あやふやに誤魔化した
訂正。眼球の説明に一部誤りがありました。
誤→角膜。
正→網膜。
ご指摘、ありがとうございました。
修正いたしました。28.12.31
「私も聞きたいです」
「しかし……」
「娘っ子は賢いから大丈夫じゃろう。わしもおるし、そこに侍女もおる。後からわしもグレストフ一進魔法師に伝えるから大丈夫じゃ」
「最後が一番の心配なのだが……」
「なんか言うたか?」
「いいえ。では説明するために描き写すのでもう少し待ってくれるだろうか」
まあそれは仕方がないだろうから待ちますよ。なーんにも、やる事はないけど。
私はこの真っ白なキラキラのおかげで見えないんだけど……実際ってどんな風に見えるんだろうね?投影されるのかな。私の目から写し出されるとかかなりシュールな光景だと思うんだよね。
ちょっと考えてしまったよ。私の目から映像が出る光景……私はどこぞのロボットかっ。考えないようにしておこう……
でもまだ描き写せないらしく、暇をもて余す私。ちょっと身動ぎしたらポメアがどうしたのかと聞く。心配してくれるのはありがたいね。でもほんの少し動くだけで訪ねられたら動きにくいよ。
アブルの頭と思わしきところをわしゃわしゃと撫でて……ん?これは耳だろうか。熊って耳の後ろにあるツボは効くのだろうか。反応が見れないのがとても残念だね。今度見える時にやろう。
それにこのしゃ、しゃ、て音もいいよ。かりかりっと擦れる羽ペンの音もなかなか。ここはいわゆる保健室だから賑やかではないし、静かな空間がなんとも。落ち着いていられますな~。
「よし」
「………………ソマディオ殿。それは……ああ、いや。貴殿がわかるのなら問わない」
歯切れが悪いヴィグマンお爺ちゃん。いったい何があったんだろうね?まあ――見ればわかったんだけとね!
描き写せた、と言うことで早速見せてもらう事に。説明もするから~と言うことで光魔法を解除してもらって二つの紙を渡されました。1つでいいのでは?と思ったけど……うん。2つ、必要ですね。
1つは上手すぎでしょ!と言いたいぐらいに。線を少しだけ重ねて球体を描いて誰が見ても分かる眼球のイラストが。ちゃんと網膜とか角膜や水晶体など書き込んでいるよ!?
もう1つは極小と真ん中を通過する大円。その大円の一回り大きい円と一回り小さい円が二つも。ずいぶんと簡略していると思う。一応……線を引っぱって○○って明記してあるけどさ。これは自分だけしかわからない図だよ。
言葉からしてこの出来がよすぎるのがヴィグマンお爺ちゃんので、極限までに簡略化したものが右側の人が描いたものだとわかる。
あえて私はこの図の見た目の話題には触らないよ!なんだかとてつもなく面倒な事が起こるって分かっているからね!言いたいことはアブルを撫でてうやむやにしてしまおう。そうしよう!
それにしてもこれ……おかしなものがありませんかね?この中心の丸はなんでしょうか。眼球の真ん中にこんなものは出来ないと思うのですが?
「結論から言おう。君の目は魔塊によって異常を起こしている」
それは……まあ目のところに魔塊が~って言っていたからそれが原因だろうな、と言うのは何となく思っていましたとも。
「魔塊が、ですか?どのようにでしょう?」
「はっきり言って君の目はかつて私が見たことも聞いたことも歴史に残ることもない異常な事が起きている。これは分かっているな?」
「白と黒しか色がわからない、異常でしょうか?」
「いや――症状が異常ではないのだ。帝国にも君のような患者は数十年に一人はぽつぽつといる。でも君の目は……違う」
……なんか、歯切れが悪い。右側の人もなんと言っていいのかわからない、とでも言いたげに顎を掴んで唸り始めた。
と言うか帝国でも白黒の人がいるんかい!だったら私の目を治してほしいものだねっ。なんでヴィグマンお爺ちゃんは詳しくないの!――違う。治せるんじゃないの!?なんであんなに驚かれたのかな……異常って、どこまでが異常になっているのだろうね。
悶々としていたら右側の人が黙ってしまったのでこの国の最高魔学医であるヴィグマンお爺ちゃんが説明を交代する事に。はっきりとこれは前例のない眼球である、と前置きに語ってくれました。前例がないと言う部分がやけに強調されたよ。なんだか不穏な響きだね。そしてその不穏は当たる。最悪だよ。
まず私の眼球は普通の眼球ではあり得ない状況で、白黒しか見えない眼球は通常とあまり代わり映えしないらしい。せいぜい網膜が小さく破損しているか壊死ではないけど――この場合だと細胞かな。が故障、つまり死んでしまって固まり黒ずんでいるだけらしい。
眼球はその黒ずみの影響を受けてうまく機能が働かず、色を認識する障害が起こる。生物はそんなに詳しくないので目には詳しくないけど、確か網膜の視細胞が傷ついたら数個ある色盲の症状になるんじゃなかったかな?
