泣かせないためにも
改訂いたしました。27.5.8
ワイングラスを片手に妻のクレラリアと貴族に一通り挨拶に回る。クフィーは今頃きっと驚いているだろうな。
魔力査定には魔法具を使うからレーバレンスと一緒なんだ。知り合いがいたらきっと驚くだろう。その顔も見てみたいのだが、見れない今が残念だ。きっと可愛い。
だが、妻と一緒に娘の顔はどんな風になるか話し合うのもまた楽しい。話が尽きないものだ。
さすがにこの場でクフィーを抱き締めて叫べないのが、非常に心苦しいが妻と語れるのなら少しの我慢だ。帰ってからでも―――いや、馬車の中でもじゅうぶんじゃないか!
妻にその事を話せば大きく頷いてくれた。今日は仕事もないし、クフィーが早く帰ってきたら即行で帰ろう。
お互いに頷いて談笑に浸る。と、言うわけにはいかないらしい。ヴィクマン様が私たちに気づいて姿を見せてくれた。目を合わせてそれに答える。
「お主、静かに出来るのになぜいつもうるさいんじゃ?」
「いきなりなんですか。私はいつも通りですよ」
「本当に厄介な男だな。奥さんもなんとか言ってくれんか。こやつは我が子が大事すぎてその時に羽目を外しすぎる」
「まあ。お仕事に関してわたくしには口出し出来ませんわ。それに、我が子たちが可愛いのは当然です」
「………………妻同様だったか」
なんて顔をするんですか。冷たい眼でこちらを見ないで頂きたい。
「まさか、そのためだけにこちらへ?娘が戻り次第、早急に帰る予定ですので何かありましたらどうぞ、今」
「我が子が関わると本当にろくでもない。まあ、よかろう」
なんですか。本当に用事があるんですか?これからクフィーの今日のドレス。少しだけ長くなった髪のアレンジの追究。それから次に贈る物を何にするか語るんですよ?
ヴィクマン様にそれを告げるとげんなりした顔で頭を振られた。なんですか、そのあからさまは。芸達者ですね。
しかし、気を取り戻したヴィクマン様はいっぱいの水を飲んで私を真っ直ぐ見つめ返してきた。どうやら、面白くない話らしい。
見えぬように片手に素早く魔法陣を展開。小声で魔素を集めるために詠唱を少しだけ簡略。私と妻とヴィクマン様に水の膜を手早くかけて回りに声を漏らさないようにした。―――気づかれてはいないらしい。
「早いの」
「あまり―――本当に簡略させたので保てないのです。手早く用件だけお願いします」
「わかった。まず、お主の好敵手」
「いません」
「と、思い込んでおるドミヌワじゃが………今日、正規の招待以外の方法で侵入を確認した」
確認、だって?対処はどうされたんですか。
「どうも、裏でマルカリア様が絡んでいるみたいでな。お主が探っている黒幕はほぼ確定していいじゃろう」
「だから厄介なんだ」
「裏を掴むのにもかなり手こずったらしいのぅ。もし、今日の認定式を狙ってわざわざ来たのなら娘っ子は危ないと思うぞ」
「トールの時も、リディの時も絡んで来ている………分かってはいるんですが、決定的なものが欠けていて今では無理です」
「何しても、注意しとれ………いや、遅いやも知れん。査定の後にマルカリア様直々に動けばいくら騎士が付いておっても逆らえんからの」
嫌なことを言う。それは先程から考えている事だ。今が一番、クフィーを拐うには最高の時間。本当はすでにこの会場から飛び出して姿を確認したい。だが、他の貴族がやらせてくれない。
認定式を速やかに終わらせるために、会場からの出入りは騎士と子どもたちのみ。親が迂闊な事をしないように、ここから出られないのだ。
出ようと思えば出れる。しかし、子どもに遇うため等との理由でそれは許されない。あくまで子どもの成長を見守れと言う。
考えたのは遥か昔の誰かだろう。きっとなにか面倒な事件でも起こってその対処にこうなったに違いない。本当にもどかしいっ。
魔法を解いて握りつぶしそうなグラスをテーブルに戻す。もう、そんな気分ではない。早くクフィーが帰ってくる事だけが頭を埋め尽くす。
ヴィクマン様は相変わらず変な顔だ。呆れと、疲れか?なぜそのような眼でこちらを見るのです。
「お主も、人に頼る事はせんのぅ」
「も、とは?誰を言っています?」
「娘っ子じゃよ」
娘っ子………娘っ子?クフィー?なぜヴィクマン様がそんな事を知っているんですか?事と次第にやってはここで暴れますよ?
けっこう真顔で言ったかもしれない。どうも、クフィーが気になって笑顔が崩れかけてきた。クレラリアがそつなく私の気を反らしてくれるので表情はまだ笑顔のままだが。
駄目だな。由々しき事態に直面すれば、仮面なんてすぐに剥がれてしまう。一瞬で真顔になってしまった。
なぜヴィクマン様がクフィーは人を頼らないと知っているのか、実に興味深い言葉だ。私は貴方に一、二度しかクフィーと逢わせていない。さて、どうしてクフィーの性格まで知っているのでしょう?
時と場合によってはその髪を根こそぎとって差し上げましょう。そしてクフィーに言われればいい。『禿』と。
クフィーの可愛い唇と愛らしい声で『禿』と告げられればいい!そして『お父様格好いい』と言う言葉に屈辱を味わえばいい!!
