説明した回復魔法の方法は試されたのですか?」
「試したが負傷者にかなりの負担がかかる事がわかった。クフィーの言った通り、治ったが………その負担が大きく議会で割れているんだ」
「麻痺薬を投与してでも駄目なのですか?」
「………………まだ試していないよ。しかしそれが成功したとして、グラムディア様の意思は玉座にない」
「裏舞台ではご活躍されているのですよね?………グラムディア様を抜いたら、国が傾くほどでは?」
これは賭けと勘。なんだか双子ちゃん王子がまだグラムディア様から習うことがあると言っていたのだから重役を担っている可能性、あるよね。国庫、とか国政、とか。元々グラムディア様は王になる存在。政も携われる………かな。これは厳しいかも。
でも元王太子がどこまでの存在で止まれるかにかかる。私の中では不要な人材は切り捨て。でもグラムディア様は王子たちに自ら教養できるほどまだ裏方にいる。なら、捨てられない存在。逆に殺しても価値がない存在。どっち?
「クフィーはすごいな………ほとんど私の考えていた計画と一緒だ………」
「お父様も考えていたのですか?」
「ああ。陛下は厳命されたが、クフィーの婚約を指を加えて黙って見ているわけにもいかなくなったからね」
「………宰相様にでも聞こうと思ったんですけど、婚約のさいに王子と魔力でなにかするんでしたよね?王家の紋章を浮かび上がらせるとか。まさかと思いますけど、それを遂行したら契約となりませんか?」
「クフィーは本当に賢い。そして聡い。自慢の私たちの娘だ」
あ、嬉しそう。でも、目がなんだか悲しそう………なんで?
お父様はゆったりとした足取りで私の元まで来てくれた。私の目線に会わせて膝を折ってくれる。優しい瞳。けど、揺れる瞳。私を見つめて、躊躇いながら私の両手を取った。
「私は今回の件でグラムディア様に王位継承権を取り戻してもらうつもりだ。息子も使われたのだから黙ってみている事はないだろう。そのさいにクフィーを守る前提で話をして王位に戻ってもらうつもりだ」
「私………婚約しなくても済むのですか?」
「元々、魔病を患ってる姫が王家に嫁ぐことは難しいんだ。その子どもにも受け継がれるかもしれないし、魔病には感染するものだってある。本当はクフィーには無理な話なんだ」
「………陛下は焦っていらっしゃるんですね」
「そうだな。一人息子が仲間内で殺されかけ、そのせいで塞ぎこんでしまった。各国からは王が時代を譲らない強欲の王。はたまた衰退の一途をたどる国。陛下は疲れたんだろう」
「お父様。―――お顔が、悪いですよ」
「………………この腕輪の宝石、綺麗な色なんだ。抑制はちゃんと効いているか?」
「?実感がないので分かりません」
「この宝石は海の色でね。レーバレンスの腕は素晴らしい。クフィーに、と思ってお父様は頑張ったんだ」
「青だったんですか?もしかし、すごく高いものでは?」
「………………高くは、ないよ」
あれ。お父様が萎んでいく………………それにしてもこの宝石―――宝石?魔石じゃないの?宝石っていうからアクアマリンとかそんな事だと―――しまった!?