とにかく普通ならそれだけの症状で色盲になる。けれど私のは眼球の真ん中に物体がある。これぞまさに異常と言わずとして何か。ごみですなんて言えるわけがない。
しかも、ヴィグマンお爺ちゃんが言うにはその中心にある物体こそが魔塊なのである。意味がわからない。
「わしは確かに目に魔塊があるとは言ったが……中にあることなど考えもせんかったわい。この魔塊のおかげで光の屈折ができ、色の判断がおかしくなったんじゃろうな」
すべてはこいつが悪いのかっ。……でも目の大きさなんて変わらないでしょう?私は最初からだけど最初から魔塊がある…………………………わけだったのか。3歳でも小指の爪ほどがどうとか言っていたような気がするっ。
ついでにその魔塊は魔力の塊でさらに言えば元々ある魔力が結晶化したと言う意味なので――つまり、ヴィグマンお爺ちゃんはこう言うのです。
「娘っ子は母親の胎内にいた時からすでに魔塊が出来ていたじゃろうな。そして魔塊――魔力の塊ゆえに視力に変化が起きたのじゃろう。原理などはまったく想像がつかんが、魔力が光って見えるのは魔塊の影響に間違いない」
「――そしてその魔塊はきっと純魔石に近い、と私は考察する。魔力は元々が魔素だからな。三つの属性を所持していながら一つの魔塊になる事はまずないのでこの仮説はまるっきり成り立たない。だが、純魔石であるならばその影響で魔力が光って見えてもおかしくないと思う。しかも色の濃い魔石だ。まずあり得ない」
なるほど……前世の常識が微妙に通じない病気に私はなっている、と言うことですね?それで右側の人は仮説をたてるがそもそも成り立たない理論で歯がゆいと。
そこまで考えてさ、一番の肝心なところを言ってくれていないよね?そこはあえて言わないようにしたのか。それとも今から言ってくれるのか……今日が診察1回目だもんね。最初から治るって言えないのかな。
今のを聞いても『じょじょに治せますよ』なんて聞かされてもよかったって安心ができない。でも、知りたくなるのです。だから2人に視線を送る。どうなの?治るの?と。けど――この沈黙はなんだ。目を合わせないように背く大人2人はなんだ!
ポメアが痺れを切らせて突撃しちゃったじゃないか!治せるんですか、って。なんだか焦っている感じだ。主を思う侍女とかポメアが可愛くてしかたがないよ!
しかしポメアの言葉が震えちゃっているぶれぶれな右ストレートの攻撃がねー……どうよこの胸を掴んで撃たれた真似をする魔学医たちは。「うっ」とか「っ」て言葉にも出来ないほど苦しみ出したよ。いったいどんなシーンの撮影中なんですか。あとそんなあからさまな態度では
それだけで分かるってもんでしょうよ。
駄目だねー。せめて誤魔化してほしかったかなー。それとも演技なのだろうか。それだと質が悪い大人だね!治りそうにないならせめて希望をちょっぴり含ませてあしらってほしかったな。
「次の診察は必要ですか?」
「そ、そうだな。一回ではわからない……私は春に結婚をする事になったのでこれから春の一季節分は忙しい。連絡を取り合っているにしても早くて夏の初めまで診察は無理だと思われる」
「そうですか」
はぐらかされたままか。まあいいや。ポメアが爆発しそうだから後はお父様に任せよう。さて、声をかけて出ることにしましょうか。今日は帰りましょうか。
じゃなくて終わったらレーバレンス様のところにお呼ばれされていたんだった……忘れていたらそれはそれはレーバレンス様からなんの攻撃が来るんでしょうね。ははははははは!
この国にあのヘルメットってありますか!?バイク用でも工事現場用の黄色いやつでも構いませんよ!?どこかにありませんか!?
魔術師の癖になんでレーバレンス様はあんなに握力があるんでしょうね!恐ろしいっ。とっとと行きましょう、そうしましょう!それではさよなら!!