「旦那様。クフィーのために思うのはいいですけど、わたくしにもクフィーを可愛がらせて下さいな」
「大丈夫。二人で我が子たちを永遠と誰にも負けない愛で支えてあげよう」
「ええ。当たり前じゃないですか。わたくしたちの愛があれば、S級ドラゴンたちも眼ではありませんわ」
「クレラリア」
「グレストフ」
「わしと娘っ子で手紙のやり取りしておるじゃろうが………聞いておらぬか。もう頭が痛いし、年寄りにはついていけんわい」
ヴィクマン様が何か言っているがもう聞こえない。私たちはクフィーを見つけ次第、とっとと帰る算段を二人で考えなければならないんだ。
そうと決まれば扉の近くを陣取って入ってきたら早急に出よう。長居は無用だ。ヴィクマン様には今度、問い詰めるのでそのつもりで。
相手が侯爵なのでヴィクマン様から離れるのを待つ。察しがいいようで、ため息を出しながら離れてくれた。これで邪魔物はいない。
大半の挨拶が必要な貴族にはもう済んでいる。よし。これならすぐに動けるはずだ。クレラリアの手を取って止まらぬ速さで出口に向かった。
その時ちょうど、クフィーが来たので笑顔で私たちは迎えてあげるのだが………様子がおかしい。
色白の肌に薄く映える桃色の頬が青く、瞳が動揺に私たちを見つめていた。そして切羽詰まったように私に告げる。ただ、その声は弱々しく、とても小さかった。
「お、お父様っ、私………養子縁組みを、断れないのですかっ?」
まずい。クフィーに泣かれては困るっ。急いで結界の魔法文字を書いて詠唱を口ずさんで魔法を放った。紛れるように壁際に寄って詳しく話を聞く。っ―――やはり魔力は抑えられないかっ。
テーブルに備えられているグラスや皿が小さく揺れだした。ヴィグマン様の顔がクフィーを捕らえている気がする。いや、あの方は感じる事が出来る人だ。きっと魔力を感じ取ってこちらの様子を伺っているのだろう。なんとかしなければ!
「私はクフィーが望まぬ限り手放す事はしないよ。何があったか話してごらん」
「旦那様、慌ててはなりまけんわ。クフィー、落ち着いて。私の息と合わせて呼吸しなさい」
クフィーの手を取ってクレラリアは落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。クフィーも習うようにクレラリアを見つめて、呼吸を返していた。
しばらくして落ち着いたのだろう。まだ顔色が悪いが、焦る様子はなくなっている。回りも静かだ。ただ、瞳が私と同じ藍色のせいか、絶望に近い色に見えた。
「先程、魔力査定が終わりまして………騎士様にここへ送ってもらう最中、マルカリア様にお逢いしました」
やはりかっ。あの人は何をした?
「お話があると、言われました。ですが今日はとても大事な日と伺っていたので、断ったのですがっ、抱き上げられて連れ出されました。………傍にいた騎士様に、助けを求めたのですが、マルカリア様の命令で動けなかったようで」
ああクフィー、泣かないでくれ。魔力の暴走はよくないが、クフィーだけでなく、お前たちの泣き顔だけは見たくないんだ。
「とある部屋に連れてこられた、私は、ドミヌワ伯爵様とお逢いして、ドミヌワ伯爵様との、養子縁組みを告げられたのです」
「ドミヌワ伯爵………ちゃんと、断りましたか?」
「もちろんです。ですが、契約書には王家の刻印が押されていて、これは覆すことのない契約だと、っ………」
王家の、刻印?そんなもの王と王太子ぐらいしか使える訳がない。しかし、あそこは今荒れに荒れまくっている。刻印など動かせるものは王しかいないはずだ。
「クフィー、泣いては駄目よ。貴方はまだ小さいですが、女はどんな時でも泣き顔を夫ですら他人に見せてはいけないのです」
「―――、はい」
クフィー!強くなったな!抱き締めてやりたいぞ!!だがもう少し待ってくれ。まだ聞いていない事がある。
「その契約書に署名、血伴はしたか?」
「い、いいえ!強い魔力を感じて………それに怖くなって。突然の事で私がかなり動揺しておりましたので………なんとか、お願いして先伸ばしにして貰いました」
「………………クフィー、本当か?抑制魔法具が見当たらない(また揺れ始めているな)」
「魔力が少し乱れているみたいね。クフィー、責めているのでありません。私たちは心配しているのです」
「っ………………………………ごめんなさい、嘘、です。でも名前は、書いていませんっ」
「そうか。ならば後は帰るとしよう。詳しい話はクレラリアに任せる。私はレーバレンスとある方に用事が出来た」
「わかりました。クロムフィーア、大丈夫よ。お父様がなんとかしてくれるわ。お父様はこのお城の王宮魔法師筆頭、十進魔法師一の席を担っているのよ。この名がある限り誰にも負けないもの」
それを言われたら、頑張らなくてはいけないね。クフィーの髪を一撫して馬車まで見送る。大丈夫だ、クフィー。私たちがついている。
何度も同じ事を言えば、呆れるように笑ってくれた。クフィーはそれでいい。泣き顔なんて知らなくていいんだからな。
お前を泣かせる奴は、どんな奴でも闇に葬ってみせるよ。だからお前は安心して任せなさい。もう泣かせないために、お父様が頑張るのだから。




