憂慮するポメア
改訂いたしました。27.5.8
お嬢様がいなくなって半日が経ってしまいました。
今日は奥様が自慢のお庭でクロムフィーアお嬢様がエモール様が来るまでの間、読書をなさるために出たのです。
いつも庭師のボテガイラさんの手入れされた花を見ては慈しむように微笑むお姿は、私の至福の一時です。
城下で偶然にも出会えた私ですが、このご縁のおかげでクロムフィーアお嬢様にお仕え出来た事。姉君のリアディリア様にも感謝の気持ちがつきません。
はっ―――今はそれどころではないのです!クロムフィーアお嬢様が忽然とお姿を消されてしまったのです!!
まず最初に向かったのは庭師のボテガイラさん。いつもなぜかヨレヨレの身だしなみで頭に何かを付けてしまうお方です。
最初はなんと頼りない方なのかと落胆しましたが、庭師のお仕事は完璧にこなすのです。誰も文句がつけられないほど、奥様も褒め称えるほど、花や木に関することは素晴らしい腕なのです。
今では私もその技術を学ぼうと、お嬢様がお勉強をなさっている時の極僅かな時間を頂いて教えてもらってます。私もお嬢様に花で誉められたいのです。
「ボテガイラさん、すみませんがクロムフィーアお嬢様をお見かけしませんでしたか?」
「あ、ポメアさん。あ、クロムフィーアお嬢様ならいつもの場所で座っている姿をいつもの時間に見ましたよ?」
「それは私と同じ時間よね。お嬢様はいつもボテガイラさんに挨拶をなさるもの。仕事の邪魔をしてごめんなさい」
「あ、いいえ。あ、ジェルエ侍女長に聞いてみたらいいいかも知れません。あ、ジェルエ侍女長はクロムフィーアお嬢様の乳母でもありましたから」
なるほど。幼い頃から知っているのであれば、きっとクロムフィーアお嬢様の隠れていらっしゃる所をご存じのはずよね。
ボテガイラさんにお礼を言ってさっそくジェルエ侍女長の元へ向かう。もう一度お嬢様の指定席を覗いてから。やはりおられません。
見失うなんて、これでは侍女失格だわ。せっかくの恩を仇にするなんて絶対に嫌ですよ!
「ジェルエさん!」
「こら。そんな親しく呼び掛けてどうするの。アーガスト家の品位に関わりますよ」
「はっ。す、すみません。ジェルエ侍女長」
失敗ですっ。クロムフィーアお嬢様の事を考えていたら呼び名を間違えてしまいました!
いつもうっかりでドジを踏んでしまう。気を少しでも抜いてしまうと、どうしても元に戻ってしまうのが私の短所ね。クロムフィーアお嬢様だって笑われてしまうかもっ。
はっ、そんな事よりクロムフィーアお嬢様です!!