「行ったか?」
「行ったようですね」
吐き出せる息を全部出すようにわしは深く、今まで出したことのない深く長いため息を出して背もたれに体を預けた。
ソマディオ殿もわしと同様で力を抜いて机に体を投げ出していた。
なぜこんなにも疲れてしまうのかと言えばグレストフの娘のせいじゃ。気づいていない――とは言い切れんのう。聡い子じゃ。きっとほぼ確定した答えを持っていよう。
わしが後悔したことは一度だけではない。病の結果で泣いてしまう家族を多く診てきた。どれも優しい言葉だけでは到底拭えぬ最期を告げ、終止符を告げる魔学医であるわしはその悲しみを一時的に共感することで逃げてきた。
そうでもせんと、負に呑まれてまだ助かる患者を助けられなくなる。振り返ってはならぬのじゃ。糧に生きねばならぬ。
じゃが、今回この娘っ子に関してわしは関わりすぎたようじゃ……孫のように受け止めたのが悪かった。これではグレストフの言葉に叱責はできぬのぅ。なぜここまで気にかけておるのだ。四年前からわかっていて線引きも可能だったはずじゃろうに……会わずともつい気にかけてしまう。
「これを、グレストフ殿に伝えるのですか?」
「…………伝えるしかなかろう。いや、伝えねばわしら魔学医や医師の名など存在があやふやなものになる……少なくとも、娘っ子にはまだ早い」
「――本人に伝えなければ、結局はその名の意味はありませんよ」
「お主は伝えられるのか?七つの娘に、真実を」
「……すみません」
わしも同じ気持ちじゃ。謝るでない。だからせめて親にはしっかりとこの事を伝える。
ソマディオ殿により初めてみた魔法。あとで教えてもらおう。あの魔法はとても魅力を感じておる。じゃがその魅力も娘っ子の診察によって薄れていく。駄目じゃのぅ……切り替えが出来ぬ。
初めは分からなかった。だがだんだんと頭で理解をしていく。眼球の中心に埋め込まれた魔塊。描写には小さく描いたが本当は眼球の半分ほどの大きさじゃ。小指ほどから親指の大きさじゃ。わしは眼球と言う物体によって大きさを正確に図れなかったようじゃ。
ここまで大きい魔塊――七年でこの大きさでは五年もてば眼球と同じ大きさじゃろう。その時に予想される事は二つ。
魔塊が内側から大きくなるので眼球が破れるか、魔塊と眼球が一つになって魔塊の眼球になるか。どちらにしても失明はま逃れないじゃろう。成人を迎える頃には――
死ぬわけではない。そう。死ぬわけではない。じゃがこれから見えなくなるとわかり、娘っ子は将来を失望するじゃろう。まだ魔病を抱えておるのじゃ。余計な重荷は今増やすべきではない。
しかしそれも問題は山とある。いつ何が起きるのかわからぬ事じゃろう。いつ、どんな症状を訴えるかまったくわからないのじゃからな。
普通の色盲では痛みがない。生活に支障が出る程度ですむ。娘っ子は前例がないので予想がつかんぞい。せめてで魔素、魔力、感情に気を付ける事しか思い浮かばん。
「とりあえず、グレストフには今言うしかあるまい。仕事がままならぬと困るのでな。――ベルック宰相殿に取り次いでくれ」
「はっ」
「あのポメアと言う侍女は気づいた様子だったぞ」
「我々では判断ができない。そうだろう?相手は七つの娘っ子じゃ。ならば父親であるグレストフに委ねるのも私たちの役目でもある」
言い訳じゃ。ただ言えずに躊躇ってしまったわしの、いいわけじゃ。だがグレストフに言わずに告げると後から面倒事があちらからやって来そうでな。知らぬより知って任せるのも親の務めであろう。
なんとも歯がゆいことじゃ。これはわしの手に終えぬ。ソマディオ殿にも訪ねるが、彼も無言で首を振るだけで答えは言わなかった。
それでも――それでもじゃ。もし娘っ子が諦めなかったら……わしは魔学医として諦めぬつもりじゃ。治す方法を捜そうではないか。もしかしたら娘っ子がグラムディア殿下の時のように妙案をだすかも知れぬ。わしもなにか考えねば、な。
言伝てを頼んだ兵が戻り、今会うとわかれば年取った動きにくい腰をあげて歩き出す。
どうか願わくは――グレストフが暴れださぬように。暴走せんように……もう少し頑張るとするか。久しぶりに書庫に籠るとするかのぅ。あそこは寒くていかんのじゃが、な………………




