アルトライトの災難
改訂いたしました。27.5.7
ご指摘を頂きました。
誤→白浪
正→白狼
白い狼と伝えたかったのです。
他、誤字等を修正しました。28.10.16
俺は白狼族のアルトライト・ラグニル。黒狼族のウォガー大隊長とは少し違うけど、親戚みたいなもんだ。そう思っているのは白狼族だけかも知れないけど……
俺、そこまで血筋とか気にしたことないし。狼だから集団も珍しくはない。ただ、結束は堅いがな!
まあ、それはいいんだよ。今日は待ちに待った休みだ!肉の日だ!!
数年前の借りをようやく返してもらえるんだぜ!まったく待ちくたびれたもんだ。あいつもよく覚えていたもんだな。
数年前からこの国の騎士になるため鍛えに行っている訓練所で伯爵家のお坊ちゃんと親しくなった。名前はトフトグル。敬称はトールって言われてるらしいから俺もそう呼んでる。
本当は貴族の奴とは関わりたくなかったんだよ。だってあいつら獣人風情が、とかうぜぇし。
ただ獣の血が混ざっただけで人間と何が違うって言うんだよ。嫌になっちまうよな!だけど俺は騎士の道を進んだんだ!
どこも変わらない態度に少しだけイライラする。けど、獣人はこんな事をしない限り自分の世界は小さいままだ。
この国はいい。俺たち獣人を受け入れてくれるんだ。まあ、多少なりと風当たりが悪い時もあるけど。いい奴もいるってもんだぜ!
ウォガー大隊長が黒狼でそこまで登り詰めたんだ。希望は捨てられるわけないだろ。しかも人間にも色々いるってわかったし。
その代表がグレストフ魔法師だ!トールの父ちゃんだな!
俺、あんなに砕けて獣人のしかもウォガー大隊長と話してる人を見たことねぇよ!しかも打ち解けてる感じだった。あの孤高の大隊長様が、だぜ?
なんだか嬉しくなっちまってトールとも仲良くしてやってる。
ただ…………………………………………………………予想外、もあるんだよな。正に今なんだけど。あれ?俺の最初の喜びどこに言ったんだ?
肉の日だ!と叫んで家を飛び出してアーガスト家にお邪魔した。本当はビクビクしてたけどトールが迎えに来てくれたし。屋敷までわざわざ馬車を用意してくれて助かったもんだぜ!
ちょっとやっぱり獣人は嫌なんじゃね?とか思ったけど、トールは初っぱなに
『貴族はうるさい奴らばかりいるんだ。アルが歩きたいって言うなら徒歩ででゆっくり僕も行くけど、どうする?』
まさに気遣い、ってやつだよな!俺、そんなの初めて受けたぜ。でも好意ってもんには甘えるもんだろ?初めての馬車ってのもあったから遠慮なく乗って屋敷に送ってもらった。
そこまでだったんだよ。俺の運命。
トールは真面目な奴だ。休暇でも訓練も欠かさないらしく、俺に進めてきた。庭でやるらしい。
せっかくの休暇でなんでそんな、って思ったけど、さ。トールが動いて体力使った方が昼の肉がおいしくなるって言うんだぜ?しかも、逃げないし量も食べきれないほど用意したって言うから……
嬉々として俺は木刀を手にトールと同じ訓練を受ける事にした。
まずは、体を温めるために少しだけ柔軟運動をする。俺は獣人だからもともと体はしなるし、柔軟だから適当にやっといた。
トールが口うるさく言ってくるけど本当に今日は休暇だったんだせ?少しの楽をしてでもじゅうぶん出来るから。だからいいんだよ。体が違うんだ体が。
次に木刀を待ったまま庭の隅を走り込み。これもうんざりしながら付き合ってやる。そこで、俺は後悔した。
同じ早さで走り込みをしていたんだ。そうしたら、ふくらはぎに嫌な痛みが走る。ピキッ。て。まるで骨に皹でも入ったんじゃないかってその辺に痛みが襲いかかる。
もちろん俺は途中で離脱。早々に庭に備え付けてあった白くて丸いテーブルと一緒に設置されてる同じ白い椅子に腰かけた。ふくらはぎがまだ痛い。
トールは柔軟を怠るからだ、と言ってまだ走っている。休みなのによくやるよな。まあ、だからあいつが見習いの中で今のところ一番強いんだよな。
打たれ強さが俺に比べてすごいんだ。大抵の奴はウォガー大隊長の打ち込みに耐えきれなくて尻餅をつく。その時は誰もが疲労困憊していて打ちきりになるんだけど、挨拶もおざなりになるのは至極当然だ。
しかし、このトールはみんなより長い時間をかけてウォガー大隊長の打ち込みに耐え、最後にしっかりと礼を言うんだよ。
俺もウォガー大隊長の後ろを追って騎士に入ったようなもんだけど……人間の、トールの姿をみると情けなくなっちまう。
まだまだ走っているトールは俺より遥かに上に入るんだろう。毎日、欠かさずやってるのが眼に見える。そのお陰で眺めているだけの俺は酷く、惨めに思えた。
「こんにちは。お兄さまのご友人ですか?」
「え?」
ボーと見てたのが悪かったのか、後ろに近づいて来ていたなんて分からなかった。騎士たるもの、背中を簡単に取られるようじゃ駄目だな、と自己嫌悪。
心がすでに落ち込んでる俺にさらなる悲劇だと思う。振り向いたら、さらに衝撃が待っていた。
「ま、さか……君って……」
「あ。あの時お兄さまの見学にしっぽをさらせて下さった方ですか?」
まるで喜んで……まるでじゃない。誰でも分かるように両手を胸の前に組んで喜んで見せた人……女の子は俺の記憶が正しければ一度会った事のある子だ。
透き通るような翡翠の髪。しっかりこちらを捕らえる大きめの藍色の瞳。まだ幼さが残る柔らかそうな頬。
間違いない………………俺の尾にヨダレをかけた子だ!!
