迫る影
改訂いたしました。27.5.7
私にはどうしても欲しいものがある。美貌はもうすでに持っているからいいの。
この水色は光りに輝き、ゆるやかな小波の髪と暖かい太陽の瞳を宿したオレンジ。乳白色の肌。誰もが私を『美しい』と称賛してくれる。
私が欲しいのは王の後ろ楯。それだけあれば私はなんでも出きる。欲しいものも手に入れられるし、気にくわない政も変えてあげられる。
その“ 名 ”がほしい。
「あら、あの子はどうしたの?」
「体調が悪いって。だから帰した」
「もともと体調が悪いって。帰したの当然」
「………嘘をつくものじゃないわよ。まったく、余計な事を」
本当に余計な事だわ。私にはあの子どもが必要なのよ。厳密に言えば魔力が高く、私の言葉で言動を塗り替えられる幼い女の子。
あの子はその役目にピッタリなのよ。アーガスト家、と言うのが厄介なだけであの子はとても可愛いし、なにより魔力が高い。最高の餌だわ。
「今度から私かセレリュナに聞きなさい。勝手な事をしては駄目よ」
「今度からね」
「今度から」
人の話を聞いてるの?まったく!なんでこの子どもたちに王位継承権があるのかしらっ。腹ただしい!
まだ13歳の子どもでもずいぶんと成長したものだわ。それも双子ときた。どちらかになるとはまだ決まっていない。それもそうよ。決められないんだもの。あと2年でどうにかしなくては………
今、玉座についている王はすでに70に近い。長い滞在に私はそろそろ退いてもらいたいと思っている。
本当はとっくの昔にその椅子から降りてあの方に、譲るはずだったのにっ。前の戦争で彼は王になるはずだったのにっ!
総指揮官となっていた彼は見事に敵の罠にはまって大怪我を負った。誰かの陰謀で彼の護衛は少なく、彼が持っていた部隊はすべて殺されていたのを聞いた時、肝が冷えたわ。
それでも彼は生きていた。私は嬉しくてすぐに逢いに行ったのだけど、彼の顔はとても醜く焼け腫れて廃れていた。私の好きな彼の顔はなくなっている。利き腕も動かなく、もう生きてる影が見当たらない。
すぐに陰謀を企てていた輩を処理してやったわ。だって私にはそれだけの力があるのだもの。
私は彼の側室であり、現王の宰相の娘。マルカリア・ラート。この国のサファリナの名がほしいの。何にでも成せる、名が。そして私は最高の地位がほしい。揺るがぬ、地位と力が。
振り向いてほしくて私の全身は彼のためだけに磨きあげてきた。彼だけを惹きこむために一緒にいた。これは努力の結晶。それでも選んだのは目の前のセレリュナですでに最短の道は塞がれていた。
王妃ではないのに、彼女はあの名を持っている。それはあの戦争ですでに彼女は身籠っていたから。彼女はまだ24。私はすでに30となっているのでその若さがとても羨ましい。
「ローグラム、アーグラム。彼女はとても可愛かったわね」
「そうですね。無邪気だった」
「そして無垢だった」
「可愛いなら、今度また連れてくるわ」
「まあ。あの子は貴方の子ではないでしょう?それにここは後宮。無理は駄目よ。私も逢いたいけど」
そんな事はない。あの子は私のものになるの。そして私の欲しいもののために、踏み台になるの。
「何言ってるの?私の子よ」
「アーガスト伯爵家の子でしょ?ああ、養子?孤児院の子達も数人養子に迎えていたわよね。貴方はとても心が優しくて、私も見習わなきゃと思ってるの」
「私の真似しても駄目よ。ずっと支えてきたのですもの。それにあの子は魔力が高いから、早くこっちに送りたいわ」
本当に羨ましいほど魔力が多いのよ。その魔力があれば私の思いもきっとすぐに手に入れられるはず。
現王は魔力の高い娘を娶れば順位がほぼ一緒の王位継承権を明確にすると申し立てていた。ならばその娘を持っている私が王子に差し出せば………
私は王妃の母となれる。その恩恵は後見人として親までだけに名を与え、後見人として同じ立場として並べる。このセレリュナと同じように。本当に、いい国よね。馬鹿みたいに甘いわ。
私はその立場がほしいんだもの。国の名を。力を欲する。そのためにせっかくグレストフを出し抜いたのよ?またやり直しに思わず舌打ちをしてしまった。
「何か音がしたかしら?」
「え?私は聞いてないけど………気のせいじゃない?」
「そう?それなら私の勘違いね」
「母上、僕たちは勉強の時間だから」
「退室してもいいですか?」
いいわよ。顔合わせはなんとか出来たんですもの。後はあの子を引き抜いて、どちらかに押し付ければいいだけ。ついでにどっちかが恋に落ちるように手助けをすれば済むのよ。
離れていく二人の姿を見ながら私は笑みを浮かべる。
ええ、絶対に逃がさないわ。私のためにみんな使われればいいよの。
「これがニアキスによる情報です」