一つの答えにたどり着いた時には遅かった。ここで私のうっかり病を発動させてすごく後悔してる。しっかり握られた手から抜け出したいのに抜け出せない。強くないはずなのに抜け出せないっ。
お父様が『結界』を張ったのは最初からこのためだったのかもしれない………………失敗だ。本当なら私は“ 海の色 ”なんて分かるはずがないっ。北に港はあったと思うけどここでの私は見ていないし、絵ですら見ていない。
廊下に飾られた絵画のどれかに海はあるかもしれないけど、クロムフィーアはその色なんて理解できるわけがないよっ。
はっきりと「青」と言ってしまった。海なんて行ったことも見たこともないはずなのに。これでは元々は見えていたけど見えなくなった、なんて言い訳は出来ない。じゃあどうして“ 色 ”を知っていたのか―――逃げ道なんてまったく思い付かない………
「君は私の娘―――クロムフィーア・フォン・アーガストだろうか」
駄目だ………捕まってる………………
「―――クロムフィーア・フォン・アーガストである事は、間違いありません」
ようやく出てきた言葉。苦しい。どうしよう。こんなのじゃ意味深すぎる。わかっているけど、私の頭は不安でいっぱいだ。私がクロムフィーアでなければ私はどうなる?考えたら生きていけなくなるかもしれない。
待って。転生する主人公たちはどうなってた?嫌われた?捨てられた………?ううん。うまく隠して一人立ちしてた。自立してその作られた世界に溶け込んでいってた。じゃあ私は?失敗しているよ。ここで転生しました、前世の記憶を持ってるんです………こんな娘、気持ち悪いんじゃない………………?
どうしよう。死にたくない。捨てられたくない。平民でも生きていけるかもしれないけど、目の前で希望が飛ばされたら立ち直れない。魔力が多い私は、飼い殺される…………
「っ―――クフィー。落ち着いて………………っあ、わ、私はクフィーを知りたいんだ。怯えなくて、いいっ」
優しく回された腕はしっかりしてた。私を包む暖かい腕はとても優しく背中を支えて撫でてくれる。安心できる、頼れる腕。しばらくすればまるで赤ちゃんをあやすようにリズムよく背中を叩く。絶対に痛くないそれ。体が傾いてたぶん、お父様の肩に体重が移った。
「ほら。―――不安はっ、お父様が全部取り払うよ。………………悩みがあるなら、言ってみなさい」
不安は私が取る。悩みがあるなら言ってみなさい。言わないと私は分からない―――…
それは懐かしい、声。いつも無愛想でなに考えてるのかまったく読めなかった私の父。いつも仏頂面でクールな父は仕事一筋と言っていいほど仕事しか興味がなかった人だ。
そんな父に私は小学生にまで話したこともなかった。休日は寝ているか自室で本を読んでいるか。私はよく遊びに行く活発な子どもだったので気にもしなかった。友達と遊んでる方が、楽しかったからだ。平日は夜遅くまでお仕事。ほら、逢う機会がない。でも、小学4年、だったかな?そこで転機は起きた。
いつも元気で活発な、面白いこと大好きな母が風邪をこじらせたのだ。その次の日が授業参観だったか親に来てほしい前夜で、私はどうしてかひどく落ち込んでいたんだよ。その時に初めて父に泣きついた。ただ泣きついた。何も言わないでただ泣いた。
そんな時にぽつりと呟いた言葉が―――お父様のセリフとかぶった。それから父とも遊ぶようになったんだよな、て。不思議に不安が収まってくる。なんだか子どもの頃に戻ってしまったようで急に恥ずかしい………
そうだよ。前世の記憶があって知恵もある。なら、交渉する余地だって、あるじゃない。言わなきゃ、次の展開はわからず変化はしない。
「―――はあっ。………落ち着いたかい?」
「………………はい。あの、聞いて下さいますか?」
「聞くよ。クフィーは私の大事な娘だからね」
「その娘が世迷い言を言っても………?」
「聞いてから決めるよ。少なくとも、私はこれからの接し方を変えるつもりはないね」
ほら、女の子でも泣いてはいけないよ。とお母様の真似をして目尻に溜まっていた涙を拭ってくれる。ちょっと落ち着いてみればなんだか阿呆だよ、私。殺される前提でなに考えているんだか………今までのお父様を振り返ってみたら馬鹿らしい。
今でも私をあやす手を止めないお父様に、なんだか申し訳ない。こんなに優しいお父様。すぐに冷静になれた私の思考もちょっとおかしいと思うけど、なんだか馬鹿やったな、と妙に後悔してる私がいる。
―――お父様、もう少しだけ。もう少しだけこのままで。拒絶されるかもしれないと怖いから。もう少しだけ、このままで。