満面の笑みで尾を撫でて――ひぃい!?そうだったあの撫で方も鳥肌ものだった!!あの肌の上をすれっすれに撫でるいらぬ優しさ!加減がわからない子どもの最大腕力で抱き締めあげる無邪気さっ!
思い出しただけで背中になにかが伝った。まて、これは冷や汗なのか?こんな小さい子どもに俺は臆しているのか!?
目の前の少女は俺の姿を見て首を傾げている。眼は未だにキラキラしてるが、急には襲ってくる様子は、ない。
そうだよ。もう数年はたってんだよ。この子だって成長する。大丈夫だ。きっと、大丈夫だ!
なんとか自分に言い聞かせて俺は慌てて笑みを作った。貴族相手にどう接すればいいのかわからないが、挨拶もしないなんて一族の恥だ。
なんだかよくわからない大義名分のような気がするけど、大丈夫だ。ああ、もうなんだか分からなくなってきた!
「コンニチワ。ズイブン前に、アイマシタネ」
駄目だ!!なんだかもう崖っぷちにいる気がしてならない!!
「やはりですか!あの時は私のわがままにつきあっていただいて、ありがとうございます」
「ハハハ。ナントモナイ、さ!」
すっごい何かあるだろ。もう自分でも分かるくらいにおかしい事はわかってるっ。けど!あの恐怖が蘇ってきて落ち着けない。
ここは適当に言って帰った方がいいのか?でも肉がっ――俺はどうすれば!?
「あ、お兄さま。おつかれさまです」
「来たか。じゃあ紹介しよう。お前が無理言って尾を触らせてくれたアルトライトだ。あの時のお礼は言ったか?」
「もちろんです!こんどは耳を、さわらせてもらえないか今、きこうかとおもってるところです!」
「クフィー。少しは自重をするように」
「さいきん、へやの中ばかりでつまらないのです」
おい。そんな顔で見るな。期待と落ち込みでこっちを見るな。今回は全力回避だ。またあの二の舞になるくらいなら断る!!
だからトール!貸し返せ!今返せ!肉食ってさっさと俺は帰るぞ!!
「アル、そう言ってるんだがどうする?」
「断固拒否する」
「やはり……耳はだめなんですね」
「え、ちょ、なななな泣くなよ!?耳は無理なだけだから!」
「しっぽはいいんですか?」
「ああ!」
「アル………………」
え、あ。ああ!?しまった言っちまった!!
急に視線を落として泣きそうになるからつい言っちまった!……
しかも、すぐに笑顔に変えて喜ぶ少女の眼には涙の影すら見当たらない。ランランと輝いている。まさかこれはあれか。騙されたと言う奴なのか………?
喜びにじぃっとこちらを眺めてくる少女に怯む。待て。本当に触る気なのか?前に触っただろう?もういいんじゃないか?
そしてその手に持っているものは、なんだ……?いつの間にか用意していたブラシに眼を丸くする。さすがに用意が良すぎる気がすんだけど……
助けを求めるためにトールに視線を送ってみる。トールは気さくな奴なんだ。俺の視線にも気づいてこの少女をなんとかしてくれるはずだ!!
無駄に期待を込めて送れば――まず、奴がいなくなっていた。意味が分からなくて辺りを見渡せば、少し離れているところで木刀を上下にふっていた。トールは無視を決めたらしい。
待てよ。友達だろ?なんで俺は関わりがないとでも言うように離れて無心に振ってるんだよっ。お前はそんな奴じゃねぇだろ!!
「今からでもだいじょうぶですか?こちらは、じゅんびばんたんです!」
「へ?ちょっと待って。ここで?ここでやるの?てかそのブラシは分かるけどもう片手の紐はなに?リボンに見えんだけど」
「リボン、ですよ?だめですか?」
「ぶっ!?ブブブラシだけで!!そうじゃなきゃ触らせないっ!」
「そうですか……では、ブラシはやらせてくださいね」
リボンをどっかにしまった少女はまた瞳を輝かせてブラシを両手に喜んだ。どんどんどつぼにはまっていってる俺は泣きたくなる衝動を必死に押さえ込んで自ら生け贄を差し出した。
おかしいな。今日は肉を食べに来たはずだったのに………………うぉぉおおお!?刺さった!なんか刺さった!!あぁあ、ぁぁぁああああああ………………
結局ブラシでも俺は心に深い傷を追って午後にトールが出してくれた馬車で送ってもらった。後で撫でてくれる手つきは前よりマシになってたけど、出来たら二度と尾を見せたくない…………
ああ。肉は食べたけど、あんなに大好きだった肉の味が本当に美味しくなってるのはきっと俺が頑張ったからだろう、て。
泣きながら食べてたらトールがそう言ってくれた。ついでに肉もまた食べにこいって言ってくれたから遠慮はしないつもりだ。
ただ………………あの子がいない時にするように、その日トールに口酸っぱく言っておく事を忘れない。
もしものために今度は俺の仲間も連れてこよう。ようやく家に帰ってこれた俺は心にそう誓った。




