頭の痛いレーバレンス
改訂いたしました。27.5.8
頭を抱えたくなる、と言うのはこの事だと思う。
認定式も先程ようやく終えて一息をついた今、俺は今日の出席した子どもたちをまとめた書類を確認していた。
いつもならざっと抜けがないかを確認し、魔法具の不具合がないかを調べてからこれらすべてを同席した魔法師と一緒に陛下と宰相に報告、と言う手順になっている。
いつもなら。その手順は間違いでもないし、俺は何も間違っていない。ただ、この子どもに例外が混ざっている。それだけで俺の頭が鉛のように重くなった。
一人だけ他の子どもと比べて1枚多くなった書類をもう一度確認して………項垂れる。自分が書いたので見間違いでもないし、残念ながら血迷って書いたものでもない。
本当に。残念な事に。遺憾なほど。自分で書いた書類は今までと同じように不備などないと思わせる。
ただ、これを見せた時の宰相の顔が浮かんできて、それを何だ?と聞く陛下がとても面倒だ。さらにそれを俺が説明しなければならないのかと思うと寝込みたくなる書類でしかない。
クロムフィーア・フォン・アーガスト。―――グレストフの娘。
なにかはあるだろうとは思っていた。実際、1歳半で魔力の暴走を起こさせ、まだ城に来させるべき年齢に達していないのにも関わらず、城に踏み込んだ子ども。
親が十進魔法師となれば少しだけ例外として眼を瞑れるでろう。少しだけなら。
しかし、今回の結果でその眼を瞑る動作は大変、苦しい状況になってきた。親が異常なだけに、その娘も異常ときた。それも親より問題を抱えている。
属性を3つも宿すと言う規格外。2つで異常と言っているのに、3つとはなんだ。それも均等ではない。水属性の割合が酷く多く、8対1対1の割合はこれまたおかしい保ち方だ。
本来なら2つの属性を宿したものは均等に維持を量る。そうしなければ体内で負担が起こるからだ。故に体に秘める魔力が自ら均衡を量り、両立を維持することで人は生きていられる。
それが崩れると言う事は死と代わりない。どちらかが抑えられない、それは魔病に繋がるのだから。均衡が崩れ、維持が出来なくなった属性魔力が固まる事は多い。魔力は体全体を巡る。それが一部で固まれば?体内の流れが悪くなり、人は容易く崩壊する。
………今では魔学が進んでいるし、グレストフもまた魔力操作に長けているので問題はまったくない。
しかし、それはグレストフのように2つの属性を所持している魔法師に対してだ。問題はクロムフィーア嬢自身にある。
体内に3つの属性を宿し、水を主体に均衡を保っている事。魔力の循環が頭を主流に動いており、眼にはすでに魔力の結晶が小さく出来上がっている事。ただ、それは大きくならない。普通は数年も経てば重くなるくらいは固まるんだが………
指摘する箇所が多すぎてなにから手をつければいいのか………………いっそ父親に投げるか?俺はこれ以上、魔法具の研究の時間を失いたくないのだが?
それでもまずは報告をしなければならない。とても体が重くて動きたくもないが、いつまでもこうしているわけにはいかず………出せる息を腹の底からすべて出しきる事でなんとか腰をあげた。あの場合は仕方ないと思うしかない。
いつもどおり陛下がいる執務室に足を運ぶがやはり重い。早く終わらせるためにも、報告はさっさと俺から告げてしまおう。
ぐっ、と拳を握って近衛の奴等に軽く挨拶を交わす。入室許可を待てばすぐに開いた扉に身を滑らせて体を折る。
「レーバレンス・ヘクト・ミュグダス。認定式の」
「待て。その前に厄介な事が起きた。顔はあげてよい」
これ以上に厄介な事が起きるのか………一瞬でも顔に出してしまった表情を元に戻して次の言葉を待つ。
陛下―――と言うより、宰相が重いため息と共に口を開いた。
「認定式のさい、子どもに属性とその魔力量を量るさいは個室で一人ずつ行われる。室内には魔術師と魔法師が二人。扉の前には上級騎士同士が見張り、案内に中級騎士が一人と子どもが二人待機―――それで間違いないか?」
「間違いありません」
「そうなると、やはり案内の途中だな」
「失礼ですが、何か認定式で不詳な出来事がありましたでしょうか?一部を除いて滞りなく認定式は終了したと思っています。差し支えなければ私にもご説明を」
「一部を除いてだと?………いや少し待て。どうせ来る」
なんなんだ。俺は早くアーガストの娘の報告をして身を軽くしたい。喉まででかかっているのに飲み込みたくはない。
しかし、陛下の手前。それを言える事はない。しかたなく虚ろになりそうな表情を、どうにか抑えて待った。よく見ると宰相の眉間が深く刻まれている。
厄介事だとわかるその表現に、俺の元々変わる事のない表情が簡単に崩壊しそうになった。
「はぁ………………来たな。レーバレンス、少し扉から離れておけ」
「はい」
俺も聞こえる扉の向こうから放たれた声を聞いて理解した。なるほど。少し待ってこれか。なんてタイミングの悪い。
素直に横にずれてその時を待つ。近衛騎士が陛下の前へ立った。こちらの準備は整っている。
「陛下っ!!急ぎお聞きしたい事と伝えたい事が山ほどあるんです!!」
「わかった、落ち着け。宰相、茶でも淹れてやれ。むしろ直接、奴に注いでやってもかまわん」
「私は文官ですので。無難にお茶を淹れましょう」
穏便に済まそうとしている宰相は慣れた手つきでお茶を淹れ始める。本当に淹れてやるのか。