「遅いわよ。まったく―――貴方はグレストフの幼少からの付き合いなのでしょう?なんで娘がこんなに魔力が高いかどうか知らないのよ」
「すみませんねぇ。すべて知るにはどうしても接触が必要でして」
「それで?長い言い訳なんか聞きたくないわよ」
「その娘が警戒しているのと、アーガスト家との接触が難しくなったからです」
娘が警戒?馬鹿じゃないの?この子は確かまだ認定式も終えてない幼い子どもよ。こんな子が警戒なんてするはずないじゃない。
「偵察の奴が迂闊な事をしたんじゃないでしょうね?」
もしかして、あの子に着いていた侍女じゃないでしょうね?あれなら私だって疑うわよ。
「いえいえ、そんな事はありません。私が使っている偵察は公爵様にも自慢できるぐらい素晴らしいのです」
「あっそ。もう一つは?昔は無理矢理にでも乗り込んでいたそうじゃない。息子が産まれたあたりは私も手伝っているのよ?どうして難しくなるの」
やっぱりたかだか伯爵に任せるのはよくなかったかしら。
グレストフと関わりがあって捨て駒にちょうどいいのはこのブタみたいな男だったのだけど。
目の前でへこへこと私に脂ぎった顔を上げ下げしている男に少しだけ目を向ける。
正直に言うと、1秒でも一瞬でも見たくない顔。体もすべて私の視界にいれたくない男。
脂ぎったのは顔だけではなく、どうやら体全体にも行き渡っているらしく、どことなく汗臭くてそれを消し去ろうとしてるのか別の刺激臭も追いかけて来るものだから鼻を摘まみたい衝動にかられる。
ブヨブヨした腹に短い手足。考えるだけでも嫌悪を抱いて離れたいほど。誰もがまず、近づきたくはない。と言うに決まっている。
ドミヌワ伯爵………私の使い捨てしやすい手駒。
あの子をこの男の養子に迎えてさらに私がその子を養子に迎える手はずは今のところ変える事しない。
本当は手っ取り早く私の元へ迎え入れたかったのだけど―――面倒な事に条件を満たした子があのアーガストの娘。王宮魔法師の娘となればいくら宰相の娘だと言えど、養子縁組に手は出せない。その父親が黙るはずがないのだもの。
側室でもある私に子を迎えるのもまた一苦労。まず血筋を洗われ、潔白を知らしめなければならないし、その養子の性格も見られる。それになにより父がうるさい。
だからわざわざ私が側室から離れて縁を切り、宰相の娘として迎え入れなきゃならない。側室でいられる契約は結んでいないから、抜け出せるけど………すごく回りくどくて困るのよ。それだけで段取りがかさばるし、父を黙らせる手段がまた問題となる。
まあ、それは私も娘としての役割を担うと言えば簡単な事だったのだけど。私があの名を手に入れるのだから、結婚なんて動作もない。
私が結婚しても、迎えた子が王族と結婚すれば、その親は必然的にその名が賜れる。もちろん、過去の全部を親子と洗いざらい探って吟味し、王族として迎え入れられるか検討はされる。
でも、父は宰相なのよ。どう考えても相手は裏のない真っ当な役人に私は嫁がされるでしょう。私から見ても父は真面目すぎる。それは間違いないわ。
念には念を入れて、私が行ってきた事すべてはこのドミヌワ伯爵に被せるように人を何重にも使っている動かしている。私の過去を洗ったところで疑われることはない。告げ口をしたところで、私が疑われる事なんてないのよ。
この長い道のりを企ててからようやくその願いが叶う。あの王子たちが後2年で成人してしまう時はひやひやしたものだけど、運よくあの子が出てきてくれた事によって報われたものだわ。
「わざわざ契約書まで出したのだから、早くサインを貰ってきなさい」
「それはもちろんです。私も貴方のお力が必要ですからね」
ひひひ、と笑うブタを尻目に報告をまとめた紙束を手に取る。こうでもしないと、いつまでもこの醜い男を視界に入れなければならないからだ。本当に、その姿を晒さないでいただきたい。
「あら。とても優秀みたいね。5歳で成人向けの歴史に算術。地理は苦手みたいだけどじゅうぶん賢いわ。さすが私の娘」
「そうでしょうそうでしょう。私も一度はその子どもが娘として迎えられる事、嬉しく思います」
私の娘だと言ってるのよ?汚らわしい。ブタの子だなんて微塵も思わせないわ。
「あと2年であの王子たちが成人してしまうの。貴方は早くあの子の名を契約書にサインして貰ってきてちょうだい。こちらへ迎える準備はすでに整っているのです」
「ひひひ、はい。マルカリア様のご意志に添いますよう、急ぎ命を果たします」
出ていくのも遅いわね、ブタ。その後ろ姿を見たくない私はすぐには書類に眼をむける。
クロムフィーア・フォン・アーガスト………3歳からの天才児。輝く翡翠の髪に浮かぶ大粒の藍色。
早くいらっしゃい私の子。貴方がくれば私の願いまで、後少し。退屈でしかたがないわ。




