双子王子の想い
改訂いたしました。27.5.9
アーグラムが追いかけてしばらくが経った。そのおかげでこちらはスイスイと話が進んでいく。
時おり挟むグレストフ魔法師から歯ぎしりのようなキリキリと高い音が聞こえるのはきっと娘を心配しての事だろう。どれだけ心配しているんだ、と問いたい。
そんな私はお祖父様と今後について話していた。アーグラムがもし、あの子を連れ戻した時は、私の王位継承権は二位になる。
姫をつれていない私では将来の世継ぎ等を考えると、王へは望めない。故の、二位。
別に固執しているわけではない。むしろ、弟である私は兄のアーグラムに王位を差し出したいぐらいだ。ゆえに、私はいつもアーグラムを立てていた。本人はなんとなく気づいている。
幼い頃より色々と学ばされた私たちは学問を始め剣もそれなりに納め、政務にも滞りなく成し遂げていた。だが、私はアーグラムをたてるために一歩、後ろへ下がる。
別に押し付けているわけではない。双子で唯一無二の兄と喧嘩をしたくないだけ。それはアーグラムもわかってくれた。
しかし、回りはそんな事を気にしない。兄と比べ、兄を誉め、兄へ好意を向ける。弟の私はほぼ影武者だ。それでもいいと思っている。アーグラムは怒るだろうけどな。
今後はきっとあの子を王妃に迎えるために努力をするだろう。アーグラムは私と違って真っ直ぐ真摯でいい男だ。落ちるわけがない、と思っていたが………あれはわざとだろうか。
いくら顔色が濃い、と。体調不良に変えてしまう鈍感さ。私から見れば初々しすぎるアーグラムの反応に手を貸してやりたいほどだと言うのに………色がないとこれほどまでに違いがあるのか。
まあ、もし連れてこられなくても対策はなんとか組んでいる。とりあえず一通りの姫候補には会っているし、これ以上は父上を悲しませたくはない。との事でお祖父様が仮の姫として勅命を出す事に収まった。結局のところ娘は断れない。アーグラムはこれを知った時はなんと言うのだろうか。
グレストフ魔法師の食らいつく反応はまさに動物の警戒。子育て中の親が子どもに手を出された時の突っかかり。見ていて面白い。
しかし、お祖父様だって伊達に長く王座に座っているわけではないのだ。あれこれとグレストフ魔法師の弱点をついて最後は黙らせて了承させていた。家族を引き合いにだすとこうも呆気ないと分かるとこの王宮魔法師は飾りなのではないかと思ってしまう。
実際は誰も手のつけられない偉大とまで称された魔法師なんだが。灰になりかけて天を仰ぐ姿にその面影はない。
「では、今後は二人のやり取りに口出しは出さぬように。見守るのだぞ?特にグレストフ、王宮魔法師殿」
「………………………………………………はい」
「死にかけてますね」
「家族関係で強いのかそれとも弱いのか。全くもってわからん奴だ」
「お祖父様が相手だからでは?」
「ふん。そんな事なかろう。それより戻ってこんようだが………若いな」
「断っっっじて!!そんな事はない!!まだ少ししか時間は経っていませんよ!!!!」
「グレストフ魔法師、お前は落ち着けんのか」
「今、すごく冷静です」
すっ、と眼を細めてなにヴィグマン魔法師に凄んでいるんだか。あの顔はまるで悪大官だ。
しかし、グレストフ魔法師がああ言うが私にして見れば遅いと思う。だってあの子の足の遅さと言ったら………叫んで走り出したから扉を阻もうと振り返れば―――まだテーブルの長さを走りきっていなかった。
あれは私の振り返る動作が早いのではない。彼女の走る動作が遅すぎるんだ。いくら女性のドレスは重いと聞いていても、あれはさすがにない。
今思えば扉には兵士がいた事を思い出すが、あの遅さとたぶん彼女の剣幕さに呆気に取られて皆が動けなかったのだろう。ようやく扉にたどり着いた時にはきっと私は彼女に追い付いている。その自信はある。
扉がしまって私たちが我に帰ってアーグラムが追いかけたのだ。ここを出た廊下は正面と左右に別れているが角までの距離は長い。あの遅さなら少し遅れてもどこを曲がったか確認ができるだろう。
回収は簡単だ。数分―――片手の時間で戻ってこられると思う。それなのに戻ってこないのは?手こずっているのだろうか?さすがに長々と廊下で話し合いは出来ない。別室で話し合ってると考えていい。