「ジェルエ侍女長、クロムフィーアお嬢様をお見受けしませんでしたか?お庭に出てエモール様をお待ちしていたのですが、お茶をお持ちしようと離れましたら居なくなられていて………」
「いなくなる?変ですね。クロムフィーアお嬢様はお一人で行動するような方ではありません。もう一度よく探しなさい」
「はいっ」
「私も探します。お嬢様はこの屋敷しかご存じありませんから、くまなく探せば見つかるでしょう。隠し扉等にいなければ」
それは………そこにいない事を祈るしかありませんね。ちょっと頬が引きつってしまったのを見られないように早々に探しにいきます。もしかしたらお庭に戻ってきているかもしれません。
再度お庭を確認しに早足で向かいます。けれどいつもの指定席にはいませんし、植木が多くてもお嬢様が隠れる場所はありません。
どこを見渡してもボテガイラさんしかいないので今度はお部屋を覗きにいきます。
もしかしたら体調を崩されたのかもしれません!ああ、私はそんな事も気づかなかったのね。侍女失格だわっ。
もう心配でたまらない私は人目を盗んで走り出します。誰かに見られていたらきっと怒られるでしょうが、スカートの裾を少しだけ持ち上げて走る姿ははしたないものです。
もしかしたら誰かが「平民だから」と罵る………………と一瞬だけ考えて止めました。この屋敷の方々は私が入ってきた時に笑顔で迎え入れてくれたのです。
こんな平民風情が短期間で侍女になってしまっても、誰も咎めませんし誰も影を落とす事はなかったじゃないですか。
私が見ていないだけ、と思うかもしれないけれど、接し方を見ていると分かるものです。みな、本当に私を受け入れて下さっていました。
大丈夫、と胸に秘めてお嬢様の部屋までたどり着きます。ここまで誰にも見られていません。大丈夫。
息を整えて扉に合図を4回。お嬢様は必ず答えてくれます。しかし、扉の奥からは物音の一つもしないのです。おかしいですね?読書をしていても、聞こえる物音には反応してくださるのに………
「クロムフィーアお嬢様。中にいらっしゃいますでしょうか?」
もう一度してみるも応答は何一つありません。おかしいですね。
ここにもいないのかと落胆の色に染まりそうになりながら、一言断りを入れて部屋に足を運びます。ざっと見渡しますが、出てきた時のままでお嬢様が中に入られた形跡は見当たりません。
すべてを確認しますが、物も何も動いてもいない部屋を見て私はさらに首を傾げました。私は記憶力はいい方です。物の位置など、ちゃんと覚えています。
しかし、何一つ動いていない家具や、一番お嬢様が座りそうな椅子の位置。シーツまでもしわはない状態で、誰かが直したような形ではありません。
結論から言うと、クロムフィーアお嬢様はここに立ち寄っていない事がわかりました。
では、次は何処でしょう?まだ1年としかお側にお仕えしていない私では、完全にお嬢様を把握できてはいません。
お勉強も礼節のお勉強も大抵は一、二度でこなしてしまう出来るお方だ、と言う認識が強くなるのです。そんな方が突拍子もなく忽然と姿を消されてしまったのです。もしや誘拐などでは―――
「不安になってきましたっ。早くお探ししなければ!!」
“ 誘拐 ”そのたった一言が私の頭を支配する。そんなはずないのですよ。ここはアーガスト伯爵家のお屋敷なのです。誰かが入れるわけがないでしょう。結界が張ってある―――それしか私には分からないですが。
残念ながら防衛関係を知らされていない私はどこまで完備されているかわかりません。けれど、不安は募るばかりで焦りが出てしまう。
私の入れる場所はすべて確認しました。クロムフィーアお嬢様が来られるのか疑わしい所も、しっかりと調べました。しかし、見つからないのです。
「ジェルエ侍女長、申し訳ありません。クロムフィーアお嬢様が見つからないのですっ!」
「本当に変ですね。私も見てみましたが………他にお嬢様が隠れられそうな場所はありませんし。ダリスに聞きましたが隠し扉等は旦那様と奥様しか開けられないそうなのです。この屋敷にいるはずなのですが………」
「ですが、私が許可を得ている部屋すべてを見て回りました!それでもどこにもいらっしゃらないんです!」
「落ち着きなさい。今ダリスに聞いて参ります。貴方は昼食の準備を」
言い残して早足でジェルエ侍女長は去っていかれます。私はどうしようもない不安のまま仕方なく準備に取りかかりますが、意識は別のところに向いていて動きがいつもより遅く手間取ってしまいました。
私、ちゃんと恩返し出来てますか?
助けてくださったクロムフィーアお嬢様の堂に入って毅然とした対応に、私は胸を射たれてお側に置いてくださる配慮まで受けているのにっ。
クロムフィーアお嬢様のお姿が見えないだけでもう苦悶でございますっ!
よく出来た昼食の準備に悟られないように出したため息はなにも解消されません。逆に募るばかりでした。
さらに、私に追い討ちを掛けるよう慌ただしくこちらに向かってくるジェルエ侍女長に胸に痛みが走ります。なぜそのような顔を作ってらっしゃるんですか?