挨拶もそこそこに入ってきた奴を見て俺は深いため息を吐き出した。どうせ後で伝えなくてはと思っていたんだ。実にちょうどいいじゃないか。
「グレストフ」
「レーバレンス!?聞いてくれないか!あのドミヌワがっ」
「それ以上騒ぐと娘に嫌われるぞ」
ああ。やはり家族を出汁にすると効果覿面だな。ピタリと体の動きを止めた―――切羽詰まった勢いで怒鳴り込んできたグレストフは一回ほど深呼吸をすれば正常に戻っていく。
それを感心したようにみる陛下はきっと、今後これをグレストフが暴れだすさいに役だたているだろう。
まるで何もなかったかのように貴族顔負けの挨拶をしてのけたグレストフは陛下に薦められて椅子に座った。俺も促されたので少しだけ席を開けて座る。
集まるように陛下も、宰相も座りだす。隣にはしっかりと近衛騎士が横を陣取った。嫌な予感がさらに重さを増す。
「面倒だからまず、グレストフから話せ」
「はっ。私からのお話は娘のクロムフィーアの事です」
「自慢は聞かんぞ」
「それはまたの機会にお願いします」
………………ぶれないな、グレストフ。陛下も眉間を抑えてつつ手を振って先を促した。
「本日、娘のクロムフィーアが認定式に出席しました。それは差し支えなく行われたようですが、会場に戻るさい、あるお方に拐われたそうです」
「………………名は、マルカリアで間違いなかろう」
「はい。娘からの話では騎士を追い払い、個室で養子縁組を執り行われようとしていたそうです。それも、王家刻印付きで、です」
「はああ!?刻印ですと!?それは、現在では陛下以外に使われる事はございません!まさか陛下、確かアーガスト魔法師殿の娘は魔力が高いからとそのような事をなさったのではないですよね………?」
「待て。さすがにそれはない。確かに私は孫の、王子たちの王妃へ迎える条件として魔力が高い妻と条件を掲げたが別段意味はない。あいつの側室たちがうるさかったから枠を搾っただけだ。別にそれに拘ることはしなくてもかまわない」
言い切る陛下の瞳は真っ直ぐだ。きっと言った事に嘘偽りはないだろう。
ならばなぜクロムフィーア嬢に養子縁組が来るのか。それも親馬鹿抜きで。王家刻印付きで。なにかあると踏んだ方がいいだろう。
「縁組みの相手は誰ですか?」
「………………ドミヌワ伯爵」
その名だけで、一斉に場の空気が重くなった。その名はグレストフからしつこく教えられていたし、今現在でグレストフの悩みの種だ。
現在、なぜかアーガストの娘を欲しがるマルカリア。グレストフに何かしらいちゃもんをつけるドミヌワ。だが養子縁組みの相手はこのドミヌワ、か。
この二人が一緒と言うのが不思議と言うか、不可解でしかない。ドミヌワに縁組みの必要性は?こちらも面倒事のようだ。
グレストフを出し抜くために溺愛している娘を奪い取ろうとしているドミヌワ。
孤児院を担っており、子どもが好きでこの前はアーガストの娘を引ったくっているマルカリア。子ども好き故の………?確か側室から外されていたな。年齢も年齢で養子を企てている?
「こちらにも報告が来ております。私の娘、マルカリアが認定式中の子どもを勝手に拐ったと………それについて話をしたかったりのですが、どうやらこれは調べた方が良さそうですね」
「それについてですが、ドミヌワ伯爵はマルカリア様と繋がりがあるような情報を掴みました。芋づるでマルカリア様を調べてみたのですが、前から魔力の高い子どもを孤児院に集めているようです」
「魔力が多い、子ども?まさか………?」
それを聞くと思い当たるのが王子たちの妻候補の条件。王妃と迎えられた娘は親まで名を賜る事が出来るこの国特有の習わしだ。少しだけ恩恵が貰える。
しかしそれは1年間だけの恩情。親元を離れない子どもはいない。親は王妃となる娘を、見届けるためだけに1年だけ王宮入りを許される期間だ。
その後は娘が逢いたいと願っても他人の扱いだ。王族に嫁いだゆえ、親子の関係は一切なくなる。これは遥か昔の王が設けたわずかな恩情。マルカリアはなにを求める?側室ならそれなりの、王家に親い扱いを受けていたはずだが?
「もし、それが本当ならばマルカリアはなにを求めると言う?王家に入りたい、と言いたいのか?」
「何と言われましても、刻印まで出ているのです。ドミヌワ伯爵共々、処罰はま逃れません」
「私はマルカリア様ではありませんので解りかねます。引き続き調べるつもりではいるのですが、マルカリア様はどうも逃げるのがお上手のようで………誰か手を貸していただく事は出来ないのでしょうか?」
「私の影を使おう。よいな、ベルック宰相」
「どうぞお構い無く」
それを聞いたグレストフが早い身のこなしで出ていこうとする。おい。お前が出ていったら二度手間なんだぞ。
声をあげることの出来ない現状に苛立ちながら呼び止める。聞こえてくれたのか、こちらを振り向いてくれた。
はあ………
「娘に関して、重要な知らせがあります。親であるグレストフ魔法師は同席を」
言った途端にまた素早い行動で席に戻ってきた。その娘と同じ藍色はしっかりと私を捉えている。
頼むから噛みついてくれるなよ。すでに疲れた思考を働かせて、俺は陛下に人払いを頼んだ。見えるように書類を出せば意図を汲んでくれたらしい。近衛は下がるように一言で終わった。
いなくなったのを確認して俺はまた一つため息を吐く―――では、報告をさせてもらおう。