そういえば、始めて一目惚れと言い出した時は驚いたな。あんな小さい女の子にどこを惚れ込んだのか聞けばまるで小動物の愛で方で少し落胆したものだ。
アーグラムは一度吹っ切れば強気になる。今頃はきっと想いをぶちまけているのではなかろうか。後でからかってやろう。
だからって万一の場合はきっとないはず。7歳の子どもに手を出すほど腐ってはいない。そう、腐ってはないのだ。アーグラムは純情とも言える。双子の私が言うのだから、間違いない。
「―――来ます」
「いつも不思議だな。双子だから分かるのか?」
「細かくは分かりませんよ。ただ、なんとなくアーグラムを考えていると朧気に気持ちとか居場所とかが分かる、と言うぐらいです」
私がそう言うと、いつもお祖父様は苦笑いを浮かべる。きっと私たちの仲を引き裂いてしまったらどうなるのか、考えたのだろう。
今までが一緒だったのだ。これからアーグラムにあの子が傍につくなら私は邪魔物だろう。私は王族の責務としてどこかへ婿入りする可能性がでる。その時の別れに支障はないか。それがきっと心配なはずだ。
お互いがなんとなく朧気に分かりあう私たちは遠く離れていてもなんとなく、わかる。悲しみがあったら駆けつけていた。喜びがあったら分かち合った。それがなくなったらどうなるか。まだ、誰も想像ができていない。
「た、ただいま戻りました」
「クフィーはどこだ!?」
さすが親馬鹿だ。いの一番に娘を心配して問い詰めている。ここから扉まで距離があると言うのに………どうやって詰め寄ったのか、今度ぐらいに聞いてみたいものだ。
周囲の視線が注がれる中、グレストフ魔法師と距離を置いてアーグラムは簡潔に伝え始めた。
「あの、庭園で―――私の想いを全部、伝えてきました。最初は戸惑っていましたが『今は婚約だけで』と言う話でまとまり、今は別室で寝ています」
「よかったな、アーグラム」
短い祝いを述べれば、今の私では決して作れそうにない笑顔が飛んできた。幸せであるならそれでいい。
「て、待って下さい。寝ているって………?」
「それが………私もよく分からないのですが、告白して返事をもらった時は顔を真っ赤にしていて―――喜びのあまり私が抱き締めたら気絶してしまったようです」
「王子。なにうちの娘を相手に勝手な抱擁をしてくれてるんですか。そういう事をするのであればまず、わたじうっ!?」
「もう貴方は黙ってて下さい。娘が心配でしょう?そうでしょう?ちょっと様子を見に行きませんか。そうしませんか」
「そうじゃな。もしかしたら魔病が関係あるかもしれんからのう」
レーバレンス魔術師がグレストフ魔法師を抑えて………黙らせて、強引に引きずって、有無を言わさせずに視界から消えた。
アーグラムが少したじろいでいるが、私も目の前で口を塞ぎながら羽交い締めにヴィグマン魔法師の鉄拳が飛んでくればたじろぐ。
場所を案内する、と言うことでここぞとばかりにアーグラムと魔法師2人と魔術師は律儀に挨拶して去っていった。流れる動作に迷いはない。
「では、開きにしてしまおう。こちらの事情は後日、報告しておくように」
「そうですね。細かい事は目が覚めたらグレストフ魔法師………いえ、私の方から伝えておきましょう」
「私も同席してよろしいですか?」
「グレストフ魔法師を抑えてくれるのなら」
それは難しそうだ。うっかり考えてしまった私にベルック宰相殿に笑われてしまった。仕方ないじゃないか。グレストフ魔法師を抑えるなど、安請け合いしていいものではないだろう。
「どちらにしても詳しく話しておけ。成人の儀と、今後の身の振り方を教えねばならん」
「御意」
「こちらです」
私の後ろに3人。魔法師と魔術師を連れて一つの部屋に入る。とても凄い3人を連れているな、と冷静に考えるようになったのはレーバレンス魔術師がグレストフ魔法師を抑えてくれているから、だと思う。私では抑えられそうにない。
クロムフィーアが倒れた時は本当に焦ったものだ。私の属性は【光】だったので、急いで回復を施すも起きてはくれない。やはりもう少し勉強しておくべきだったかと後悔した。
光属性を持つ私は父上の属性を受け継いでいる。もちろん、ローグラムも【光】だ。母上は持っていないと聞いている。
光属性はとても貴重な存在だが、残念な事に私とローグラムでは魔法が育てられなかった。どちらかと言うと体を動かす方が得意だったのだからしかたがない。