「ボテガイラに聞きました。庭の一角に、折れた枝と見慣れない足跡を見つけたとの事です」
「庭………まさ、か」
「そこに………クロムフィーアお嬢様のお付けになっていたリボンを発見いたしました」
すっ、と出された青いリボンは私がこちらに来たときからずっと愛用していらっしゃるリボンで、リアディリア様から戴いた大切なものだと―――
「貴方は今から城の訓練所にいらっしゃるトフトグル様にお会いして、この事を旦那様にお伝えしに行きなさい」
「直接では駄目なのですか!?」
「旦那様は王宮魔法師です。いくらアーガスト家の家臣でもすぐに面会はできません。それに貴方はたかだか伯爵家にお仕えする侍女なだけです。直接の取り次ぎは難しいでしょう。ですから、まずは誰でも見学に行ける訓練所、トフトグル様のご見学に来たと、リアディリア様とご一緒にお逢いして話を通してから旦那様に報告するのです」
急ぐようにと私は背中を押されます。訓練所も、通りやすいようにリアディリア様が行ってくれるそうで、私は唇を噛み締めて頷いた。
「ポメア、行きますわよ。ジェルエ、この事をお母様に伝える前に貴方の魔力で屋敷を封鎖しなさい。お母様と私たちが戻るまで誰も屋敷に近づけさせてはならないわよ」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ」
ざっと準備を整えて馬車に乗り込んだ私たちは騎士様の巧みな馬術で振動も少なく駆け出します。今回は私も同乗してしまいましたが、事が事なだけにリアディリア様はなにも言いませんでした。ありがとうございますっ。
祈るように手を握りしめて涙を耐えた。私がもっとクロムフィーアお嬢様を気にかけていれば、と後悔で押し潰されそうになる。
でも、ここで挫けるわけにはいかないのです。お嬢様が無事に帰ってこられますように、私も出来る事をやらなければならないのですっ。
飛ばした馬車は早々と門までたどり着き、リアディリア様が降りられるために私が確認しにいく。問題はないので腰を折って迎えればリアディリア様が降り、何かを門兵へ差し出す。
なにかは存じませんが、通行証のような物でしょうか?トフトグル様に会いに来たと一言だけ告げれば案内されて訓練所までたどり着く。
支払いも手早く済ませてトフトグル様を見つければ、運よく休憩なさっていたので、堂々とリアディリア様はトフトグル様に近づきました。
トフトグル様はとても驚いたようなお顔でリアディリア様を見ていますが、やはりご兄妹なのでしょう。なにも語らずに、隅の方へ移動してくださいました。私はなにも告げられないのでとても歯がゆく、堪えるしかない事にいつの間にか口を噛み締めていました。下を向いていてよかったです。
「何があった?」
「クフィーが拐われました。大方あの方の関係でしょうね。お父様に取り次いでほしいのです」
「すぐ取り次ぐ。拐われた場所は?」
「庭ですわ。リボンが落ちていました。足跡がございますから調べればどのような方が履く靴なのか、わかるかも知れませんわ」
「庭か………リディも暫く城にいろ」
「手配して下さいませ」
「待ってろ」
短く告げるとトフトグル様も早足で遠ざかってしまわれました。私はリアディリア様と付かず離れずの距離で待機です。本当にもどかしいっ。
すぐに誰かを引き連れて戻ってこられたトフトグル様はリアディリア様を魔法棟で預ける事を告げ、連れてきた案内の上級騎士様に預けられました。
トフトグル様は食い違いが起こらないようにまた早足で報告をしに行くそうです。私はまだ不安で胸が苦しいですっ。
案内されて魔法棟はすんなりと通されてある一室へと入れられます。旦那様が使っているお部屋だそうです。ここで終わるまで待機との事ですが、私は堪えられるのでしょうか………
どうかご無事で、と。祈る事しか出来ない私はもどかしくただ佇む事しか出来ません。
クロムフィーアお嬢様、どうか―――どうかお怪我もなく、ご無事でお帰りくださいっ。また、このポメアをお側に置いて恩を一生で返させて下さいませ。