光魔法は少し特殊だ。初級魔法の光球はもちろん、中級の結界も張れる。特殊は上級魔法だ。上級魔法は回復となっている。これは水の回復より、奇跡に近い回復魔法。他に状態異常回復も。
水属性の回復は身体強化で構成された回復だ。体の水分を使って外傷である回りの皮膚を促進させて塞ぐ。水促進回復。
光魔法の奇跡回復は、光の魔素が傷を覆い、新たに産み出す魔法。この魔法がなぜ上級魔法と言われるのかと言うと、魔法師の魔力をかなり使う。
魔素が傷を覆い産み出すと言ったけど、魔素が少なければ魔力が魔素に還元され、使われるからだ。任意で魔法を止めたり出来るが、自分の魔力で傷者を助けられるかは分からない。魔素が少ない分を補おうとすれば魔力が流れていく仕組みだ。
これには魔力暴走がない代わりに魔法師の体に影響を及ぼす。死にはしないが疲弊は通常の倍。下手をすれば数日の間は昏倒していなければならないだろう。
私は教えられた通りにクロムフィーアに施した。外傷はないにしても、【光】の回復は見えない内部の損傷も産み出して直す。もしかして、と。私は使ったのだ。結果は違ったみたいだけど。
誰かに助けを求めたのはいつ頃だろうか。近くにいた私の護衛に一番近い室まで案内を頼み、そのままお祖父様の所まで駆けた。誰かに呼び止められた気がしたけど、焦っていた私は気に止めない。
お祖父様を見たらなんとなく落ち着く。大体は気迫負けかもしれないけど、長く王座に座っているお祖父様は私の目標だ。見るだけで習うものが多い。
そのおかげで少し落ち着いたし、レーバレンス魔術師のおかげでさらに自分がどう対処すべきか考えられた。彼の無表情も私を冷静にさせてくれる。
「寝ているだけに見えるな」
「クフィー!!」
「ええいうるさい!お主は少し離れておれ!!」
「そんな事を言ってヴィグマン魔法師殿はクフィーに触れるのでしょう!?私は許しませんよ!」
「触らずどう確かめろと言うんじゃ!」
「あの、さすがに少し、騒がしいのでは………?」
「アーグラム王子。これも試練です。クロムフィーア嬢を娶るのであればグレストフ魔法師を抑えなくてはいけません」
そう、ですね。そうなるのか………
「………………グレストフ魔法師、ここで騒ぐのであればいくら父親でも出ていってもらいますよ」
「しかしっ!」
「私もクロムフィーアが心配なのです。原因は早めに対処したい」
強めの口調で言えば、渋々とグレストフ魔法師が下がってくれた。よかった。
すぐにヴィグマン魔法師がクロムフィーアに触れて魔力を確かめていく。触れるのは額。きっとグレストフ魔法師を配慮してそこを選んでいるのだろう。
しばらくしてヴィグマン魔法師は深いため息を吐き出した。私たちと向き直る時には眉間にしわが深く刻まれている。
「【火】の属性が少しだけ大きくなっている。―――そこで、じゃ。一つの仮説に心当たりがあるんじゃが、娘っ子に聞いてみない事には仮説が通るかわからん。説明は起きてからで構わんか?今のところ【火】が治まっているようじゃから心配はいらん」
「………………わかりました。私は宰相殿にこの事を説明して部屋が空いているか聞いておきましょう」
「私も行く。妻に伝えなくてはならない」
クロムフィーアが落ち着いている事に胸を撫で下ろした。3人は手短に用件を済ませようと部屋を出ていくが、私は居ても立ってもいられずにクロムフィーアに近づく。
グレストフ魔法師が出ていった後なので少し、悪い気がしたけど………顔色が戻ったクロムフィーアを見て安堵に包まれた。本当によかった。
私が抱き締めたから倒れたのだ。何かあってはいたたまれない。頬に触れればその暖かみに早まっていた心臓が緩やかに静まる。
これからきっと大変だ。クロムフィーアを迎えるために私は色々と動かなければならない。ローグラムにも詳しく話さなくては………
クロムフィーアの顔を見ていると、伝えたい気持ちが溢れていく。本当は起きたら直接、伝えた方がいいのだろうけど今は私の胸の中でしまっておこう。
私は君の魔病と一緒に戦うと誓う。願わくば私の隣で微笑んでほしい。起きた暁に笑顔を向けてほしい。その願いを込めて私はその額に唇を落とした。君に魅入った私はきっと君を手放させない。




